第15話 バイトでGO

あまり人の寄りつかない町のはずれ、レトロと言えば聞こえはいいが、その実は年季が入ったボロボロの建物。使い古された看板には剥げかけたペンキで「古本屋」の文字が赤々と書かれている。




「オッチャン、ボクだよ」


 ボクは古本屋の入り口からひょっこり顔をのぞかせて呼びかける。




「おう、トラか。ちょっと待ってな」




 耳に心地よく残る低音の声が店の奥から響き渡る。のっそりと動き出す巨大な人型のシュルエットが店の奥から近づいてきた。




「トラ、今日は4時間ほど頼むわ」




 そう言ってニカッと笑ったのは、ダンディーな口ひげを生やしたナイスミドルなイケメン。ボクの親戚のオッチャンであり、まあ、一応バイト先の店長である。




 オッチャンは三十代後半まではバリバリ企業で働いていたらしいのだが、この古本屋を経営していたオッチャンの父親が他界した後、会社を辞め、古本屋を受け継いだそうだ。あまり稼ぎは無いようだが、のんびりと生活できてこれはこれで悪くないとオッチャンは言っていた。




「いつも思うけど、この店だったらボクを雇う意味ないんじゃない?」


 だって客はほとんど来ないんだよ?




「まあな、でも俺一人だと暇じゃないか」


「……折角イケメンなんだから嫁探しなよオッチャン」


「お前が嫁にくるか?」


「残念、ボクの嫁は葵ちゃんと決まっているのさ」


「なんだ残念。トラは料理、洗濯、掃除とパーフェクトだから便利なのにな」


「…………オッチャンは嫁をなんだと思ってるのさ?」




 そんな残念な性格だから結婚できないんだよオッチャンは。


 ボクはだらけるオッチャンと雑談をしながら古本の整理をしていく。なんだかんだこのバイトは長いため、作業は滞ることなく進む。




「本当に働き者だなトラは。俺と血が繋がっているのが信じられんぞ」


「まあね、お父さんもお母さんもノンビリしてるからさ、逆にボクがしっかりしなきゃと思ったんだよ」




 いやあ、気が付いたら家事スキルが上がってたよ。お母さんは究極のマイペースで危なっかしいからね。




「よし、これで整理は終わりかな。オッチャン、表の掃き掃除してくるね」


「おー、いってらっさい」




 オッチャンはやる気なく手をぶらぶらとさせる。


 箒と塵取りを持ったボクは店の表に出て掃除を始める。まあ、丁寧にやったところで時給が上がる訳でもないのだが、性格的に掃除はキチンとやらないと気持ち悪い。もともとボロい店なんだから、せめてゴミはなくさなきゃね♪




