第4話村の様子

●村の様子


 ササナは、ユキを背負いながら丸一日歩き通した。


 降り積もる雪に足を取られながらだったが、なんとかササナは自分の村へとたどり着いた。村をぐるりと囲む木製の檻。その檻を見た瞬間に、ササナは安心した。だが、ササナとは逆に狼たちは警戒を露にしていた。


この狼たちは、ササナが森を進む間ずっと周囲を見ていてくれた。死人や他の獣、そういうものが進路に現れればいち早く教えてくれたのだ。彼らがいなければ、森を抜けるのは遅れたことだろう。

 

そんな頼りになる狼たちは、村が見えたとたんに警戒心をあらわにした。人が多い場所にはいきたくないらしい。だが、ユキを一人にするのは心配というふうだった。


「大丈夫だ」


 ササナは、狼たちにそう語った。


 獣が人の言葉を理解することにはなれないが、彼らは――特に雄の狼はササナの言葉を確かに理解しているようだった。ササナであっても声をかけると、反応がある。


「あそこは俺の村で。ユキを助けられる場所だ。ユキの安全は、俺が保障する」


 そこまでいうと、ようやく狼たちは離れた。それでも唸り声は上げたので、完全にササナを信頼しているわけではないらしい。


 村の門には、数人の死人の姿があった。本来ならば馬でつっきりたいところだが、ここに馬はいない。さらにいえば、ユキを背負っているために走ることも難しいだろう。どうするべきか、とササナが悩んでいると二匹の狼たちが走り出した。そして、吠える。


 死人たちの注意が、狼たちにそれた。


 死人は、大昔から地上を跋扈している病の犠牲者だ。病に感染すると自我がなくなり、生きている人間の肉を欲するようになる。死人に噛まれると病に感染し、噛まれた人間も死人になる。死人は、頭を割らない限りは死ぬことはなくなる。


 死人たちは寿命で死ぬこともないから、地上にいつまでもはびこる害悪となっていた。そして、彼らは音に反応する。今だって狼たちの雄たけびに反応し、ササナたちと別行動をし始めた狼を追い始めた。


どうやら狼たちは、ユキのために囮になってくれたらしい。


門の前に死人がいなくなると、ササナは門の前に急いだ。


「おおーい。ササナだ、帰ってきたぞ」


 門の前で大声を出すと、木製の重い門が開かれた。木製の柵に囲まれた村に出入りできるのは、その門だけだった。柵は隙間なく、それも高く建てられているので柵の向こう側の建物はほとんど見えない。見えるのは、見張りようの櫓だけである。


「ササナ無事だったの!」


 門から顔を出したのは、友人のヒガシであった。ササナと同い年の彼女は、ほっとしたような顔でササナを出迎えた。よく日に焼けた褐色の肌は健康そのもので、愛嬌のある大きな瞳を彼女は輝かせる。そして、ヒガシはユキを背負ったままのササナに抱きついた。


「馬だけが帰ってきて心配してたのよ。どこをほっつきまわってたの。ここから出て行った子は見つかったの?」

 

矢継ぎ早に質問してくるヒガシに、ササナは「しー」と呟いた。


「あの子は見つからなかった。俺も色々あって、この子に助けられたんだ。名前は、ユキ」


 ヒガシは、ユキを怪訝そうに見つめた。


 毛皮をまとうユキが怪しく見えたのであろう。ササナもヒガシも着物に袴をはいた姿で生活をしており、毛皮を身にまとって生活している人間など見たことがなかった。


「どこにいたの?」


「森の中。嘘か本当か、狼に育てられたらしい。……俺のことを熊から助けてくれた。でも、傷が深いんだ。イズミさんに見せてやってくれ」


 ササナは、ユキを下ろした。


 ヒガシは、ユキを受け取る。


「……たしかに傷がひどい。イズミさんのところに届けるわ。あなたは、チヒロにお礼を言っておいて。お前がいない間、鶏の世話はチチヒロがやってくれたのよ」


「了解っと」


 ササナは、一息つく。


 そして、懐かしい故郷を見た。正確には、ササナが幼年期に保護された村だ。そこにいるのは、ほとんどが幼いか若い住民たちである。


ササナも幼い頃にこの村に保護されて、以来ずっとここに住んでいる。今回、ササナが外に出た理由も、無断でこの村をでた子供を探すためであった。彼は幼い頃のササナと同じように、村をなくして保護された子供であった。


「おい、ササナ!生きてたのか!!」

 

ササナに声をかけてきたのは、チチヒロだった。


 ササナと同じように、幼年期に村に保護された青年である。さらに、ササナが探していた子供の世話をしていた人物でもあった。ササナよりも少し年上であったが、足を悪くしているので外にはいかずに村の内部で生活をしている。


