第三章

第15話収穫

●収穫


 夏の日差しを受けて、野菜が輝いていた。


ユキは、その様子をしげしげと見つめる。野菜を育てて収穫するというのは、ユキには初めての体験だ。ササナに教えてもらいながら、一つ一つ慎重に実りに触れていた。特にはちきれそうなトマトに触れるときには、触れただけで落ちてしまいそうなほどだったので怖かったのだ。

 

村で作っている野菜は、ユキには豊作のように見えた。だが、ササナに言わせれば今年は不作であるらしい。野菜の一部は漬物などの保存食に使用するが、すぐに食べなければならないものもある。そういう野菜は、きっと今夜の夕食に並ぶのであろう。

 

村にやってきて、ユキは初めて野菜の美味しさを知った。特にキュウリが好きだった。瑞々しくて、漬物にすると保存食にもなる。こんなに素晴らしい野菜はないと思っていた。

「最近は、野菜ばっかりだなぁ」


 ユキとしては肉の方がうれしいが、収穫が忙しい間は狩りにもいけない。むろん、たまには狩りにいく。それでも肉のほとんどは保存食に加工されることもあって、腹いっぱいの肉を食べることはなかなか難しかった。これも村に来て、初めての体験である。兄たちと暮らしていたころは、肉が取れれば腹がくちくなるほど食べて数日間は絶食するような生活だった。ひもじい思いもあったが、ユキとしてみれば懐かしい日々である。


「ユキ。明日は、狩りに行くからな」


 ササナの言葉に、ユキは目を輝かせる。


 やはり、肉は大好きだ。


「本当!」


「ああ、ただ今回は初めての子も連れて行かないといけないから……今日と明日はほぼ訓練だと思ってくれ」


 ササナに言わせば、次世代に物を教えるのも大切な仕事らしい。


それはユキにも理解できる。ユキもそうやって兄や母から狩りを教わったからだ。だが、新人の子に合わせていたら取れる獲物が減る。


ユキは「ちぇ」と思いながら、野菜の収穫を続けた。


収穫を終えると、ユキたちはそれをチヒロのもとにそれを持っていた。チヒロたちはそれで夕食を作ったり、保存食の漬物を作ったりしてくれるのだ。チヒロは元々は、このような厨房の仕事をしていたらしい。だが、今では家畜の世話も手伝ってくれている。色々と忙しい人なのだ。

 

ユキたちは、一緒に狩りに行く子たちに武器を使う練習をさせることになった。ユキが得意な武器は刀やナイフである。というよりは、それらの刃物でしか使えない。だが、獲物に的確に止めを刺す技術はかなりのものであった。


しかし、一方で対人の剣術に関してはかなり劣っている。死人相手にはかなりの腕前を見せるが、生きている人間と戦った経験は乏しいために相手の動きの先読みが下手なのだ。これはユキが生身の人間と戦った経験が少ないせいだった。ただし、ユキの行動も読めないので相手の意表をつくことは得意なようであった。


 だが、ササナと模擬戦をやらせるとササナが勝つ。身体能力では、ユキのほうが勝っているのだが、剣術をならったササナのほうが人間の動きの先読みが上手いのだ。しかも、彼はユキが可笑しな動きをすることを知っている。そんなこともあって、ユキも新人に混ざってササナに基本的な刃物を扱いを習うことになった。


「ユキ。……おまえ、改めて見ると握り方とか無茶苦茶だったんだな」


 よくこれで力が入っていたものだ、とササナはあきれてしまう。ササナはユキに正しい刃物の持ち方を教え、他の子供たちと同じように人間が刃物を持った時にどのように動くことが多いのかを教えた。


 ササナに刃物の扱いを教えてもらっていたのは、ユキよりも少しだけ小さな子供たちがほとんどだった。なかにはユキと同世代の子もいた。どうやら村では自分ぐらいになると戦力として数えられるらしい、とユキは思った。


