第20話謎の少女

●謎の少女


「疲労でしょうね」


 自分の寝室に少女を寝かせたイツキは、そう判断した。体の泥を落とした少女は、賢そうな顔をしていた。長い髪は赤みがかかっており、瞳も青みがかかっていた。もしかしたら、かつての世界で外国という場所からやってきた人々の血を引いているのかもしれない。そう考えると目鼻立ちがはっきりとした少女の顔立ちは、どこかイツキ達と違う雰囲気であった。


「着ているものから、内部抗争のあった村の関係者であった可能性は高いと思います。彼女が目覚めないとなんともいえませんが」


 予想はできるが、断言はできない。


 そもそも村と村との交流は非常に限られており、誰がどのように村を支配しているかが分からない。そのため、目覚めた少女から話を聞くのが一番の早道であると思われた。


「イツキさま」


 スウハは、イツキに呼びかける。


 イツキはどこかおどおどした様子であった。


「僕は、村に災いを持ち込んでしまったのでしょうか?」


 少女を追うものが村に来るかもしれない。


 それが、村に災難を持ち込むかもしれない。


 スウハには、それが不安で仕方がなかった。


 イツキは、首を振る。


「幼い少女を殺すために、危険を冒す可能性は少ないでしょう。これは人助けです。いいことをしたんですよ」


 イツキは慈母の笑みを浮かべて、スウハの頭をなでた。


「幼い少女を見殺しにはできなかったのでしょう。優しいあなたを誇りに思いますよ。それに、この子を追いかけてくる人はいないと思います」


 イツキは、そう断言した。


 眠っている少女は幼く、十歳ほどに見えた。たしかに、これほど幼い彼女を殺すために村の外まで追いかけてくることはないだろう。放っておけば、死人が始末をつけてくれていたはずだ。


「彼女が目覚めたら色々聞くことにします。スウハは、ユキのところに行ってもいいですよ。ユキが、鹿の皮をなめして服をつくるそうですから」


 見てみたいでしょう、とイツキは言った。


 そのほほえみは、小さな子に向けるかのように優しいものであった。


「他の子供たちは興味津々でしたよ」


「イツキさま」


 スウハは、自分が思ったよりも鋭い声を出していたことに気が付いた。


 イツキに子ども扱いされていることを怒っている。そんな自分の短慮で器量が狭いところが、スウハは嫌いだった。


「子ども扱いはしなくて結構です」


 そうですか、とイツキは少し残念そうする。


 きっとイツキは、スウハに気分転換をしてほしいだけだったのだろう。


「……ですが、服作りは興味があるのでちょっと行ってきます」


 イツキを悲しませることが嫌で、スウハはそう言った。


 スウハは、自分にまともな子供時代など期待していない。期待するのは、将来のことだけ。イツキの代わりにちゃんと村を納められるかどうかだけ。


 ユキは、村の片隅で鹿の皮を縫っていた。


 どうやら仕留めた鹿の皮をもらえたらしい。なめした皮を切って、縫い合わせて服にする。布を織って服にするのと手順は変わらないが、皮の方が丈夫なので縫いにくそうである。


かなり太い針を使用していたが、その針をよく見ると動物の骨で作った手製の針であった。意図に関しても皮を細く裁断したものを使っていて、原始的すぎる服づくりである。


年少の子供たちは、それを面白そうに観察していた。村では鹿の皮では、靴ぐらいしか作らないからだ。


「ユキ、服を作っていたんですか?」


 スウハが話しかけるとユキは頷いた。


「来ていたのボロボロになってたし、冬に向けて新しいのが欲しかったから」


 村に来てから、ユキは村人が着るような着物や袴も身に着けることが多かった。それでも寒い冬には、自分が来ていた暖かな皮の服を着たかったらしい。


「すうはの分もつくる?」


 ユキは、尋ねた。


 なんとなく、スウハはユキとの仲が縮まったような気がした。少なくとも悪く思われていることはないであろう。


「いらないです」


 断るとユキはちょっと不思議そうだった。


「暖かくていいのに」


「洗うのでは不便ですよ」


 ユキの服は温かいのだが、洗うとあっというまに縮んでしまう。そのため洗えずに、不衛生だ。現に前にユキの衣類は、ひどい匂いを発するようになっていた。


「できた!」


 ユキは、鹿の皮でつくった衣類を身にまとった。

 その姿は、野生児のようではなかった。着物の上に羽織れるように外套のような形にしてあった。これならば皮膚の汚れで、皮の服が匂いということもないであろう。


「本当に寒さを防ぐのならば、帽子も作りたいところなんだけど材料がなくて」


 猪の皮とかもあるといいな、とユキは呟く。


「クマもいいんだけど、クマを狩るのは危ないからね」


 例に出てくるということは以前に狩ったことがあるのだろう。スウハは、それに少し驚いた。凶暴な熊まで狩ってしまうとは、狼と共に暮らしていた時代のユキは恐ろしい。


 ユキは新しい服がうれしいのかどことなく嬉しそうであった。


 服を作り終えたユキは、今度は刀を取り出す。そして、それを石で研ぎ始めた。


「服も武器の手入れも自分でやるんですね」


 村では分業している。


 服を作る者たち、武器を作る者たちと別れている。だが、一人でなんでもしてしまえるユキはたくましいと思える。思えばユキは、顔の形は可憐な癖にたくましい。そのたくましさは自然にはぐくまれた故のものだろう。


「兄さんたちは作れなかったからね。けっこう上手いでしょう」


 ユキは、嬉しそうであった。


 褒められたのが分かっているからである。


「一人で生きていけそうですね」


 スウハの言葉に、ユキは首を振る。


 その姿は、可憐だ。


 それと同時に、スウハはユキの身長があまり高くないことに気が付いた。小柄な部類にはいるだろう。きっと力もさほど強くない。それでも生き残れていきたのは狼たちが、ユキを生かしてくれていたからだ。


「一人では、無理だよ。兄さんたちはそれを良く知ってた。だから、ボクが人の村に答えるようになるまで守ってくれた。……人間は弱いから、一人では生きられないんだよ」


 人より秀でた身体能力を持つ、ユキ。


 一人でなんでもできそうな、ユキ。


 そんな彼でさえ、一人では生きられないという。


 スウハは、小さくため息をつく。


 一人では生きられない者たちのために、村を維持するのがスウハの仕事であると再確認したからであった。


「ユキ!」


 遠くで、ササナの声がした。


 ササナの声を聞いた、ユキは嬉しそうに立ち上がる。


「あ、ささな。見て、新しいのを作ったんだ」


 ユキは、できあがった服をみせにいく。その表情は輝いており、ユキがササナに兄たちへ向けるような信頼を向けているのは明らかであった。


 ササナはその服を見て「あー、それを作ってたのか」とどこか呆れ気味だった。最近、普通の着物ばかりを着ていたら、ササナはてっきりユキが川の服を止めたと思っていたのだろう。


「それ、すぐに臭くなるだろう」


 ササナは嫌そうに言った。


 ユキはむっとする。


「だから、今回は外套風にしたのに。冬のための備えだよ」


 どうやら、それがユキなりの工夫だったらしい。

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