第16話 練習

「どうもボクの告白は葵ちゃんに本気に取られてない気がするんだよね」


「いきなりどうしたんだ石堂?」




 誰もいない放課後の教室、たまたま日直に割り当てられたボクと田淵は教室の掃除をしていた。




「とりあえずボクは葵ちゃんの事が好きで、事あるごとに愛を告白してるんだけど」


「……前提がすげえな、そんな頻度で告白する男子高生なんてほとんどいねえんじゃねえか?」




 そうかな? だって気持ちは言葉にしないと伝わらないよ?




「でもいつも適当にあしらわれてる気がするんだよね、不思議なことに」


「そりゃ、そんな頻繁に告白されちゃあ冗談だと思うんじゃねえの? 真剣さが足りないんだよきっと」


「ボクはいつも真剣なんだけどなあ」


「こればっかりは相手に伝わらないと意味がねえからな」




 さてさて、どうしたものかねえ。ボクは黒板を拭きながら考える。




「やっぱり練習が必要かな」


「練習? 何のだ?」


「もちろん愛の告白のさ! 何事にも練習あるのみだよ」




 ボクの言葉に、田淵は呆れたような表情をする。




「そうか、じゃあ勝手に頑張ってくれ」




 ん、何を言っているんだろうね田淵は。




「もちろん手伝ってくれるんだよね田淵?」


「嫌だ。何で俺がそんな面倒な事をしないといけないんだよ」




 ふっふっふ、甘い男だねえ田淵は、これは君にとっても利のある話なのだよ。




「時に田淵氏、君は田中セレスさんにご執心のようだけど」


「お、おう。それがどうかしたか?」


「君がボクの練習に手伝ってくれるならば、ボクも君の告白の練習を手伝う事もやぶさかではないんだよ?」


「!?」


「さあ、よく考えるんだ田淵。君にとってもこれは利になると思うんだけどねえ(悪い顔)」


「………………わかった。手伝おう」




 ふふふ、物わかりのいい男は好きだよ♪











「さて、仕事も終わった事だしさっそく練習といきますか」


「ってか石堂、別に手伝うのはいいんだけどよ、俺は何をすればいいんだ?」




 そうだねえ、田淵には……




「田淵は女の子役やって! 不本意ながら田淵を葵ちゃんに見立てて告白するから」


「……まあ、それくらいならいいか」


「一応意見とか言ってね、一人じゃあ良い告白が出来てるかわからないから」


「おう、任せときな」




 さて、やりますか。











 柔らかなオレンジ色の夕日の照らす、誰もいない放課後の教室。開いた窓から外の景色を眺める彼女の髪が、風に吹かれてさらさらとなびいた。




「葵ちゃん、急に呼び出してごめんね」




 上気する頬、ドキドキと高鳴る心臓の音がうるさいくらいにボクを急かす。


 彼女は窓から振り返り、ボクと対面する。ゆっくりとその唇が開き……




「おう、どうしたんだ?」


 ……………………。


「このクズが」


「なんで急に罵倒されたんだよ俺は!?」




 自分が罵倒された理由も理解してないなんて、これはもう重罪だよね? 田淵はもう裁かれてしかるべきだと思うよ。




「田淵はさあ、今君が何をやっているのかわかってる?」


「? そりゃあ、東郷の代役だろ?」


「そう、ボクは真剣に練習をしたいんだ。それなのに葵ちゃん役の田淵が男口調ってのは雰囲気ぶち壊しだと思うんだけど」




 全く、空気読んで欲しいよね。葵ちゃんは「おう」とか絶対言わないから!




「まて石堂! まさかお前、俺に女口調で話せと言うのか!?」




 田淵は何を驚いているのだろうか?




「そうだけど?」


「断るに決まってんだろ! ふざけんなよテメ……」


「田淵……ごたごた言ってねえでさっさとやれよ」


「……ハイゴメンナサイ(ガタガタ)」




 うんうん、人間素直が一番だよね♪











 さらさらと風に流れる彼女の髪が、ボクの心を高鳴らせる。




「急に呼び出してごめんね葵ちゃん」


「トラ、どうしたの?」




 今こそこの気持ちを伝える時だ。ボクは高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、そっと口を開く。




「葵ちゃん。ボクは……君の事がずっと前から好きでした。君を、幸せにしたいんだ。ボクと……付き合ってくれませんか?」




 しんと、教室が静寂に包まれる。




「……で、どうだった田淵? これで葵ちゃんはOKしてくれると思う?」


「うーん、悪くはなかったんだけどなあ。なんかありきたり過ぎて、作った感じの告白文って印象があるなあ」




 確かにボクらしくはないよねコレ。そう言われるとダメな気がしてきた。




「そっか、じゃあ次はもっと自然な感じでやってみるね」


「おう。ってか、まだやるのかよ。これ微妙に恥ずかしいんだが」


「我慢してよね。ボクの練習が終わったら、次はボクが女の子役してあげるからさ」











 夕日の差し込む(以下略




「急に呼び出してごめんね葵ちゃん」


「どうしたのトラ?」


「うん、そろそろ本気でボクの気持ちを伝えなきゃって思ってね」


「え?」




 戸惑う葵ちゃんにそっと近づく。




「好きだよ葵ちゃん、冗談なんかじゃない。僕と付き合って欲しいんだ」




 それはボクの心からの想い。幼き頃から抱き続けてきた気持ちは、予想外にするりと口からこぼれ出た。




「……それで、今度はどうだった?」


「いいんじゃねえか? 俺には女子の気持ちなんてわからないけど、さっきよりは自然に受け入れられたような気がするぜ」


「そう、ありがとう。ちょっと自信がついたよ」




 やっぱり他人の意見って大事だよね。




「じゃあ今度は田淵の番かな。ボクがセレスちゃんの役をやってあげるね♪」


「……なんか不安が残るんだが。まあいいか、よろしく頼むぜ」











「セレスさん!」




 学校の授業も終り、家に帰る途中の道で(そういう設定というだけで実際は教室だお♪)、緊張した様子の田淵がボクを呼び止める。




「何かしら先輩(超絶女声)」


「!?」




 ふふふ、ボクの秘儀、精度が高すぎてむしろ引くレベルの女声の前に驚きを隠せないようだねえ田淵くん。




「……ゴホン」




 空咳をして仕切り直しをする田淵。




「セレスさん! 好きです! 俺と付き合って下さい!」




 そう言ってボクに詰め寄ってくる田淵。うえっwwwコイツ無駄に暑苦しいwww


 ガラッ(教室のドアが開く音)




「日直は仕事終わっ…………」




 教室に入ってきたマッチョ


 ボクに好きだと言いながら詰め寄ってくる田淵


 茫然とするマッチョ。 オワタwww




「……あー、先生は何も見てないぞ。うん、ちょっと用事があるから職員室行かないとなー」


「ちょっと、先生! 弁明を、弁明をさせて下さい!」


「大丈夫だ田淵、俺はこういうのに偏見とか持ってないから……うん」


「だから俺の話を聞いて下さいって!」




 こうしてボクたちの告白練習は幕を閉じた。次の日から田淵にホモの疑惑がかけられたのは言うまでもない。


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