 小さな頃から狩りをするわけではないか、とユキは思った。少なくとも、ユキはそうであった。村では小さな子は、野菜を育てる手伝いなどをおこなっているようだ。物心つくことから狩りに参加していたユキにとっては、それは慣れない光景だった。


 そんなことを考えているとユキの顔をじっと見ている男の子がいた。


 ユキと同い年ぐらいの男の子だ。日に焼けた肌に、茶色の髪の毛。身長はユキよりも高いが、童顔のせいなのか年下のようにも見える子供だった。


「女みたいな顔!」


 男の子はそう言って、ユキにあっかんべをした。


 ユキは、目をぱちくりさせる。


 なんのまじないだろうか。見たことがない相手の表情をユキはまじまじと観察した。男の子は、そんなユキにたじろいでいあた。


「こら、アサヒ!」 


 ササナが、男の子の首根っこをつかむ。


 アサヒ、というのが彼の名前らしいとユキは思った。


「狩りに関しては、ユキはお前らの先輩みたいなものなんだからそういうことはしない!」

 ササナはユキを特別扱いしていた。すでにユキは実戦に出ていて、十分な戦力となっているので当たり前である。しかし、アサヒにはそれが理解できないようであった。ユキだけ特別扱いされてズルい、とでも言いたげであった。


「でも、こいつ女みたいで強いと思えないんだ!!」


 アサヒの言葉に、ササナはため息をついた。


 小さな子は村から出ないので、ユキの身体能力を知らない。


 ササナは、ユキを手招いた。


「今から、ちょっとアサヒをのしてもらっていいか。武器は使わないで」


 ササナの言葉に、ユキは首をかしげる。


「どうして?」


 ユキの言葉に、ササナは「ちょっと分からせないと、怪我をしそうだから」と答えた。ユキは、アサヒの言葉の意味が分からなかった。だが、やってみろと言われたらやるしかない。


「アサヒ。武器なしで、ユキと手合わせしてみろ」


 ユキは、ササナに自分の刀を預ける。


 実のところ、ユキの刀はかなり短い。子供用というわけではなくて、折れたものを鍛えなおした刀なのだ。だれが鍛えなおしたのかはしらないが、母親がユキにプレゼントしてくれたものだった。きっと人間が落としたものなのだろう。刃こぼれなどがひどかったが、村にきてから鍛えなおしてもらった。おかげで、切れ味は随分とするどくなった。


「じゃあ、はじっ」


 ササナが言う前に、ユキはアサヒを蹴り飛ばした。


 その光景に、見ていた全員が唖然とした。ユキだけがきょとんとしていて、事態を把握できていなかった。


「なんでだっ!!」


 ササナが、叫ぶ。


 腹に蹴りをくらったアサヒは、嘔吐していた。どうやら、蹴りがいい感じで腹に入ってしまったらしい。ちょっと申し訳ないことをしたな、とユキは思った。



「……おまえ……ルールとか無視するなよ」


 ササナは、ユキの行動にあきれ返っていた。


「ささなが、やれっていったのに」


 ユキが頬を膨らませる。


 やれと言われたから、やったというのに。


「こういうときは、はじめって言ってからやるんだよ。はぁ、説明しない俺が悪かったか……」


 ササナは、アサヒに手を貸して立ち上がらせた。


 まだ席をしているアサヒでは、ユキと戦えそうにもない。


「しかたがない。ユキ、俺とやろう。はじめって言うまで殴ったり、蹴ったりするなよ。はじめ!」


 ササナの合図と共に、ユキは高く跳躍する。


そして、ササナの顔を踏みつけた。


「ささなのこと、殴ったりしたくなかったから」


 ユキは、地面に着地する。


 当然だが、ササナは痛そうにしていた。だが、すぐに体制を立て直したのはさすがであろう。


「……踏み台にするのはいいのかよ。よし――もう、やるなよ。こんな感じでユキの身体能力を甘く見るな」


 他の子供たちは、ユキの動きに目を丸くしていた。


 だが、アサヒは未だにユキをにらみつけていた。

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