第21話思い出

 ●思い出


 少女の手当をしながら、イツキは懐かしい思い出に浸っていた。


 イツキには、忘れられない記憶がある。


 それは先代に、自分が死んだらイツキがあとを継ぐのだ言われたときであった。そのとき、イツキは今の自分の部屋に呼ばれた。そのころは、まだ先代が部屋をつかっていた。


イツキが後継者に選ばれたのは、ひどく遅かった。


というのもイツキの先代は、本当ならば後継者を選ぶような歳ではなかったのだ。まだ若く、体力があった。だが、流行り病にかかってしまった。賢い先代は急遽イツキを後継者に据えて、短い時間でイツキにすべてを教えたのであった。


そして、床に就いた先代に「自分のあとを告げ」と言われた。そのとき、先代と共にいたのはスズだった。

 

跡を継ぐように言われたのは、冬のことだった。


吹雪が吹き荒れるなかで、先代はイツキを後継者に指名した。指名したとき、その命は残り少ないというところであった。

 

スズと共に村を頼むと言われたイツキは、冬の間はスズと共に二人で村を納めた。おもえば、これは一人で村を納めるときの練習のようなものになった。スズが頼りになる大人だった。先代よりも年上で、ずっと村と黒組を支えていた大人だ。


 村のことにも、黒組のことにも、外のことにも、死人のことにも、他人のことにも、様々なことに詳しかった。


 憧れの感情を持つには、それだけで十分だった。


 いつしか憧れが、思慕の念に変わった。先代はスズを信頼していたが、情を交わすような仲ではなかった。そのため、イツキは先代に申し訳なさを持つことはなく、スズを純粋に慕うことができた。


 二度目の冬で、イツキはスズに自分の思いを告げた。


スズは、その感情に取り合わなかった。


きっとイツキのように、自分に憧れを持つ若者はスズにとっては珍しくなかったのであろう。黒組のなかにもスズに憧れの感情を抱くものは、多くいた。イツキとスズが結ばれたのは、三度目の冬だった。

 

三度目の冬に、スズは側近を失った。


 その嘆きに、慟哭をイツキはすべて受け入れた。黒組を率いている間は泣かない人が、村に帰って、イツキと二人っきりになると崩れ落ちるように泣いた。イツキは、スズを胸のなかに収めた。


 心臓が痛いほどに高鳴った。


 それは、恋の高鳴りだった。


 愛しい人が泣いているのに、イツキはその人を憐れむよりもその人が自分の胸で泣いていることをうれしいと思った。


 普段は母のようだと言われるイツキであったが、スズに対しては母親のような気持ちを持つことができなかった。ただの恋する子供であった。


 スズは、もう二度と特別なものは持ちたくないと告げていた。


 イツキが最後だと言った。


 イツキが最後の特別で、もう特別なものは持たないと決めた。


「君が死んだら、私も死ぬよ。もうね、疲れたんだよ」


 イツキには、その疲労を責めることはできなかった。


 ただ、自分はできる限り長生きしようと思った。


 スズを殺さないためにも。


「う……うん」


 スウハが保護した女の子が、身じろぎをした。


しばらくすると、彼女が目を覚ます。


「ここは……あなたは?」


 怖がる少女に、イツキは微笑みかける。


 その笑顔に、少女は少なからずほっとしたようであった。母親のようだ、と言われる雰囲気はこういうときにしか役に立たない。そう思って、イツキは内心自虐をしていた。


「私はあなたを治療したイツキと申します。あなたは?」


 少女は、戸惑いながら答える。


 可愛らしい声であった。


「私は……オチバ。父が村の統治をしてて……でも、そこの住民に襲われて」


 できるだけ簡潔に少女が訳を話そうとしていることがわかった。聡い子供であった。おそらくは、なんとなく自分が置かれた状況が分かっているのだろう。


 きっと親からの愛情をいっぱい受けた子に違いないと思った。


 可愛らしく聡い子など、親が愛さないわけがない。


 震える少女の背中をイツキがなでる。


 少女の瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちた。


 記憶が混濁しているのか。悲しみのせいなのか。混乱のせいなのか。あるいは、すべてのせいなのか。イツキには図れぬことであった。だが、少女から正しいことを聞きださなければならない。そのためにも、落ち着いてもらわねばならなかった。


「大丈夫です。ゆっくりでいいですよ」


 深呼吸をして、とイツキは語り掛ける。


 少女は息を吸ったり吐いたりして、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。


「私は……とある人に守られて村をでたけど……はぐれちゃって。ここは……どこなの?」


 ようやく、その疑問にたどりつくことができた。


 安全な村です、とイツキは答える。


「無理しないでください。あなたは、私の村で保護されたのです」


 イツキは、少女を抱きしめた。


 その温もりに親を思い出したのか、小さな子供は「うわーん」と声を上げて泣き出した。


「そうだ、お父様が!お父様が殺されたんだ!!どうして、殺されちゃったの。みんなのために頑張ってたのに!!」


 オチバは、イツキの背中を叩く。


 そんなこと無意味なのに、怒りや悲しみをそうやってあらわさないとどうにもできないと言っているようであった。


「あなたは辛い思いをしました。少し休んでいください」


 眠りたくはない、と少女は言った。


 眠ったら、再び恐ろしいものを見そうだといった。


「大丈夫です……。大丈夫。ここには、あなたに害なすものはいません」


「……本当?」


「本当です」


 イツキの言葉に、少女は再び眠りに落ちる。


 その寝顔を見たイツキは、少しだけ顔を曇らせる。


 少女を保護していたものを見たという報告はなく、おそらくは死者に殺されたのだろう。少女は天涯孤独の身の上となったのである。


「可哀そうに……」


 子供たちの悲劇はいつだって、似通る。


 自分が死ぬか、保護者を失うかの二者択一だ。


 その二つだけが、子供にとっての悲劇だからだともいえる。


 イツキは、村人を呼んで少女が目覚めた時に使う着替えと食事を用意してもらう。これぐらいしか、傷ついた彼女にできることはなかった。


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