第9話門を開けた理由

●門を開けた理由


 日が暮れて、シチナシは門を見つめていた。


 そして、塀をよじ登る。外には、死人たちが唸っていた。その光景を見ながら、シチナシは考える。門を開けた後に、死人が起こした以外の騒ぎはなかった。つまり、犯人の思惑はただ門を開けることだけだったのだ。


「ええっと、しちなし?」


 いきなり声をかけられて、シチナシは面食らう。


 そこには、ユキがいた。彼は、シチナシがよじ登った塀の上に悠々と立っていた。それだけで、ユキの身体能力の非凡さが際立った。


「ユキ、どうしたんだ?」


 シチナシの疑問に、ユキは「ササナに言われて」と答えた。


「ここで、新しい服の死者を見つけてって言われた。ボクは、夜目が効くから」


「……いたか?」


「うん。子供が一人」


 シチナシは、ササナが考えていたことが分かった。


 ササナは、きっと門を開けた人間は「死人になりたかった」と考えたのだ。そして、新しい服をきた子供の死人が近くにいるということは、門を開けたのは子供と言うことになるのかもしれない。


「子供が、門をあけたの?」


 ユキも同じ考えに至ったらしい。


「……おそらくは」


 この村には、他の村から保護した子供たちが多くいる。彼らの村は、死者に滅ぼされたり、生きている人間に滅ぼされたりと様々だ。門を開けた子供は、きっと外に自分の村の人間がいたのを見つけたのだろう。そして、彼らの仲間になるために自ら飛び込んだ。


「自分から死ぬなんて、バカだ」


 ユキは、そう言った。


「それでも……一緒にいたい人はいるもんだ」


 シチナシの心は、犯人である子供に同情していた。


「それが人の心なら、ボクは人になんてなりたくないよ」


 シチナシは、その言葉がユキの強さのように感じられた。けれども、それは獣の強さである。シチナシには、得とくしがたい獣の強さであった。


「なら、俺は弱いな。……ユキ、戻るぞ」


 シチナシは、ユキと共に村の内側に戻る。


「ねぇ、シチナシ」


 ユキが、シチナシを呼ぶ。


「昔、母さんは人間は愚かだから今は滅びそうなんだって言った。けど、ボクには違うように見える。人間は、弱いから滅びるんだ。それって、必然なんだよね」


 首をかしげる、ユキ。


 シチナシは「そうかもしれない」と思った。


 ユキは、塀の外は興味を失っているようだった。もしも――もしも、今後人類が再び繁栄することがあるならば、それはユキのような獣の心を持つような人類なのかもしれないとシチナシは思った。


 シチナシは、ユキと別れるとスウハの元に訪れた。すでに就寝しているスウハの寝床に潜り込むと、彼の健やかな寝息が聞こえた。それが、心地よかった。


 少なくとも、これを守っているのだと思える。


 スウハは、シチナシの存在に気が付いた。気が付いたが、なにもできずに固まっていた。可哀らしいその様子に、シチナシは少し安心する。


「しばらく、このままでいさせてください」


 シチナシは、スウハを抱きしめる。


 小さなスウハの肉体。そのスウハの肉体を包み込み、シチナシは安心する。


 弱くていいのだ、と言われているような気がする。


「あの……シチナシ」


 スウハは、おずおずと呟く。


「覚悟はできてますよ」


 シチナシは、どのような覚悟だろうかと一瞬考えた。だが、次の瞬間には隣のイツキの部屋から喘ぎ声が聞こえてきた。それで悟った。


 スズが、イツキを抱くことは珍しくなかった。


 それどころか、冬の間はずっとといっていい。けれども、その声を聞いてスウハがこのような決心を固めているとは思わなかった。


 シチナシは、スウハの決意を知らないふりをした。


 抱くには、スウハは幼すぎる。


 その代わりに、シチナシはユキのような性質な世界がいる世界を想像した。その世界は冷たく温もりがない世界のように思われた。



 翌日、スウハに睨まれながらもシチナシは朝を迎えた。そして、自分たちとは全く違う朝を迎えた、スズに報告をした。スズは、何も答えずにその報告を聞いていた。


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