第7話 ドキドキショッピング
「そうだ、エロ本を買いに行こう」
とある日曜日、ボクは自分の部屋で独り言を呟く。最近はパソコンでエロ動画も見れる為に、わざわざ母親に見つかる危険性のあるエロ本を利用する男子高校生は少ないのではないだろうか。まあ知らんけど。
しかし、ボクはエロ本を愛用している。何故かって? まずボクは手に持てるエロ本には一種の風情があると考えている。確かにパソコンで済ましてしまえば楽だろう。しかしそれでは風情が無いではないか。ドキドキしながらエロ本を買いに行くまでの過程も重要だと思うし、親にばれない様に思考を巡らせるのもまた高校生の内でしか体験できない事だ。
まあ、他にもワザと見つかるように配置して、家に来た葵ちゃんに偶然を装ったセクハラをするとか、可愛い店員さんのレジに大量のエロ本を持って行ってセクハラするとかいった目的もあるんですけどね。
「よし、そうと決まったらさっそく出かけるとするか」
「可愛い娘のを買ってくるのよトラちゃん」
「うん待って! とりあえずお母さんは何でボクの部屋に居るのか説明してくれる」
……お母さんいつの間に?
「あら、ちゃんとノックしたわよ? でもトラちゃんたらエロ本について考えるのに必死でお母さんに気づかないんだもの。お母さん悲しいわ」
およよと泣き真似をしながら目にハンカチをあてるお母さん。
いや、泣きたいのはボクの方なんですけどね!
「……お母さんさ、息子のこういう所は見て見ぬふりしてくれない? ボクはあんまりバレても気にしない方だけど、一応恥ずかしいんだよ?」
「あらあら、ごめんなさいねトラちゃん。お母さん気を付けるわ」
申し訳なさそうな顔をするお母さん。ボクは大きなため息をついた。
「じゃ、そういう訳でボクは出かけてくるからね」
「は~い。気を付けてねトラちゃん、帰ったら買ってきた本一緒に見ましょうね」
「いや、一緒に見ないからね! ってかそういう本に興味あるのお母さん?」
「お母さんだって年頃の女の子なのよ?」
「いやいやいや! 年頃の女の子な時期はとうの昔に過ぎてるから! ていうか、ボクがさっきお願いした事を完全無視してるよね!」
「あら~そうだったわね、ごめんなさい」
出かける前から精神的ダメージが半端ないんだけど。
「じゃ、じゃあ言ってくるよ」
「いってらっしゃいトラちゃん。愛してるわ~」
猛烈な投げキッスをしながら見送るお母さん。
はあ、なんか頭が痛くなってくる。そして僕は近所の本屋に向かうのであった。
◇
ボクは気のいいオッチャンが店長をやっている、個人営業の小さな本屋をよく利用している。当然今日もそこで買い物をしようと思いやってきたのだが……
「えー、臨時休業ってなんだよオッチャン」
店の入り口には臨時休業の張り紙。全く、折角ここまで来たのに無駄足じゃないか。
「ふう、しょうがない別の本屋に行こうかな」
確か少し離れた場所にジュン○堂があった筈だ。普段は全く行くことがないが、この機会に行ってみるのもいいだろう。
ボクは移動を開始する。確かバスに乗っていけばすぐ着く筈だ。しかし、エロ本を買うのにここまで手間取るとは思ってもいなかった。面倒くさいから帰ってもよかったのだが、ここまでくると意地がでてくる。ボクは、なんとしてでも至高のエロ本を手に入れる!
最寄りのバス停でバスをのんびりと待つ。しかし良い天気だ、こんな快晴の日には何かいい事が起こりそうな気がする。
「あれ? トラか、奇遇ね」
キター!
「流石葵ちゃん! 空気を読んだ登場ありがとうございます!」
「……意味がわからないんだけど。ってか異様にテンション高いわねトラ」
いやはや、休日にまで葵ちゃんと会えるとは今日はツいてる。
「休日に葵ちゃんと会えたからね! ただ今ボクのテンションは急上昇中さ!」
「そう、それは良かったわね」
うっわー、リアクションが薄い。
「葵ちゃんもバス待ってるの?」
「そうよ、本を買おうと思ってね」
おや?