「ふん~ふふ~ん♪ ふんふん~ふふふ~んっと」


 鼻歌を口ずさみながらボクはゴミを掃いていく。




「あれ、石堂か?」




 背後から聞いたことあるような無いような、特徴のない声がかけられた。振り向いたその先に立っていたのは、モブ顔のクラスメート。




「田淵? やっほ、どうしたのこんな町はずれで」


「いや、俺は家がここらへんだし。石堂は何やってんだ?」


「見てわからない? ここの古本屋でバイトやってるんだよ」


「……ここってバイト雇うほど余裕あるのか?」




 田淵よ、それは思っても言わないであげるのが優しさってものだよ。




「実際ボクを雇ってるわけだし、まあ大丈夫なんじゃない?」


「……まあ、俺が気にする事でもねえな」




 そうそう、この店の経営なんて気にするだけ時間の無駄だよ。




「それはそれとして、折角だから寄って行きなよ田淵」


「古本屋か、まあ漫画くらいなら読むけどよ」


「エロい漫画だね♪ うんうん、やっぱり田淵も男の子か」


「エロとは一言も言ってねえ! なんでそっちに持っていくんだよお前は!」


「男子高校生は基本的にエロい事考えている筈さ!」


「それはそうだけどさ! 今の会話の流れでエロ方向へ持っていくのはおかしいだろ!」




 えー、だって田淵って驚くほど普通だからさ。いじろうとしたら無理やり話を捻じ曲げるしかないんだよね。




「つまり田淵が悪い」


「何がだよ! 今お前の中でどんな問答があったんだよ」


「田淵ってさあ、ちょっとキャラが薄すぎるんだよね。もっと努力しないと」


「余計なお世話だ! それと俺が薄いんじゃねえ、お前が濃いだけだ」




 無駄にツッコミが上手いね。




「なるほど、これから田淵はツッコミキャラとして頑張っていくわけか」


「別にツッコミキャラを狙ってるわけじゃねえよ。……はあ、なんか疲れてきたな」


「そんな時は本でも読んで元気をだしなよ。おや、こんなところに偶然古本屋があるよ田淵、落ち込んでいる君には渡りに船だね♪」


「白々しいにも程があるぜ。まあいいや、ツッコムのも面倒だ」


「ツッコムなんて……卑猥!」


「そういうツッコムじゃねえよ!」


「一名様ご案内♪」


「話聞けよ!」




 ぶつぶつ文句を言う田淵を店の中に案内するボク。………………オッチャンが奥で昼寝をしているのは見なかったことにしようかな。




「ほら田淵、18禁のコーナーはこっちだよ」


「いや、エロ本とか買わねえからな」




 なんだよ親切で言ったのに。




「じゃあバイト歴の長いボクが、おすすめの本を紹介してあげるよ」


「……どうせネタに走るんだろうが、まあ、付き合ってやるよ」




 疑心暗鬼になっている田淵を連れておすすめの本が置いてある棚に案内するボク。




「ほら、ここの本棚に置いてあるのは割とおすすめだよ。こういうの田淵好きでしょ?」




 棚にならんでいる本は、右から


・何かすごい哲学の本


・世界平和について熱く語っている本


・環境科学の本


・政治の本 etc




「こんな本読まねえからな俺! なんで? なんで急に俺を買い被ってるの! さっきまで俺の事馬鹿にしてたよね?」


「え? 田淵ってことあるごとに世界情勢について語ってるよね?」


「いや、誰だよそれ! 少なくとも俺ではねえよ」


「はいはいお買い上げありがとうございまーす」


「勝手にレジに持っていくな! 俺は哲学の本なんか買わねえよ」


「ピッ、五千九百円になります」


「無駄に高けえな!」


「今なら同じものをもう一つ買うとなんと……」


「なんだ、割引してくれんのか? ってか割引されても買わねえし、同じものは二つもいらない……」


「一万千八百円になります」


「普通に二倍じゃねえかよ!」


「別に割引するとは言ってないよ?」


「そうだけども! 今の流れだと安くするだろ普通!」


「常識にしばられては何も見えてこないぞ田淵! どやぁ」


「何そのドヤ顔。別にそのセリフもかっこよくないからな」


「そうだね、どっちかっていうとボクは可愛い系だから」


「ダメだこいつ会話する気がねえ!」




 さて、そろそろ田淵で遊ぶのも飽きたし、普通に接客するか。




「まあ冗談はこれくらいにして、漫画の棚はアッチだよ田淵」


「……何か既に買う気が失せてきたんだが」




 そう言いながらも漫画を選んでいるあたり、コイツも律儀な性格だねえ。




「これと、これ買うわ」


「まいどあり」




 数冊の漫画を買って、田淵は帰って行った。


 いやあ、客がいないと暇だねえ。さっき他の仕事は終らせちゃったし、何もすることがないんだよね。オッチャンは寝てるから話し相手もいないしさ。こんなことなら、あと数十分ほど田淵で遊んでてもよかったかもね。




 バイト中の暇というものは本当に辛い。忙しければ時間はあっという間に過ぎるのだが、やることが無くて暇なときはバイトの時間が異様に長く感じる。




「……オッチャン起こして雑談でもするかな」




 そうと決まれば善は急げだ。店の奥でぐうすか寝ているオッチャンの元へ向かうボク。




「オッチャンオッチャン、仕事中に寝るなよ。ボクが暇じゃないか」




 オッチャンを揺すって声をかける。


「むにゃむにゃ……あと五分三十二秒」




 細けえ! なんだよ三十二秒って!


「オッチャン、起きないと悪戯しちゃうぞ♪」


「ん~……くかぁー」




 これはしょうがないよね? ボクは予告したもんね、悪戯しちゃっても許されるよね、うんきっと大丈夫。




「え~い(はぁと)」




 どすっ!