「なんとかな。だが、あの子は見つからなかった……」


「しょうがないさ。それより、無理を言って悪かったな。馬の扱いは、お前が一番うまいから」


「そっちこそ、家畜の面倒をありがとうな」


 ササナは、普段は家畜の世話をしていた。だが、外に出るにあたってその仕事をチヒロに任せていたのだ。足の悪いチヒロではかちくの部屋は難儀であっただろうが、仲間内でチヒロほど信用のおける人間もいなかった。


「そろそろ黒組が返ってくるぞ」


 チヒロの言葉に、ササナは眼を見開いた。


「今年は、ちょっと遅くないか。もう帰ってくるもんだと思った」


「雪のせいで遅れたんだろう」


 今年は深い、とチヒロは言った。


「おーい、黒組が帰ったぞ!」


 櫓に登っていた見張りが叫んだ。


 その叫び声を聞いた人々は、門の前にたった。


「死因の姿なし!」


 櫓に立っていた見張りが叫び、門が開かれる。そこから入ってきたのは、黒ずくめの一団であった。二十人以上がいる大人の集団に、全員の空気が緊張する。


「ごくろうさまでした」


 黒ずくめの団体に声をかけたのは、白装束の少年であった。十五歳ぐらいの年齢の彼は、澄ました表情で一団を見ていた。他の人間とは違う冷徹な雰囲気を身にまとう少年であった。


「イツキ君は、どうしたのかな?」


 黒ずくめの集団のなかから、一際年かさの男が尋ねる。彼は、黒ずくめの集団通称黒組のリーダー格の人間である。名は、スズ。


「イツキさまは、怪我人を見ています。重傷者がいれば、そちらに。軽症者は、僕が見ます」


 白装束の少年――スウハの言葉は淡々としていた。彼は、村の指導者に後継者と見込まれた子供であった。スウハの事務的な言葉に、スズは静かにうなずく。


「重傷者が、二名ほどいる」


「では、護衛をつけさせてもらいます」


 スウハが俺たち見物人に視線をずらしたので、ササナが手を挙げた。ササナは外にいたので、装備が整っていた。隣にいたチヒロは、わざわざ面倒なことをしなくてもいいのにという顔でササナを見ていた。


 二人の重傷者が、奥にある医務室に運ばれる。


ササナはその近くについた。もしも、重傷者が死んで蘇った場合に備えてである。だが、きっとササナが動く前に重傷者を運んでいる黒ずくめの人間が仲間を殺すであろう。ササナたちは、他の建物から離れて作られた医務室へと向かう。他の建物と同じように気で作られた建物には、ヒガシによって運ばれたであろうユキが寝かされていた。そして、その看病をしている青年。この村の代表者であるイツキである。


「イツキさま。黒組が、帰ってきました」


 ササナが声をかけると、イツキは顔を上げる。


 秀麗な面の青年は、優しげな笑みを浮かべる。


「分かりました。……ササナ」


 にこり、とイツキは微笑む。


 そのほほえみは、安心できるものがあった。


「この子は大丈夫ですよ。今は寝ていますが、起きれば元気になります」


 その報告を聞いて、ササナはほっとする、イツキは、この集落の唯一の医者である。後継者であるスウハも医療を学んでいるが、彼の方が腕は立つ。


「彼らもみましょう。おや?」


 イツキは、一人の腕を見る。


「噛みあとでしょうか?」


 イツキが怪我人の腕をめくり、首をかしげる。緊張が走り、ササナも刀を手に取った。黒組の行動はそれよりも早く、噛み後あとのあった仲間を地面にたたきつけていた。たたきつけられた仲間は意識を取り戻して「違う!噛まれたんじゃない!!」と悲痛な声で叫んだ。


「お待ちなさい!」


 イツキが、叫ぶ。


 その声は、凛としていた。


「死人になる前の人間は殺さない。それが、ここの決まりです。ですが、皆の安全を考えて噛みあとのある人間は地下牢へ。ササナ、頼めますか?」


 イツキの言葉に、ササナは頷いた。


 ササナは両手を黒組に拘束された人間を受け取る。男はぐったりとしており、抵抗をしようとはしなかった。ササナは、彼を医務室から離れたところに作られた地下牢へ連れていく。


「本当は……噛まれたんだ」


 地下牢へ連れていく途中で男は力なく呟いた。


「でも、死人になる前に殺されるのは……恐ろしい」


「気持ちは、分かります」


 ササナは、思わず素直に答えた。ササナには、死人になる前に死にたいという意潔よさを持つことはできない。死は、怖い。


「俺は、弱虫か?」


「俺も、弱虫ですよ」


 死は死だ。


 誰だって、恐ろしい。


 だが、その当たり前のことを素直に表に出せない時代なのだ。


 ササナは、男を地下牢に入れる。なんだか、やりきれない気持ちになった。おそらくは、明日には男は死人となっているであろう。この会話が、男にとっては最後の人との会話になるかもしれない。


「あなたの一生は、楽しかったですか?」


 思わず、ササナはそんなことを訪ねてしまった。


 男はきょとんとしたが、すぐに答えをだした。


「苦しいことだらけだったさ」

 

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