「もしかしてジュン○堂?」
「ええ、そうよ。品揃えがいいもの」
よっしゃぁ! これは葵ちゃんとラブラブデートフラグぅ!
いや、落ち着くんだボク。ここで下手な発言をすると葵ちゃんに引かれてしまう可能性がある。ここはあくまで紳士的に。
「そうなんだ、実はボクもジュン○堂に行く所なんだよ。奇遇だねえ。キラッ」
流石ボク、さわやか系イケメンな対応で葵ちゃんのハートをゲッチュだぜ。
「へえ、そうなの。じゃあ一緒に行きましょうか」
しゃあぁ!
「あ、バスが来たみたいだよ葵ちゃん」
テンション上昇中の心中は表に出さずに、葵ちゃんを紳士的にエスコートするボク(イケメン)。これは好感度上昇間違いなしだね。
バスに乗り込むボクと葵ちゃん。そういえば葵ちゃんと二人きりで出かけるのはずいぶんと久しぶりだ。小さなころはよく一緒に遊んでいたのにな、大きくなってからはそういう事もずいぶんと減った。葵ちゃんの事は女性として好きだが、それを抜きにしても彼女はボクの親友である、単純に一緒に遊ぶ機会が減った事実は寂しい。
「こうやって二人で出かけるのは久しぶりだねえ」
「そうね、最近は私も部活が忙しいから」
まあ葵ちゃんは空手部部長だからね、帰宅部のボクとは時間が合わない事が多いのだよ。
「偉いね葵ちゃんは、部長なんてボクには荷が重いよ」
ボクがヘラヘラ笑いながら言うと、何故か葵ちゃんは複雑な表情を浮かべる。
「そんなことないわ、私が尊敬する人はもっと強かったし皆の憧れのリーダーだった。私はその人の真似をしていたらいつの間にかこうなっていただけよ」
憧れの……人?
「へえ、初耳だな。ちなみにその人ってボクの知ってる人?」
質問すると、葵ちゃんはどこか拗ねたような顔で答える。
「トラには教えてあげない」
「えー、そりゃないよ葵ちゃん。気になっちゃうじゃないか」
「ふん、自分で考えなさいよ」
あーあ、そっぽ向いちゃった。ていうか自分で考えろと言う事はボクの知ってる人?うーむ、分からぬ。
「次降りるわよトラ」
ボクが考えこんでいると、いつの間にか目的地まで着いたようだ。ボクは葵ちゃんにつれられて外に出ると、ぐっと伸びをする。
考えていても仕方がない。いつか葵ちゃんが話してくれるまで待つとするか。
「さて、葵ちゃんは何の本を買うの?」
「ん、私? 私は数学の参考書と今月出るライトノベルの新刊を買うわ」
「へー、葵ちゃんはラノベ好きだもんね」
「まあね、別に純文学的な本も嫌いじゃないけど、ラノベは手軽に読めるから」
雑談をしながらボクと葵ちゃんはバス停からジュン○堂まで歩いて行く。バス停から目的地までの距離はそんなに無く、ボクたちはすぐにたどり着いた。
「着いたね、じゃあ此処からは別行動にしようか」
「そうね、ところでトラはどんな本買うの?」
「エロ本さ!」
「……へえ」
やばい、葵ちゃんの視線が驚くほど冷たくなってやがる。もう、ボクったら正直者なんだから気をつけないと。
「ま、まあいいじゃないかボクの買うものなんて」
「ふう、そうね。アンタに関しては今さらだものね」
「そうそう、気にしない気にしない。そうだ葵ちゃん、折角ここまで来たんだし、買い物が終わったら一緒にお昼でも食べない?」
「んーそうね、久々の遠出だしいいわよ」
「やった! じゃあ一時間後にここに集合ということで」
お昼の約束をしてからボクたちは解散した。
さて、ブツを探すとしましょうかね! ボクは張り切ってエロ本の探求へ出かけるのであった。
エロ本コーナーに行くと、何やらにやけながらエロ本を物色しているガタイの良い男の先客が一人。
「……ふう、なんでお前もここに居るのさ横田」
「なんでって、エロ本を買いに来ただけだが?」
その人物は横田であった。
「帰れ横田! ハウス!」
「そう邪険にするなよ、別に邪魔なんかしねえって」
「そういう問題じゃなくてだね、ブツを選んでいる時には近くに知り合いは居て欲しくないんだよボクは」
なんてったって繊細な少年ですからね!
