第8話未来への不安

●未来への不安


「見つかるはずがない」


 そうシチナシに声をかけたのは、スウハであった。


 彼は、シチナシに茶を手渡す。人々に話を聞いていたシチナシには、ありがたい差し入れであった。


「きっと門をあけた人間は、死人に食われた。だから、見つかるはずがない。亡くなった人が犯人だよ」


 スウハの言葉に、シチナシは笑う。


 この子はいつだって、冷淡を装う。本心は、自分の仲間に裏切り者がいてほしくないというだけだろうに。ああ、まだ彼は十五歳の子供であるのだ。ならば、仲間に裏切り者がいてほしくないと願うのは当然であろう。


「そうかもしれないし、そうじゃないとかもしれないだろう」


「こんな仕事しなくても、あなたが次の黒組の統領だよ」


 それはゆるぎないであろう。


 シチナシもそう思う。


 だが、それがかぎりなく遠い未来であればいいと思うのだ。


「スズさまは、イツキさまが死ねば共に行くと言っている」


「バカだよね。人は、すぐに死ぬのに」


 そうスウハは、吐き捨てる。


 スウハは、この村で生まれた子である。だが、スウハを生んですぐに母は死んでしまった。正確にいうのならばスウハが生まれる直前に母親が死んで、イツキの師がスウハの母の腹を裂いて彼を助け出した。


 スウハは、シチナシをじっと見つめていた。


 子供らしいとは言えない、落ち着いた眼差し。その瞳の奥には、消し去れない情があった。その情を言葉にすることを恐れるように、スウハはシチナシにそっと口づけを落とす。


シチナシは、驚かない。

 

イツキの後継者に選ばれた時から、スウハは無理をして背伸びする。スズがあんなことを言っている以上、共に先頭に立つのはシチナシだ。スウハは、シチナシに愛情を持とうとしている。かつての者たちがそうであったように。


そんなことをしなくていいと思う。

 

そんなことをしなくとも、シチナシはスウハに情を持っている。

 

初めてイツキに紹介されたときから、特別な子だと思った。賢そうな表情に無理しているような気配。それらの全てが愛しかった。いつもイツキの後継者として無理をしているから、自分に向ける情だけでも年齢相応であっていいのにと思う。


 自分もまだ未熟者であるから、それがふさわしいというのに。


「シチナシ。お前は、僕が死んでも生きてろよ」


 わざと偉そうに、スウハはシチナシを睨む。


 シチナシの胸に吹き荒れる、冷たい風。


今になって、シチナシにはスズの気持ちが痛いほどわかった。



黄泉の国で、この子を一人にしたくはなかった。



この世でも、あの世でも、この子の唯一になりたかった。けれども、この子を道連れにすることもできないと思った。


「スウハも、私が死んでも生きていてくださいね」

 

怖いのだ。

 

自分が死ぬことよりも、目の前に可愛い子が死ぬ方が怖いのだ。

 

神や仏など信じていないが、もしいるとしたら一つだけ願いたい。

 

スウハが天寿を全うしますように、と。

 

それだけが、シチナシの願いであった。


「……シチナシ。今夜から、夜も見張りを置こうと考えている」


 ばつが悪そうに、スウハは言った。


 それはいいことだ、とシチナシは思う。


「再発が防げるな」


「ああ。どうして門をあけたかは分からないけど……」


 スウハの言葉に、シチナシははっとする。


 そうであった。


 犯人がどうして門を開けたのか。それを探ることによって、犯人が分かるかもしれないとシチナシは考えたのだ。


「スウハ、ありがとうございます」


 シチナシは、スウハの額にくちづけを落とす。


それだけなのに、スウハの頬は赤く染まった。児戯のようなふれあいで、さっきのスウハのほうが大胆であったのに。やはり、彼は無理をしているのだなとシチナシは思った。


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