第17話青春ごっこ

●青春ごっこ


 チヒロは、キュウリを齧る。


 今年のキュウリは出来がいい。瑞々しくて、いい大きさだ。だが、数が少ないのが玉に瑕だった。冬の備えが足りなくなることはないだろうが、秋には例年よりも多くの獲物を狩ってもらわなくてはならないかもしれない。


 そんなことを考えながら、チヒロは今日も子供たちに狩りの方法を教えるササナを見つめる。教師のササナの生徒である子供たちは一生懸命に模倣する。そんななかで、子供二人がじゃれあっている。いや、正確にはアサヒがユキに頬をつねったりして意地悪をしているのだ。ユキはどうすればいいのか分からないらしく、されるがままになっている。


 傍から見れば、子供らしい感情がむき出しになって可愛らしい。




 アサヒは、どうやらユキに惚れてしまったらしい。




 だが、相手にされていないから意地悪してしまっているのだ。そして、ユキが思いを寄せている(無自覚)のササナに敵意を向けているらしい。教師としては尊敬しているので言うことを聞かないということはないが、ひとたび授業が終わればアサヒに向かって敵意をむき出しにしていた。好きな相手には優しくできないくせに、恋敵には敵意を向ける。幼さとはなんとも面倒くさいものだ、とチヒロは思った。


 けれども、同時に羨ましくもある。


 自分たちも無自覚にああいう時代を過ごしたような気がするのだ。自分たちから見たら一生懸命で、他人から見れば馬鹿々々しい時代を過ごしたようなきがするのだ。


「まぁ、ユキの顔は可愛いし」


 チヒロは、キュウリをかじりながらユキに意地悪するアサヒという青春を見ていた。ササナもチヒロと同じく、アサヒの意地悪を見つめている。


「どうして、仲が悪くなっていたんだろう」


 ササナはつぶやいていた。


 チヒロは「青春だからだろ」と呟く。


 言われて初めて、ササナはアサヒの片思いに気が付いたようであった。ササナは眼を見開いて、青春ごっこをいそしむアサヒとユキの様子を見つめる。


「アサヒがユキのことを好きになるなんて……どちらかというと苦手なほうだと思ったのに」


 少なくともちょっと前まではそうだった、とササナは語る。


「劇的な変化があったんだろ。あの年頃の好き嫌いなんて、あっというまに変わるもんだ。それこそ、秋空みたいに」


 チヒロの言葉に、ササナは笑う。


「そうだったかもな。でも、自分のことは忘れたよ」


 自分たちが幼かったことのころなど、もう思い出せない。


「俺も」


 ササナとそんな会話をしていると、急に歳をとった気分になった。


 チヒロは、ササナの顔をじっと見つめる。


 ササナの顔に嫉妬らしい感情は見えなかった。ただアサヒとユキの両方に慈愛を向けている大人の顔であった。


「なぁ、おまえってユキのことが好きなのか?」


 チヒロは、そんなことをササナに尋ねた。ササナの感情は、付き合いの長いチヒロには丸わかりだった。ユキは、ササナにとっての特別な人であった。


 チヒロの質問に、ササナは少しだけ顔を赤らめた。


 その反応を見て「全く意識していなかったわけじゃないんだな」とチヒロは考えた。さすがにそこまでは鈍くなかったようである。そこらへんが、きっとアサヒとは違うところであろう。


「綺麗な顔をしてるなとは思ってるけど……大切にしたいと思ってるけど」


 チヒロはキュウリを齧りながら、ササナの背中を叩いた。


 その背中は思った以上に大きくて、やはり自分たちはアサヒたちのような子供ではないのだなとチヒロは思った。


「あんまり大切にしようとすると横から、さらわれるぞ。その前に、手に入れろよ」


 チヒロの頭によぎったのは、ヒガシの顔であった。


 恋人であった彼女。


「……チヒロ。ヒガシのときもそんな感じだったのか?」


 ササナも同じであったらしい。


 チヒロは、彼の頭を叩いた。


 かぽん、ととても良い音がした。まるで実の詰まったスイカのような音であった。


「恋の季節は、春なのにな。もうすぐ秋じゃないかよ」


 

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