第14話薬草

●薬草


 結局、ササナも薬草を見つけられなかった


 三人は、今後どうするかを話し合う。


「もう少し探す範囲を広げよう」というのが、ササナの案であった。ユキは、それには反対であった。先ほどの村から盗み出すという案を提案した。ササナもそれにいい顔をしなかった。


「なら、二人で薬草をさがしてろ。俺は、一人でもとってくるからな」


 ミサは、そういうとササナたちと別行動をとることを決めてしまった。


 一日後に再び落ち合うことに決めたササナとミサ。ユキは、ササナについていった。馬にのって、足元に注意しながらも移動した。


「薬って、そんなに重要なものなの?」


 ユキの疑問に、ササナは笑いながら答える。


 一応、ユキにも薬草の心得はあった。だが、それはイツキには遠く及ばないものだ。第一、ユキは怪我以外で薬草を必要としたことがなかった。


「集団で暮らしているからな。誰かが具合を悪くするとすぐにうつる。他の集団も同じような悩みを抱えてるんだろうよ」


「そうなんだ……」


 ユキは、二手に分かれた方がいいのではないのかと考えた。だが、ササナが知らない土地でのこれ以上の別行動には難色を示した。死人がいつくるかもわからないし、夜の時のように他人に襲われるかもしれなかったからだ。


「ササナ。仲間のためならば、盗みっていいことだと思う?」


 ユキは、ササナに尋ねる。


 ササナは、難しい顔をした。


「……ミサは、そうやって仲間を守ってきたんだ。俺も、あいつが持ってきた薬とかで助かったこともある」


 ササナは、ユキに言い聞かせる。


 ユキはそれで人間の正義は一つではないらしい、ということを理解した。


「この世界では、物は有限なんだ。守りたい人のために、他人から奪わなきゃいけないとき


もあると思う。ただ、見極めないとためだ。奪うのならば、最低限だ」


「ボクもいつか誰から奪うのかな?」


「そうかもしれないな。そんなときが来ないことを祈ってるけど。……お」


 ササナは、馬から降りた。


 どうしたのだろうと思っていると、ササナは屈んで赤い実を摘み取っていた。それをユキに手渡す。小さな赤い実は、ユキにも見覚えがあった。


「野イチゴ発見。ほら、食べろよ」


 ササナから受け取った野イチゴをユキは口に含む。


 口の中で柔らかな実がつぶれて、ユキは眼を細めた。


「すっぱい!」


「ああ、甘くはないな」


 俺は結構好きなんだけどな、と言いながらササナは自分の野イチゴを口に含んだ。果汁がササナの口から少しあふれ、唇を赤く染める。それが子供っぽくて、ユキはくすくすと笑った。ユキに笑い顔を見たササナは、一瞬だけ呆けた。


「どうしたの?」


 ユキの言葉に、ササナは正気に戻る。


「いや……きれいだと思ったんだよ。お前の笑顔が、この世で一番きれいだと思ったんだ」


 その言葉が、ユキにはよく分からなかった。


 きれいだ、と褒められる意味が分からない。それに、さっきはミサにユキが綺麗だからトラブルを呼び込むといわればかりだった。ユキの困惑を察したように、ササナは苦笑いした。


「お前の笑顔が、特別に思えたんだ」


「それって、守りたいもの?」


 ユキの疑問に、ササナは答える。


「ああ、守りたいもの」


 その答えに、ユキはちょっとばかりむっとする。


 ユキは馬の手綱から手を放し、鞍の上に立った。猿のような身のこなしに、ササナは度肝を抜かれる。そして、ユキはササナに向かって飛んだ。


「うわぁ!」


 驚いたササナは、それでも両手を広げてユキを受け止める。


 腕の中に舞い降りたユキは、思ったよりも重かった。小さくて細い体には、きっと筋肉が詰まっているのだろう。そうでなければ、先ほどの曲芸のような動きなどできまい。


「危ないことをするなぁ」


 ユキを抱き留めたままで、ササナは眼を白黒させていた。だが、ユキは子供のように笑っている。いや、子供だったのだ。あまりに頼りになるので忘れてしまっていたが、彼は子供だった。まだ、きっと十四歳ぐらいの。