「知ったこっちゃねえよ。今日はお前に何を言われようとエロ本を買ってやる」
むう、横田のクセに生意気だ。まあいいか、横田を無視してエロ本を選んでやろう。
「さてさて、葵ちゃんに似てる娘はいるかなっと」
ふむふむ、うーん。やっぱ身長が高くて目つきがキツイ娘が載ってる本はなかなか無いものだね。
「ちょっと待てトラ、お前エロ本の内容まで東郷っぽい娘を選んでんのか」
「え、そうだけど? ほら、ボクって葵ちゃんの事大好きだし」
「いやいや、なんかこういうのって好きな娘と同じタイプのを買ったら罪悪感覚えないの?」
あー、なんとなく横田が言わんとする事はわかった。
「確かにそういう人も多いみたいだけど、ボクはとくにそういう事で罪悪感は感じないよ。だから何の問題もないさ」
しかし探しても無いなあ。しょうがない、今回は別のやつを買うとするか。ボクは切り替えは早い方だしね。
「横田はどういうの買おうとしてるの?」
「お前さっきは俺を邪魔だとか言ってなかった? まあいいけど、俺か? 俺はこういうのを買おうと思ってるぜ」
横田の手にはものすごい巨乳のお姉さんが載っているエロ本が。
「ふーん、横田はオパイスキーなのか」
「ああ、おっぱいは男のロマンだからな!」
声がでかいって横田。周りの人たちが注目してるじゃん!
「声がでかいよアホ」
「すまん、無駄にテンションがあがってしまった」
素直に謝る横田。まったく、ボクまで恥ずかしかったじゃないか。
「トラは巨乳とか好きじゃないのか?」
「ボク? ボクは特に好きでもないかな。理想はB」
「へえ、そういうもんかお前にも一応こだわりとかあるんだな。美人ならなんでもいいのかと思ってたぜ」
「別に理想がBなだけで巨乳が嫌いな訳ではないよ。大きいなら大きいで好きだしね」
いやあ、やはりこういう場所だと会話も下種になってしまうね。少し反省しないと。ボクは適当な本を選び、横田に声をかけた。
「ボクはもう行くから。じゃあね横田」
「おう、また学校で」
こういう時に無駄にからんでこないのが横田のいいところだよね。せっかくだから遊びに行こうとか言い出したら断るの面倒くさいし。
ボクはエロ本を購入すると腕時計で時刻を確認する。集合時間にはまだ少し早いけど……まあいいか、葵ちゃんを待つ時間もまた乙なものだしね。
のんびりと集合場所に行くと、何故かすでに葵ちゃんが待っていた。
「あれ? ずいぶんと早いね葵ちゃん。もしかして待たせちゃったかな」
「別に待ってないわ。私が勝手に早く来ただけだから気にしないで」
そういえば葵ちゃんは女子にしては買い物がめちゃくちゃ早い。目当ての本をさっさと買い終えてここで待っていたのだろう。
「お昼は何が食べたい? 待たせたお詫びに何か奢るよ」
普通の女の子だったらこんな事言うと遠慮しそうだが、ボクと葵ちゃんの関係はもうそんな遠慮など存在しない。まあ、腐っても幼稚園の頃からの幼馴染だしね。
「そう? じゃあありがたく奢られるわ。ラーメンでも食べに行きましょうか」
「オーケー、ラーメンだね」
確かこの近くに美味いラーメン屋があった筈、うろ覚えの記憶を頼りにボクと葵ちゃんはラーメン屋に向かった。
◇
「ふう、ごちそうさま」
ボクの前には空になったどんぶりが山のように積み重なっている。
「相変わらずアホみたいに食べるわね、よくお金が足りるものだわ」
呆れたように葵ちゃんが言う。
「まあ、バイトもやってるし多少はね。それでも外食は控えてるけど」
外食すると凄い勢いでお金が無くなるからね。
「さて、お昼も食べたしそろそろ帰るわよ」
「えー、折角のデートなのにもう終わっちゃうの」
「で、デートじゃないわよ!」
