第二章

第11話村の外

●村の外


 ユキは、雪の日に母に拾われた。


だから、ユキと名付けられた。


兄弟のなかでも知識を継承するために育てられたユキだったが、兄たちのような身体能力はついぞ身につかなかった。母がいうに、ユキが人間という種族だからだという。母は自分の血が薄まったことを危惧してユキに知識を授けたらしいが、母はそのことを死の直前に後悔していた。

 

母は、人間が獣の群れにいるべきではないと判断してユキには人の群れに戻るように遺言を残した。ユキはその遺言に従って、生まれ育った狼の群れを離れた。


 くしくも、ユキが生まれた冬の季節だった。


 兄と兄嫁が心配してついてきてくれたので、ユキの生活は大きくは変わらなかった。大きな群れから、小さな群れに変わっただけだ。


 だが、そんななかでササナと出会った。


 ササナはクマに襲われていた。


 そんなササナを助けたが、ユキも大怪我を負った。ユキが助けたササナは、ユキも助けて自分の群れに連れてきてくれた。それでユキは、ササナが悪い人間ではないと思った。だから、ササナについていこうと思った。


 ユキのなかで、ササナは暫定的なリーダーとなった。


 ササナは年上だし、村での生活で色々なころを教えてくれた。ササナはイツキという人の命令に従っているらしいが、イツキのことはよくわからない。ほとんど姿を見たこともないし、会話もしたこともなかった。


 ササナの村で、ユキは一冬を過ごした。


ササナは家畜を育てる係であった。豚や鶏を飼っており、その世話で一日を費やしていた。ユキも手伝ったが、家畜はユキに染み付いた狼の匂いを恐れた。

 

だが、怪我が治るまではできる仕事は少ない。


 家畜もユキもしぶしぶ仕事に従事するしかなかった。


 春になると、ユキの腕も回復した。手当をしてくれたイツキという人間は、腕のいい医者らしい。後遺症らしい後遺症は微塵も残らなかった。傷は化膿するものだと思っていたユキにとっては、それは驚きだった。


 雪がとけると、黒い衣服の一団は村の外へと旅立っていった。


 黒い一団は、冬以外は村の外で傭兵のようなことをやっているらしい。冬が来ないと、彼らは帰ってこないとのことだった。イツキやスウハは、その後ろ姿を寂しそうに見つめてい

た。


 ユキは、ササナに馬の乗り方を習うことになった。


馬たちもユキについた狼の匂いを怖がったが、ササナが根気よく教えてユキが敵ではないことを馬たちは学んでくれた。だが、さすがに兄たちのことは馬が怖がるので、馬と一緒の時はユキは兄たちとは会えなかった。


「うわっ」


 馬の乗り心地は悪い。


 お尻が痛くなるし、自分の目線が高くなるのは怖い。けれども、馬と一緒に風を切ってはしるのは心地がよかった。


馬たちは、どれもササナになついていた。


ササナと一緒だと、馬たちはよく言うことを聞いた。だが、ササナが近くにいないと馬たちはいうことを聞かなくなる。どうやら、ユキは舐められているらしい。だからといって、怖がらせれば馬がパニックになる。

 

ユキは、馬が嫌いになりかけていた。

 

気位ばかりが高い。


「馬には相性があるからな。そいつとユキの相性が悪いのかもな」


 ササナはそういうが、あいにくとユキが一人で乗れるような小さな馬は一体しかいない。その馬と相性が悪いのだから、最悪であった。それでも、なんとか馬で一通りのことはできるようになった。


 そうなるとササナは、ユキを外へと連れ出すようになった。


 どうやら、ササナはユキは家畜の世話よりも外に行く仕事の方が向いていると思ったらしい。それは、ユキにとっても幸いだった。狭い村よりも広大な外の方が、ユキは好きだった。


 村の外で、食べられる山菜や木の実などを採取する。


 時には、鹿なども狩る。


 ユキが割り振られたのは、そういう仕事だった。


 それらの仕事は、ユキに狼の群れでの時間を思い起こさせた。集団でおこなう狩りも同じで、兄と一緒にいられないことをのぞけば外の仕事は楽しかった。


「どうやら、性にあっていたようだな」


 ユキに声をかけたのは、ミサという少年だった。採取の仕事を主にしていて、黒組ほどではないが外にいる時間が多い人間であった。ユキにしてみれば、仕事の先輩である。


「外を恐れない人間は貴重だ。誰もが、死者を恐れているからな」


 ミサの言うことは、もっともだ。


 村の人々は、ほとんどが死者を恐れている。


「死者がいるのは、あたりまえのことだから」


 ユキは、答える。


 クマと同じである。


 彼らが外にいるのは、自然なことだ。それを必要以上に怖がる必要はない。自分の命を守れればいいのだ。


「大昔は、死者なんていないのが当たり前だったらしい」


 ミサの言葉は、母からも聞いたことがある話であった。


 大昔には死者はいなくて、人間が世界を支配していた。だが、いつのころからか死者がはびこるようになった。そして、人類は衰退した。ミサは見たこともないのに、死者がいない世界を懐かしんでいるようだった。


 不思議だな、とユキは思った。


 そんな世界は、今はもう誰も知らないのにと。


 仕事が終わって村に帰ると、村は騒がしくなっていた。どうやら、ユキたちが外にいる間に熱病にかかった人間が現れたらしい。イツキもスウハも、その人間の看病に追われていた。


「ミサ、お願いがあります。熱病に効く、薬草をとってきてください。この病はうつるのでものなので、できるだけ多くお願いします」


 イツキは、ミサにそんな依頼をした。


 どうやら、熱病に効く薬が村にはないらしい。


「分かったけど、一人じゃあぶない。ユキとササナを連れて行っていいか?」


 ミサの話をイツキは了承した。


 すでにユキは、頼りになる仲間とミサに認識されていた。そして、ササナはユキが信頼を寄せる人間である。共に行動をしてほしいと願うのは、当然であった。


 そのため、ユキもササナもほとんど休まずに村の外にでることになった。

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