第7話犯人捜し

●犯人捜し


 シチナシというのが、男の名である。スズに拾われた時に、つけられた名だ。その時から、スズは男の男で――今も大人である。スズが黒組をまとめ上げる統領であり、シチナシはその下に仕える部下であった。拾われた当初から、その力関係は変わっていない。


「門を開けた犯人を捜してほしいんだよ」


 シチナシを呼びつけたスズは、そう命じた。


医務室の奥にある、イツキの私室でのことであった。部屋の主はいないというのに、そこでスズはくつろいでいる。


冬の間、スズはこの部屋に滞在する。イツキとスズは歳こそ離れているが、信頼しあった仲である。その仲良さは夫婦のようである。


代々の黒組の統領と村の代表者は、程度こそ違えど互いに深く信頼しあった仲になると聞いていたがスズたちは格別であろうとシチナシは思っていた。


互いに群れをまとめる立場であるかであろう。スズはすでに三人の村の代表者を見送ってきたが、このように仲睦まじくなったのはイツキが初めてのことである。


「統領は動かないのですね」


 シチナシは、スズに尋ねる。


「うん。お前の裁量に任せる。私は、イツキ君が死んだら死ぬからね。下を育てておかないと」


 あの子は危なっかしいから、とスズは言う。

 

こんな世であるから、人は死にやすい。


 スズは何年も生き残っているが、村の代表者たちは何代も代替わりを重ねている。


「あなたは死にませんよ」


 シチナシが、そういうとスズは嫌な顔をした。


「嫌な呪いをかけないでよ」


「呪いですか?」


「そうだよ。生き残るなんて、呪いだよ」


 そうなのか、とシチナシは悲しい気持ちになる。スズが死んだら、次の統領は自分となる。シチナシには、スズのように黒組をまとめる自身がなかった。それに、イツキの次の代表者はスウハだ。若いイツキよりも、さらに幼いスウハには代表者の役割は負担であろう。


 そんな話をしていると、部屋にイツキが返ってきた。


 血をぬぐったばかりの刀を握っており、おそらくは地下牢に監禁していた男を殺してきたのだろう。イツキは、村で死人となった人間をできるかぎり自分で処理していた。スズに言わせば、それが危なっかしいことだという。


イツキは、本来は優しい人間だ。人を殺めることに向いていない彼の精神は、死人を殺すだけで消耗している。今だって、いつもは穏やかな瞳がわずかにぎらついている。


「イツキ君。おいで」


 スズは、自分の膝を叩く。


 イツキは軽蔑するように一瞬スズを睨んだが、すぐにあきらめたように彼の膝の上に座った。シチナシは、それでイツキが先ほど軽蔑指定のはスズはなくてイツキ自身であったことに気が付いた。


「殺したんだね」


「はい……殺せました。今日は、これで二人です。毎度のことながら、仲間を葬ることになるのは心が痛いです」


 イツキは、そっとスズの手を握る。

 それを見たシチナシは、そっと部屋を後にした。


門を開けた犯人を捜すのが、シチナシの命題である。新入りを疑うのが、鉄板であろうとシチナシは考える。

 

新入りは、変わった人間であった。


 ユキという少年。


 狼に育てられたという少年は、いつでも獣の皮を着て生活をしている。冬ならばまだいいが、夏になってもその恰好を貫くつもりなのだろうか。シチナシが、ユキに抱いた感想と言えばそれぐらいである。


 ユキは、現在はササナと共に行動を共にしている。彼がユキをここに連れてきたこともあり、ユキはササナになついていた。 


 ユキとササナは、家畜の世話をしていた。


 その様子は兄弟のようにも見えたが、二人の顔は全く似ていない。ユキは、目を見張るほどの美貌を持つ少年だ。スウハも整った面立ちの子ではあったが、ユキはまるで花のような華やかさがある。少女に生まれたのならば、傾国の美女と呼ばれていたであろう。


「ユキ、ササナ。おまえたちに聞きたいことがある」


 シチナシは、二人にそう声をかけた。


 ユキは、シチナシのことを少し警戒しているようだった。だが、ササナは「大丈夫だ」と声をかける。


「この人は、黒組の人だ。優しい人だから、心配しなくていい」


 シチナシは、ユキの身長に合わせて屈む。


「死人が入ってきた夜のことについて聞かせてほしい。一番最初に気が付いたのは、君だろう」


「そうだけど……門を誰が開けたのかはわからないよ」


 賢い子だ、とシチナシは思った。


 自分の目的を察している。


「そうか。ところで、君は狼を操れるそうだな。どこで覚えた。


「操ってない!」


 ユキが怒りだす。


「兄さんは、手を貸してくれるだけ!……過保護だから。頼る僕も悪いと思うけど」


 そのすねた顔は、末っ子のそれであった。


 シチナシは、あっけにとられる。


「すまない。本当に、家族なんだな」


 シチナシの言葉に「そうだよ」とユキは答えた。


「ササナ。君は何か気が付いたか?」


「いいえ。俺は、まったく……」


 ササナの言葉に、シチナシはため息をつく。


 最初の死人の発見者がこの調子となると、調査は暗礁に乗り上げてしまったことになる。


「あっ、シチナシさん。近いうちに、俺も外部の調査隊とか食料の採取隊に入っていいです

か。家畜は、チヒロに任せて」


「それは、イツキさまに聞かないといけないが……」


「そうですよね。……ユキのこと家畜が怖がるんでる。狼の匂いがついているから。それに

この子の機動力を考えるなら、怪我が治ったら戦力になるし。俺も自由に動ける。ヒガシが亡くなった分を補えるとおもって」


 ヒガシは、今回亡くなった子である。


 ササナは彼女の友人だったのだろう。


「イツキさまに言っておく」


「ありがとうございます」


 ササナは頭を下げた。

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