赤面する葵ちゃんが可愛すぎて辛い。
「ほら、馬鹿言ってないでさっさと帰るわよ!」
未だ赤い顔を隠すように立ち上がる葵ちゃん。照れ隠しなのかいつもより語気が荒い。
「はいはい、じゃあ帰ろうか」
本当はもう少し葵ちゃんと一緒に遊びたかったんだけど、まあしょうがないよね。きっと葵ちゃんも世界で一番可愛いボクの事が大好きで仕方ないけど、ツンデレだからデートとか照れくさいんだろう。
帰りのバスに乗り込むボクたち、バスの心地よい振動に揺られながらボクは軽く目を閉じる。今日は少し疲れたみたいだ。ボクはゆっくりと夢の世界に引きずられていく。まあ、目的のバス停に着いたら葵ちゃんが起こしてくれるだろう。
◇
夢を見ていた。
それは幼き頃の懐かしい記憶。
幼きボクは空手が大好きだった。誰よりも強くなりたかったボクは、道場に通う誰よりも長く練習をした。
練習は苦ではない。頑張った分だけ上達する事は誇らしかった。
ボクは中学生になる。ボクと同じくらいの身長だった同級生たちは成長期に入り、どんどん身長が伸びてゆく。
いつからか、どんなに練習の時間を長くしても負ける回数が多くなってきた。
突き出した拳の数センチが届かない。
周りからの期待が重くなってきた。どんなに努力をしても、身長が低いという弱点は空手家にとって致命的だった。
伸びない身長、つかない筋肉。
―――そしてボクは、空手をやめた。
「空手、なんで辞めちゃうの?」
泣きそうな顔でボクに問いかける葵ちゃん。既にその身長はボクの背丈を大きく超えている事に気が付く。
ボクは大きな葵ちゃんを眩しげに見上げ、悲しい笑顔で一言。
「葵ちゃんにはわからないよ」
◇
「……ラ、……トラ、起きてトラ」
ボクを呼ぶ聞きなれた声で目を覚ます。目の前にはボクの大好きな葵ちゃんの姿があった。
「……おはよう葵ちゃん、今日もいろいろ可愛いね」
「バカ言ってないでさっさと起きて、次のバス停で降りるわよ」
少しずつ覚醒していく意識の中、ボクはさっき見ていた夢に思いをはせる。
ずいぶんと懐かしい夢を見てしまった。そう、ボクは結局周囲の人から寄せられる期待に耐えられなくて逃げた。それは言い訳しようもない事実だ。
そっと隣の葵ちゃんを見る。きりりとした横顔が今日も綺麗だった。
葵ちゃんは今でも空手を続けている。ボクには出来なかった事だ。それは素直にすごい事だと思うし尊敬もしている。
「着いたわね。行くわよトラ」
「そうだね葵ちゃん」
葵ちゃん、今のボクはあの頃の残りカスでしかないかもしれない。だけどね、君が好きという気持ちだけは、あの頃のボクにも負けるつもりは無いんだよ?
たぶん、ただそれだけがボクの誇れるモノだと思うから……。
「好きだよ葵ちゃん」
「何よ唐突に、気持ち悪いわね」
伝わらなくてもいい。それでもボクは君を好きでい続ける。
◇
「ただいま~」
我が家の玄関を開けると、満面の笑みを浮かべたお母さんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいトラちゃん。お風呂にする? ご飯にする? それともワ・タ・シ?」
「……じゃあお風呂入るよお母さん」
疲れていたボクは、お母さんの小ボケをスルーして家の中に入った。
「もう、トラちゃんたらノリが悪いんだから」
可愛らしく頬を膨らませるお母さん。
「じゃあトラちゃん、お風呂終わったらお母さんに今日の戦利品見せてね♪」
「……」
外より家の中の方が疲れる気がするよ。
こうしてボクの休日は過ぎて行った。
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