「ささな。あれ」


 急に真剣な声で、ユキは呟く。


 彼が指さした先には、数人の死者がいた。ふらふらとこちらに向かって歩いてくる、死者。それを見た瞬間に、ササナも真剣な目をしていた。


「ぼくが馬で引き寄せるとから、その間に薬草を探していて」


 ユキは、ササナから離れると馬に飛び乗った。


 そのまま馬を走らせる。


 案の定、死者たちは馬の足音につられて歩き出した。死者を先導しながら、ユキは薬草を分けてもらえなかった村から煙が上がっているのを見つけた。火事かとも思ったが、騒がしくはないので狼煙なのかもしれない。


「なにか、あったのかな?」


 村のほうに眺めていたユキだが、すぐに自分の進路に目を向ける。そちらの方向からも、死者の群れが見えた。しかも、数人と言う少人数ではない。目視で確認できるだけで、数十人ほどの群れであった。百は超えていないので群れとしては小規模から中規模であろうが、それでも危険なことには変わりない。


 先ほどの狼煙は、もしかしたら自分たちの村が危険であることを外部の仲間に知らせているのかもしれない。だとしたら、ここは近いうちに死者と生者の戦争になる。


 ユキは、馬を全速力で走らせてササナの元に戻った。死人は馬のスピードにはついてこられない。馬をみうしなった死者の進路は、村であった。


「ささな!死者の群れだ」


 ユキはササナと合流し、森に身を隠すことにした。


 木に登り、できるだけ物音を立てないように隠れる。


 木の上からでも狼煙が確認できたが、数時間後には煙は消えてしまった。ユキたちがそっと村の様子を見に行くと、村は死人たちに飲み込まれてしまっていた。死人の村が木製の柵の弱いところを突き破って、内部へと侵入してしまったらしい。


 村に住んでいた人々も死人へと変わって、数十人ほどだった群れの人数は一気に膨れ上がっていた。ユキは、ミサは大丈夫だろうかと不安になった。


彼は村へと忍び込むと言っていたが、死者の群れと鉢合わせをしていないであろうか。だが、確認する術がない。

 

ユキとササナは、息をひそめて森に戻った。


 だが、一日待ってもミサとは合流することができなかった。


「巻き込まれたんだな……」


 ササナは、言葉少なであった。


 村に侵入していたミサが、死者の襲撃に巻き込まれたことは間違いないであろう。おそらくは、それで死んだのだ。


村が一つ落とされたゆえに、周囲には死者があふれかえっている。ササナとユキは、その場から離れて自分たちの村へと戻ることを決めた。薬草は手に入れることができなかったが、長居できるような場所ではなかった。


「ささな。ミサとは親しかったの?」


 ユキは、尋ねる。


「……五年ぐらいの付き合いかな。村に来る前は、ずっと一人で旅をしていたらしくて……何でも自分一人で解決したがることろはあったけど良い奴だったよ」


 ササナは、滅ぼされた村のほうを見つめた。


「俺も、小さな頃に死者に村を滅ぼされたんだ。親と住んでた村だったんだけどな」


「……どうやって生き延びたの?」


 ユキの言葉に、ササナは笑った。


「川に落ちて、流された。運がよかったんだ。溺れずに下流に流されて、今の村に拾われたんだ」


 ササナは、息を吐く。


「結局、運がよかっただけなんだよな」


「運が良いのは、一番大切なことだよ。ボクも小さな頃に母さんに拾われた。運が悪かったら、母さんと会えなかった。それに、ササナとボクがあったのも運がよかったから」


 ユキは、ササナを見つめる。


「運が良いことが、きっと一番大切なことなんだよ」


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