 ボクの正拳突きがオッチャンの鳩尾に突き刺さる。




「ひでぶっ!?」


 なんという事でしょう、今までぐうすか寝ていたオッチャンが飛び起きたではありませんかぁ(棒読み)




「ゲッホゲホグハァ」


「おはようオッチャン♪」


「おはようじゃねえよ! 殺す気か!?」




 あっは、大げさだなあおっチャンは。死にはしないよ、手加減したしね♪




「甥っ子のおちゃめな悪戯じゃないか、笑って許してよ」


「おちゃめの範疇を超えてんだよ! 寝てる人間の鳩尾に正拳突きって悪戯の領域じゃねえだろ! 明らかに殺意の籠った攻撃ですよねえ!」


「ごめんねテヘリンコ♪」


「可愛いから許す! 嫁に来い」


「……やっといてなんだけど、オッチャンってちょろいね」




 本当にボクの血縁か疑いたくなるレベルだよ。




「オッチャン、客が来なくて暇だからお喋りしようよ」


「客がこないだあ? いつもの事だろ、お前も寝ればいい」




 おいおい、それでいいのか経営者。




「いやいやいや、二人とも寝ちゃったら店番がいなくなるじゃないか」


「むう、それもそうか」




 オッチャンは面倒くさそうに伸びをするとボクに向き直った。




「だが俺は十分に惰眠を貪れて、その結果店が潰れるなら一向に構わない! キリッ」


 無駄にイケメンな表情で言い切るオッチャン。こんな大人にだけは絶対になりたくないと心底思うよ。




「このダメ男が」


 地を這う虫けらを見るような、冷ややかな視線をオッチャンに向ける。




「おいおい、実の叔父に対して何て目をするんだ。興奮するじゃないか」


「ピッピッピ……あ、もしもし警察ですか」


「警察はらめえぇええぇえええ!」




 いや、さっきのは本当に捕まればいいと思ったよ。


「ふう、我が甥ながら恐ろしいやつだぜ。おちおちセクハラもできねえ」


「男にセクハラをしようって時点でオッチャンも大概だよね。まあ、ボクの犯罪的な可愛さなら仕方がないとはいえさ」




 ボクの可愛さは性別の壁を超えるのさ!




「お前くらい可愛ければ男でも一向に構わないぜ! だから嫁に……」


「ピッピッピ……もしもしお母さん?」


「姉貴もらめえぇぇええぇぇ!」


「お母さんがオッチャンに代われってさ」


「…………はい」




 真っ青な顔でスマホを受け取るオッチャン。


 あっは♪ オッチャンはお母さんに頭が上がらないからね。存分に怒ってもらうといいよ!






十分後






「……トラ、姉貴はマジで洒落になんねえって」


 げっそりしたオッチャンがスマホを僕に返す。




「ふふふ、結構怒られたみたいだね♪」


「姉貴は普段おっとりしてるクセに怒ると怖いからな。しかも溺愛してるトラ関係の事だと沸点低くなるし」




 まあ、お母さんは大の可愛いモノ好きだからね。それを差し引いてもあの溺愛っぷりは凄まじいものがあるよ。




「……姉貴に怒られたし今日はやる気出ねえな」


「最初からやる気無かったクセによく言うよね」


「そんな事言うなよ~」




 ぐてーっとだらけるオッチャン。いくら顔が良くてもこれじゃモテそうにないね。




「オッチャンはこの店継ぐ前は別のとこで働いてたんだよね? そんなんでよくクビにならなかったね」


「何気に酷い事言うな。これでも若い頃は真面目に働いてたんだぞ俺は」




 それが事実だとしたら、何があってこんなダメ男になってしまったのやら。




「じゃあ何があってこんなのになっちゃったの?」


「……こんなのって、おい今の俺全否定かよ」




 え? むしろ今のオッチャンに肯定する部分とかありましたっけ?


 オッチャンはぼりぼりと後頭部を掻いてから、面倒くさそうに首を鳴らす。




「トラ、俺はな、物欲がそんなにねえんだ。最低限、生きていけるだけの金があればそれで満足なんだわな」




 そう語るオッチャンの顔は、何かを悟った人間の表情をしていた。




「まあ、俺も最初から自分の事わかってたわけじゃねえからよ。若い頃は金を稼ぐために一生懸命働いてたさ。だがな、途中で気付いちまったんだよ」




 自分には稼いだ金を使う機会がほとんど無いという事に。そして、自分は大金を必要としない人間だと気が付いたという。




「そんな時、親父が他界してな、この古本屋を受け継ぐことになったってわけだ。まあ、俺にとっちゃ渡りに船だったわけだよ」




 語り終えたオッチャンは、店内に設置してある壁掛け時計を見上げる。




「おや、もうこんな時間か。もう今日は終っていいぞトラ、お疲れさん」




 オッチャンに別れを告げ、ボクは店を後にした。


 人生は人それぞれだ。オッチャンみたいに割り切った人生を送っている人なんて、案外少ないのかもしれないが……オッチャンはアレで幸せな人生なのだろう。




「人生……か」




 ボクはどんな人生を歩み、どんな死を迎えるのだろうか? 


 少し、考えさせられるオッチャンの言葉であった。

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