第6話 横田の日常

レンズ越しに見える陸上部の練習風景。俺は最高に青春しているそいつらの姿を追いかけ、静かにシャッターをきった。




「運動部の練習風景って絵になるよな、素晴らしい」




 何かに一生懸命になっている瞬間、人間ってのは最高に輝いているもんだ。俺はその瞬間を逃さずにカメラに収める。そう、俺は写真部の部長なのだから。




「いや~、今日も撮ってるねえ横田。相変わらず写真に関してはマメなのな」




 背後から聞きなれた声がした。


「当たり前だろ? 俺の情熱のほとんどはコイツに費やしてるんだからな」




 振り向いたその先には親友の姿。石堂虎丸、俺はトラと呼んでいる。パッと見可憐な美少女だが、コイツは男子だ。




「あっは、セリフそのものはカッコイイのに横田が言うと気持ち悪いのはなんでだろうね?」


「……いつも思うがお前は一度俺を貶めないと満足しない種類の人間なのか?」


「あはは♪ 怒んない怒んない、ボクの冗談は愛故だよ横田。ラブ(はぁと)」




 そう言って可愛らしくウインクをするトラ。男子のクセに微塵も違和感が無いどころか、そのへんのアイドルより可愛いのじゃないだろうか。




「その姿、もらったぁ!」




 とりあえず手持ちのカメラでトラの姿を激写する。トラは気の許せる友人であると同時に、究極の被写体でもある貴重な存在だ。




 激写されているトラも、カメラで撮られることが満更でもないのか、時折ポーズなどをとってノリノリで撮影されている。




「さて、撮影の協力に感謝するぜトラ」


「別にいいよ。ボクは写真とられるの好きだしね♪ ボクの可愛さを保存できるなんて写真は本当に素晴らしいものだよ」




 写真が素晴らしい事には同意するが、コイツの自己愛は行き過ぎていてたまに引いてしまいそうになる。




「あ、そうだ横田。これからスタバ行くんだけど一緒にどう?」


「あー、行きたい所だけど部活あるからパスだわ。今度また誘ってくれ」


「へえ、写真部が活動するなんて珍しいね。雪でも降るんじゃないの?」




 トラがからかうように、残念ながら我らが写真部は幽霊部員がほとんどを占めているために、活動らしい活動ができていない。まあ、部が存続できているから幽霊部員でもありがたいっちゃありがたいんだがな。




「今日は月に一回ある部会の日だからな。……まあ参加者はほとんどいないだろうが」




 一応、月一で部会をやっているんだが参加者はほぼいない。……べ、別に寂しくなんかないんだからね! 幽霊部員でもいるだけで満足なんだから!




 ……イライラしてやった。今では反省している。




「参加者皆無とか、部長求心力なさすぎワロタ」


「うっせえ! さっさとスタバでも行きやがれ!」


「はいはーい。じゃ、部会がんばってね」




 軽やかに笑いながらトラは去って行った。


「ふう、あんまり気が進まないけど部室に行こうかね」




 行きたかったなスタバ。部会をサボれないのが部長の辛いところだ。ふと空を見上げる、怖いくらいに突き抜けた青空が広がっていた。











「うーっす」




 やる気のない声を出しながら俺はボロボロな部室のドアを開ける。部室の中には、メガネを掛けたひょろひょろの後輩が一人で本を読んでいた。




「……こんにちは……横田先輩」




 声が小さくて聞き取りづらい。この後輩は菅野という男子で、我が写真部における幽霊部員でない貴重な人材である。




「今日もお前一人だけか菅野」


「……そう……ですね」




 いいこなんだけどなー。喋るスピードが遅いせいでなかなか会話が弾まない。




「ふう、待ってもどうせ来ないからな。部会を始めるぞ」


「……はい」




 部会とはいっても大した事はしない。いくつかの報告をするだけだ。




「来月に高校生の写真コンテストがあるらしい。参加したいなら俺に言ってくれ、詳細を教えてやるから」




 無言で頷く菅野。俺は話を続ける。




「それと、顧問の先生がインフルエンザで学校を休んでいる。後でお見舞いに行こうかと思うが菅野も来るか?」




 ふるふると首を横に振る菅野。




「まあ、以上で報告は終りだが、何か質問はあるか?」


「……二つしか報告が無いならば……メールで知らせるだけでよかったのでは?」


 ですよねー。


「いや、一応月に一回くらいは活動しないと締まらないだろ? 一応部活動を名乗っている訳だし」


「……そうですか」




 そして興味が無くなったように読書を始める菅野。いや、ちょっと無愛想なだけでいいこなんだけどね。




「なあ、菅野って親しい友だちとか居るの?」




 なんかコイツ、このテンションで教室でも孤立してそうで心配だ。まあ、余計なお世話だということはわかっているのだが。




「……幼稚園の頃からの、……幼馴染が一人」


「へえ、幼馴染ねえ」




 幼馴染と聞いて思い浮かぶのは、いつも一緒につるんでいるトラと東郷の姿。




「……弁当……作ってきてくれたり……一緒に……登校したり」


「至れり尽くせりだな!」




 すげえな! どんだけ仲がいいんだよお前ら。




「なんか……オレがぼんやりしてるから……ほっとけないらしく」


「あー、なんかわかるわ」




 菅野は究極のマイペースだからな。その幼馴染も気苦労が絶えないだろうぜ。しかし男の友情ってもんは素晴らしいな。




「その幼馴染ってどんなやつ? 写メとか持ってないの?」




 興味本位で聞いてみると、菅野はスマホを操作して無言で俺に差し出してきた。




「どれどれ」




 菅野のスマホを覗き込むと、そこには無表情の菅野の姿と、その隣に笑顔でピースをしている美少女の姿が映っていた。




「……菅野、お前の幼馴染ってこの女子の事か?」




 菅野が無言で頷く。




「爆発しろリア充がぁぁぁ!」




 魂の叫びと共に部室から飛び出す俺。


 ちくしょう! なんだ菅野のやつ! あんな美少女に弁当作ってもらったり一緒に登校したりしてるだと? めっちゃ勝ち組じゃねえかぁ!




 走りに走り、気が付くと俺は学校の隅にある武道場の近くまで来ていた。




「あれ、珍しい所まで来ちまったな。まあいいや、折角だから道場内の練習風景でも撮っていくかな」




 気晴らしには好きなことをするのが一番。という事で部活動に汗を流す生徒を撮影する事でストレスを発散することに決定。俺は武道場の中へ入って行った。




 入口に貼られている武道場使用表を見ると、この時間帯は女子空手部が使用しているらしい。しかし女子空手部とは都合がいい。部長の東郷に頼めば撮影許可はすぐにおりるだろう。




「失礼しまっす!」




 俺が元気よく入っていくと、部員たちの視線が突き刺さる。なんだこの視線は? 俺は不審者じゃないぞ?




「ん、なんだ横田じゃない。どうしたの?」




 俺に気づいた東郷が声をかけてくる。しかし空手着姿の東郷は初めて見るが、威圧感が半端ないな。一八〇センチ超えの身長と鋭い目つきが怖すぎるぜ。




「いや、写真部の活動として練習風景を撮らせてもらえないかと思って」




 本当は写真部関係ないけど、まあ細かいとこはいいだろう。




「写真か、まあ今日は顧問もいないし構わないけど……変な写真は撮らないでね」


「見くびらないでくれ。写真に関してはふざけないぜ俺は」


「そうだったわね。いいわ、邪魔にならない程度にやりなさい」


「ういっす」




 さてさて東郷からの許可も得た事だし、思う存分撮りますかね!




 レンズ越しに見る世界は全てがキラキラと輝いて見えた。もはやカメラは俺の体の一部……いや、俺がカメラの一部になったような感覚。ただただ、美しいその一瞬を自身に映しこむ。輝いている、練習で流れる汗も、真剣なその表情も。




「よし、十分間休憩だ」




 夢中で撮影していると時の流れも速いもので、東郷の号令で俺は我に返る。




「しかし横田、よく飽きないわね。練習なんて見ていてもつまらないでしょうに」




 スポーツドリンクを片手に東郷が近づいてきた。




「いや、そんな事はないさ。運動部の練習風景は絵になるからな」


「そう? 私的には暑苦しいだけだと思うんだけど」




 首を傾げる東郷。確かに本人たちには分からないかもしれない。だけど俺からすればたまに羨ましくなってしまう。キラキラと輝くその姿をみていると。




「横田はなんでカメラが好きになったの? かなり入れ込んでるみたいだけど」


「俺か? まあ、ベタな理由だけど親父がカメラ好きだったからってのが大きいな」




 親の背を見て子供は育つと言うが、まさにその通りだったわけで、物心ついた頃にはすでにカメラが大好きだった。




「そういう東郷はどうなんだ。空手を始めた理由ってやっぱり親が空手家だったりするのか?」




 俺の質問に、東郷はクスリと笑った。




「いや、私の両親は別に空手やってないわ。そうね、私が空手を始めたのは幼稚園の頃なんだけど……」




 そうして東郷は自分が空手を始めたきっかけを話し始めた。




「私の親は心配性でね、女の子は何か護身術を習っていた方が安心だって言って私を家の近くの空手道場へ入らせたの。……その道場で初めてトラと出会ったわ」


「トラ? アイツ空手とかやってたのか」




 そういえばそんな事を言っていたような気もする。まあ、いつもの戯言だと思ってスルーしていたのだが。




「へえ、トラがねえ。なんかアイツが空手やってる姿が想像できないな。まあ、アイツの事だから真面目に練習とかしなさそうだけど」


「ふふ、そう思うのも無理ないわね。だけどね、あの頃のトラは誰よりも真面目に練習していたわ。小さな道場だったけど、トラが大会で成績を残していたからそこそこ有名だったのよ?」




 驚いた。人は見かけによらないものだ。




「しかし、そこまで頑張ってたんならなんで今は空手やってないんだ? 飽きたのか?」




 俺の言葉を聞くと、東郷は少し顔を曇らせた。




「それが私にもわからないの。中学の途中までは一緒に空手をしていたんだけど、アイツ急に道場やめちゃって理由も話さないのよ。あんなに空手が好きだったのに」


「……そっか」




 休憩時間が終わり、東郷は練習に戻った。俺はそっと武道場を抜け出すと何気なく空を見上げる。




 突き抜けるような青空がそこには広がっていた。




 俺にはトラの気持ちなんてわからない。また、俺が立ち入るべき事でもないのだろう。何も背負っていない人間なんていない。一見ヘラヘラと適当に生きているように見えるアイツにも、色々なしがらみがあるのだろう。




 東郷は、トラは空手が好きだったと言っていた。好きなものを辞めなくてはならないという事はとても辛いものだ。




「だけど、本当に好きなものなら……また戻れるさ」




 アイツが空手を辞めた理由なんてわからないし、無理に知ろうとも思わない。だけど、いつかアイツが東郷と一緒に空手が出来る日が来る事を心から祈っている。




「頑張れよトラ」




 今日も空は青く澄んでいる。

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