第11話 大食い


「オムライス5人前くだちい!」


「ご、5人前・・・・・・で間違いないでしょうか?」


 ファミレスでボクがオムライスを注文すると、バイトのおねーちゃんがどん引きしてた。まあ、一人で来たボクみたいな小柄な学生が5人前なんて注文したらびっくりするよね。


 注文したオムライスをワクワクと待ちながら、ボクは座席でスマホをいじっていた。本来なら横田か田淵あたりと遊びに行こうと思っていたのだが、残念ながら二人とも用事があってつかまらなかった。


 まったく、世界の宝であるボクの誘いを断るなんて、二人ともどうかしてるよね。


 という訳で、唐突に用事の無くなったボクはお腹が空いたのでファミレスにご飯を食べに来たのだった。


 久しぶりにオムライスが食べたくなったんだよ。突然何か食べたくなってたまらなくなること、みんなもあるよね?


「お、お待たせ致しました。オムライス5人前でございます」


 店員さんが注文したオムライスを運んできた。


 ボクはオムライスを運んでくれた店員さんにお礼を言うと、目の前にずらりと並んだ5人前のオムライスを眺めてペロリと舌なめずりをする。


「いっただきまーす!」


 お腹はぺこぺこだ。


 ふわふわ半熟の卵にそっとスプーンを沈め、中に閉じ込められたケチャップライスと供にすくい上げる。


 ふわりと鼻孔をくすぐるスパイシーな香り。口に放り込むと想像したとおり、予想を裏切らないオムライスの味が口内に広がった。


「うーん、おいしい!」


 一口食べ出すともう止まらない。次から次へとスプーンを口に運ぶ。


 基本的に大食いなボクだけど、別にグルメってわけでも無い。どんなものでもおいしく食べられるし、ファミレスくらいのクオリティがあれば、食べたときの満足度は高級料理とそう変わらないと考えている。(むしろ量が食べられない高級料理は苦手だったりする)


 パクパクとオムライスを夢中で食べ続けるボク。ふと何かの気配を感じて視線を上げると、何やらこちらを見ている大男の姿が・・・・・・。


「ゲ・・・マッチョ。なんでここに」


 男の正体は蓮田力也。ボクのクラスの担任で、極限まで鍛え上げられた肉体が非常に暑苦しい体育教師だ。


「誰がマッチョだ誰が。蓮田先生と呼べ石堂」


 そう言いながら向かい合わせの席にどっかりと座りこむマッチョ。一気に場の空気が暑苦しくなった気がする。正直近寄らないで欲しい。


「相席NGです。帰って下さい蓮田先生」


 思いっきり顔をしかめてそう言うボクに、マッチョは涼しい顔で言い返してきた。


「ウチの高校は帰り道での寄り道を禁止している・・・まあ、守っているヤツはあまりいないし、俺もそんな小さな事でごちゃごちゃ言う気は無いが、こんな目の前で堂々と違反されてちゃあな。まあ、見逃してやるから大人しく相席を受け入れろ」


 ボクは無言で思い切り顔をしかめたが、規則の違反について言及されてはぐうの音も出ない。この場で説経されないだけラッキーだと思うべきか。


 マッチョはメニューも見ずに店員を呼ぶと、ハンバーグのセットを注文した。ボクはそれを無視してオムライスを無心で食べ続ける。


 そんなボクの様子を見て、マッチョがポツリと呟いた。


「相変わらずよく喰うな石堂。運動部の巨漢でもそこまでは喰わないぞ?」


「まあ、育ち盛りだからね。健全な男子高校生としてはこれくらいの食事が必要なのさ」


 適当な事をぶっこくボクに、マッチョは意味ありげな視線でテーブルに並んだオムライス達を眺め、そして視線をボクの体に移す。


「体を大きくするために大量に食べる、基本中の基本だ。しかしお前のそれは少々やり過ぎだ。体に見合わない大食いは体に毒だ」


「・・・・・・何が言いたいのかな? 蓮田先生」


「お前が何故空手をやめたのかは知っているという事だ。これでも担任だぞ?」


「・・・・・・へえ」


 飯が不味くなる話になりそうだ。


「体をデカくしたいなら適切な方法というものがある。むやみやたらに喰っても毒にしかならん」


「何のことかな? ボクは食べるのが好きだから食べてるのさ」


「ふん・・・・・・まあ、そういう事にしておいてやる」


 マッチョが注文したハンバーグ定食が運ばれてきた。


 ハンバーグを食べながら会話を続けるマッチョ。


「小柄ながらも世界を取った空手家もいる。そも、武術とは非力な女子供でも巨漢に対抗できるように作られた技術の集合体・・・自身の体格を言い訳にするな」


 その言葉に、オムライスを口に運んでいた手がピタリと止まる。そしてボクは目の前の体育教師の姿を上から下までゆっくりと眺めた。


 服の上からでも分かる隆起した筋肉、恵まれた骨格、高い身長・・・・・・。


「・・・・・・へえ、アンタがそんな事言うんだ」


 非力な女子供でも巨漢に対抗できる技術。確かにそうだろう。しかし、その巨漢が武術を学んでいたらどうだ? 


 同じ条件ならその理屈は通じない。同等の技量を持つモノなら体格の良い方が勝つ・・・・・・子供でもわかる当たり前の理屈だ。


「事実だ・・・・・・まあ、別に空手をまた始めるべきだとか、そういう説経をする気はない・・・が、好きだったんだろ? 空手」


 ボクが何も言えないままでいると、ハンバーグ定食を食べ終えたマッチョが、伝票を持って立ち上がった。


「ここは俺が奢ってやる。邪魔したな」


 立ち去るマッチョの背中を見ながら、ボクはポツリと呟いた。


「・・・・・・やっぱりご飯が不味くなる話だったね」



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