第5話夜の襲撃
●夜の襲撃
黒組は、この里の出身者で編成される。冬以外の季節では、外部の村に雇われて傭兵のような働きをしている。しかし、冬には村に帰ってくる。
村にいる多くの幼子は成長すれば黒組に入るが、チヒロのような怪我人やササナやイツキのように村の運営に欠かせない人間は村に残る。そういう決まりで、今まで村は黒組と共に歩んできた。
朝を迎えると、ササナはスウハに呼ばれた。
ユキが目覚めたらしい。
医務室で、ユキは堅い表彰をしていた。緊張しているらしい面持ちであったが、ササナを見ると笑顔になった。
「ささな!」
ユキは、舌たらずな発音でササナを呼ぶ。
知らない人間ばかりで心細かったのであろう。
「その子はどうしますか?」
ユキの隣にいたスウハは、ササナに尋ねた。
「狼に育てられたとか聞きましたが、ようは一人でいた人間でしょう?これからどうするかは考えているんですか」
スウハの疑問に、ササナはユキを見つめる。
ユキは、首をかしげていた。
おそらくユキ自身が、これからどうするかなんて考えていないだろう。彼は、刹那的にササナを助けただけだ。ササナも刹那的にユキを助けただけだ。
「ユキ、お前はどうしたいんだ?」
ササナは、ユキに尋ねてみた。
「これからの話?」
ユキは、そっとササナの頬に触れる。
そして、目を細めた。何年も自然のなかで育まれた指は荒れていて、鋭く細い。かれども、人間らしい温かさがあった。
「それは、自然と運が決める。運が悪くても、母様のところに行くだけ」
「母様って……狼の」
「そう。ボクは人間の群れで暮らせって言った狼」
ユキは、自分のこれからのことをあまり考えていなかった。自然では、そちらのほうが都合がよかったのだろう。けれども、ここは人里だ。
「俺とこの村でくらすか?おまえは、命の恩人だし」
「うん!」
ユキは力強くうなずいた。
「決まりですか」
スウハ、はため息をつく。
「しばらくと貴方と相部屋で、ここでの暮らしのことを教えてください。動物に育てられたなら、家畜の扱いも向いているでしょうし」
ユキは、ササナと共に暮らすことになった。
それに、少なからずササナはほっとする。命の恩人であるユキの今後は、ササナも気にしていたところであった。
「ササナもここで暮らしているの?ここは、ササナの群れ?」
「そんなところだよ」
ササナは、そう答えた。
「この人は、この群れのリーダー」
ユキは、スウハを見る。
「違う」
スウハは、答える。
「ここの長は、イツキさまだ。お前の手当をした人」
「ん。分かった」
ユキは頷き、ササナの隣に移る。
「よろしく」
ユキは、微笑む。
美貌がほころび、花のようだとササナは思った。
「スウハ」
外で、男がスウハを呼んだ。
障子が開かれるとそこには、黒ずくめの男がいた。シチナシであった。スズに次ぐ黒組の実力者で、彼を支える部下である。寡黙というわけではないのだが、どことなく取っ付きにくいが彼がササナが少しばかり苦手だった。
「……ササナ。話は以上です」
スウハがそういうので、ササナはユキを連れて部屋に帰ろうとした。ササナは年長者であったので、一人部屋をあてがわれている。ユキのような若い年代の人間は、大部屋で大人数で寝るのが普通だ。だが、慣れない人間の中にユキを置いていくのは酷である。仕方がないので、ササナはユキと共に部屋を使うことにした。
「外が騒がしいね」
ユキは、塀を見つめていた。
「大人数が暮らしているから、死人が集まるんだろうけど。でも……すごく近い」
「塀のすぐ近くにいるんだろう」
ユキは、眉間にしわを寄せていた。
納得いかないというふうである。そんな顔をされるとササナも不安になる。なにせ夜には灯りなどなく、一寸先は闇である。頼りになるのは、星明りだけだ。今日は月が隠れた新月であったために、いつもよりも闇は深かった。
「危ない!」
ユキは、ササナの袖を引っ張る。
そして、手ごろな部屋に入った。そこは、チヒロの部屋だった。
「きゃあ!」
だが、上がったのはヒガシの悲鳴である。よく見えなかったが、二人は良い仲であったのだろう。
「おい、何があったんだよ!」
チヒロの文句を、ユキは両手でふさいだ。
「外に死人がいるよ。数は、二人」
「……見えたのか?」
ササナには、暗くて見えなかった。
だが、ユキは頷く。
「うん。門が開いてたみたいだった」
その言葉に、全員の目が見開いた。門が開けられているという言葉は、村に暮らしている住民には衝撃的だったのだ。死人が入り込んでいるといれば、なおさらだ。
「ボクは夜目が効くよ。兄さんたちを呼んで、助けてもらう」
「おい、ちょっと待て」
ササナが止まる前に、ユキの遠吠えが響いた。
その声に反応した死人たちが、チヒロの部屋へと押し入ってくる。ササナは刀を抜こうとしたが、今は携帯していないことに気が付いた。昼間ならば持っていたのに。
「クソ!」
チヒロが、弓矢を撃った。だが、暗がりであったので当たっていないようだった。
「どうして、みえないの?」
ユキが、部屋に乗り込んできた死人に蹴りを喰らわせる。
死人が、部屋の外へと吹き飛んだ。
「つ……腕に響く」
ユキの苦痛の声が響く。
「治療したばっかりだからな。無理するな、とは言えないけど」
ササナも目を凝らすが、死人の気配はするが姿が見えない。このままでは食われる、とササナは冷や汗をかいた。そのとき、狼の遠吠えが聞こえた。
そして、ササナの空気が揺れる。
狼が、ササナの目の前にいる死人に食らいついたのだ。
「いやぁ!!」
だが、悲鳴は後ろから聞こえた。ヒガシの喉元に、死人が噛みついていた。ユキは、東に噛みついていた死人の首を掴んで折る。
「つっ。傷が開いた!」
ユキが、怪我を負った腕をつかむ。
「何があったんだ!」
黒組や村の年長者たちが集まり、皆が死人が入り込んだことに気が付く。
「ユキ、死人は何人いるんだ?」
ササナが尋ねると、ユキは「九人」と答えた。
「門を閉めないと、まだまだ入り込むよ」
ユキの言葉に、ササナは門まで走る。その道中で「狼は味方だ!」と叫んだ。これでユキの兄たちが攻撃されることはないだろう。
「ささな」
ユキは、ササナの後ろについた。腕をかばいながらも、ユキはササナに近づく死人を蹴り倒す。ユキの援護もあり、ササナは門を閉めることができた。
「おい、ヒガシ!ヒガシ!!」
暗闇の混乱の中で、チヒロはヒガシを抱きながら泣いていた。
すでにヒガシの息はなく、死人としてよみがえるのは問題であった。
「ヒガシ……ごめんな。ヒガシ……」
チヒロは泣きながら、ヒガシの首を折った。
それが、死人として復活しないための唯一の手段だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます