第10話 漢字
「凸と凹って漢字あるじゃん、あれって適当すぎると思わない?」
とある放課後、暇だったボクは写真部の部室に押しかけて横田と雑談をしていた。いつもの事ながら写真部の部室には横田以外誰も来ていない。
「ああそうだな、初めてその漢字を見た時は作った人の正気を疑ったぜ。いくらなんでも手を抜きすぎだろう」
「だよね! 明らかに漢字じゃなくて記号だよこれは!」
そしてボクは、何故か部室に存在するボロボロの黒板に凸と凹の漢字を書く。
「うーん、しかし改めて見るとこの漢字、そこはかとなくエロいね」
「……トラ、それは思っていても言ってはダメだろ」
「えー、だってこの漢字はモロじゃん。凸で凹だよ? この二つは明らかに狙ってるとしか思えないって」
「確かにな、そういえば漢字って、この二つに限らずエロいもの多くないか?」
そう言って横田はボクからチョークを受け取ると、黒板に新たな漢字を書く。
「例えばこの『嬲』とかヤバいよな」
「そうだね、ボクはこの漢字を見てたらムラムラしてくるよ」
「……いや、そこまではねえけどさ。この直接的な表現はヤバいよな。だって男に女がはさまれてるんだぜ? 妄想が止まらねえよ」
いやあ、暇って怖いね。こんな話題で盛り上がれるんだからさ。
「エロい漢字っていえば、こんなのもあるよね」
そしてボクが黒板に書いた漢字は……
『腋』
「トラ……お前天才か?」
「ふっ、ボクを崇め奉るといいよ」
横田ならわかってくれると思っていたよ。
「いやあエロいな」
「エロいねこれは」
「マニアックなエロさだよな」
「背徳的な感じがするよね、なんとなく」
もうエロエロ言い過ぎて若干ゲシュタルト崩壊しそうだよ。
「しかし『凸凹』・『嬲』・『腋』か、なんかエロい漢字って日常的に使わないものが多い気がするな」
果たしてそうかな?
「ふふ、甘いね横田。普段ボクらが何気なく使っている漢字も十分にエロいよ」
「いやいや流石にそれはねえって」
ふふふ、カルピスの原液より甘い男だね横田。そんなんだからいつまでたってもモブキャラなのだよ!
「見るがいい! 常用漢字の秘めたる実力を!」
ボクは無駄にカッコイイポーズをとった後、黒板にチョークを走らせる。
「なん……だと」
横田はあり得ないものを見たかのように目を見開いた。黒板に書かれたその字は……
『種』
「エロい! なんだこのエロスは!」
「ふはは! 見たか横田! 普段何気なく使っている漢字でも見方を変えるだけでこんなにもエロスに変身するのだよぉ!」
「ああ、恐れ入ったぜ。本来全くエロい要素が無い筈の『種』がここまでエロく見えるとはな、常用漢字も馬鹿に出来ねえな」
この普段使っている分には何も感じないけど、見方を変えるとエロいというギャップ。まさにこれがギャップ萌えだね!
「何かおもしろいなこれ、他にもこんな漢字を探してみようぜトラ!」
「よし来た! じゃあボクは漢字辞典を教室から持ってくるよ。ちょっと待ってて」
◇
「しかし探したら色々とあるもんだな、エロい漢字って」
「そうだね、ってかそういう目線で探したらみんなエロく感じてくるよ」
もう男子高校生って頭おかしいよね。え? ボクたちだけだって? いやいやそんなわけないって。ボクらは極めて一般的な男子高校生ですよ?
「普通に発表してもおもしろく無いから対戦形式にしようぜトラ」
「オッケイ、つまり一文字づつ発表し合ってどっちがエロいかで勝負って事だね」
「ふっ、察しがいいなトラ」
なんだかんだ横田との付き合いも長いからね、お互いのノリはよくわかっているのだよ。
「じゃあまずは俺のターン!」
横田が勢いよく黒板に文字を書く。
『蜜』
「どうだトラ! 俺の勝ちだろう!」
自信満々に言う横田だが、しかし……
「この雑魚めが」
ボクは思いっきり蔑んだ目で横田を見てやった。全く、少し期待していたボクが馬鹿だったようだね。こんな低レベルなものを見せられるとは思っていなかったよ。
「なんだと! この漢字のどこが悪いってんだ」
そんなこともわからないのか。悲しいね。
「意外性が無いんだよ横田。その漢字は普通に使っている分にもエロいじゃないか。そんなもの初歩の初歩だね」
「……くっ、ならばお前は何を選んだんだトラ」
ふふふ、見せてやろう! これが実力の差というものだよ!
ボクはラスボスの風格を漂わせながら黒板に漢字を書きこむ。
『口』
「ぐはぁ!」
ボクの書いた漢字のあまりの攻撃力に大ダメージを受ける横田。
「バ、馬鹿な! こんな……こんなことが許されるのか?」
「そんな事を言っているからお前は雑魚なんだよ! さあ、固定観念を捨てて眺めるんだこの漢字を! エロいだろう! いっさいエロい意味など存在していないのにエロくてしょうがないだろう!」
「はっ、エロの要素が薄いからこそ見る者によって生まれる無限の妄想、止まらないエロス……そういう事かトラ」
「そう、直接的ではないからこそ無限の可能性があるのさぁ!」
「くっ、見事だトラ。だが俺はまだ負けては……」
ならば貴様の心が折れるまで追撃をしかけるのみよ!
『谷』
「くっ、まさかこんな漢字にまでエロスが隠れているなんて」
『山』
「小学一年で習うレベルの漢字がエロいだと! 小学校の漢字の授業が卑猥に見えてしまうじゃないか!」
『毛』
「くそ……まだ俺は……」
『肉』
「………………バタッ」
ふっ、無益な争いだったな。っていうかエロい漢字を探していると、どんな漢字もエロく見えてきて困るね。
「……あの、……何やってるんですか先輩方」
横田と馬鹿をやっていると後ろから今にも消えそうな声が聞こえてきた。
「ん? 菅野じゃねえか珍しいな」
「あ、菅野くんやっほ♪ 久しぶりだねえ」
振り返ると、そこに居たのは写真部の貴重な部員の一人、菅野くんが佇んでいた。
「何やってるかって、そりゃあ……」
ボクは横田と顔を見合わせる。
「何をやっていたのボクたち?」
「……いや、説明のしようがねえな」
馬鹿やってたとしか言いようがない件についてwww
「……まあ、……楽しそうで何よりです」
菅野くんは良い子だねえ。よし、ボクがいいこいいこしてあげよう(はあと)
「……なんで……頭をなでるんですか?」
「んー? そりゃあ菅野くんが可愛いからさ」
なんだろうね、特に顔が良いわけでもないのに、菅野くんはどことなく可愛いんだよね。性格かな? しゃべり方だろうか?
「可愛いって……、トラまさかお前、菅野を狙っているんじゃ……」
あっは♪ 何言ってんだろうねこのモブ男は。
「後輩として可愛いって意味だよ。ボクをどういう風に思ってるんだいモブ田くん」
「誰がモブ顔だ! いや、お前って男もイケるって聞いたからさ」
失敬なモブ男だな!
「確かにイケメンなら男でもオーケーだけどさ、別に誰でもいいわけじゃないんだよ? ほら、可愛い女の子がイコールで好きな女の子なわけじゃないでしょ?」
「あー、言われてみたらそうだな。すまん、なんか偏見でものを言ってた」
そういうとこ素直に謝れるのが横田の良い所だよね。
「まあボクはイケメンとか美女イコールで好きな人なんだけどね♪」
「テメエ、俺の反省を返しやがれコラ」
「テヘペロ♪」
「その表情いただきぃ!」
シャッターをきりまくる横田。いや、どんな時でもブレないねこの男は。
「……仲が良いですね先輩方」
「んー、そうだね。改めて言われるとちょっと恥ずかしいけど」
「しかし菅野、今日はどうして部室に来たんだ? 何か忘れ物か?」
部員に向かってその質問はどうかと思うのだが、まあ写真部は普段誰も来ないので、この質問もしょうがないかもしれない。
「……今日は……幼馴染が学校休み……なんで」
「なるほど、いつもは可愛い幼馴染といちゃつくのに忙しくて部室なんて行かないが、幼馴染が学校休んで暇になったから部室に来た……と。よし、ぶん殴ってやるからそこに直りなこのリア充が」
ヤヴァイwww 横田の目がマジでござるwww
「ちょっ、横田どんだけ僻んでるの」
「うっせえトラ! こいつ、可愛い幼馴染に弁当作ってもらったり一緒に登下校してんだぞ!」
「確かにむかつくけど、それほどキレなくても……」
「その幼馴染が死ぬほど可愛いんだよ! そうじゃなかったら俺もこんなに理不尽にキレないわ!」
まさかそんなに可愛いわけ……
スッ(菅野くんがスマホで幼馴染の写真を見せる音)
「菅野く~ん、ちょっとボクとO・HA・NA・SHI しようか♪」
ちょっとこれは恋人のいない男子高校生としては許しておけないレベルだよ。なんだあの可愛い女子は! 羨ましすぎる!
「ちっ、なんで俺には可愛い幼馴染がいねえのかな」
「ドンマイ横田。まあ、ボクには葵ちゃんという最高に可愛い幼馴染がいるんだけどね」
「……東郷か、確かにあいつは美人だが……可愛いってのはどうなんだ?」
「チッチッチ、わかってないなあ横田は。一見クールに見える葵ちゃんだけど、意外と可愛いモノ好きの乙女なんだよ♪」
葵ちゃんはモフモフしてるぬいぐるみとか大好きだしね。
「へえ、意外だな。ってかいつもトラと東郷見てて思うんだが、お前らはそれぞれの特徴を逆にした方が理想の男女像になるよな」
ん? つまり……ボクの身長が高くて目つきが鋭く凛々しい顔立ち……うん、イケメンだねえ。
「確かにそうだね。まあボクも男子だし、高身長だったり男らしさに憧れはあるんだけどねえ」
牛乳飲んだりとかしても身長が伸びないのですよ。
「いつも自分の容姿自慢してる割には、その容姿がコンプレックスだったりすんの?」
「んー、どうだろうね。ボクは自分の顔が大好きだけど……案外、同時にコンプレックスだったりするのかもね」
自分の事なんて自分が一番わからない。
「あれ、もうこんな時間か。そろそろボクは帰るよ」
「おお、お疲れ」
「……お疲れ……様です」
「じゃあね二人とも♪」
そしてボクは家路についた。オレンジ色の夕焼けが、やけに眩しく見える。
「……また牛乳、飲んでみようかな」
高校生は悩み多き年頃なのである。
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