第5話 暇つぶし

「暇だなぁ」




 昼休み、弁当を食べ終わったボクはすることも無く窓の外を眺める。ザアザアと降り注ぐ大粒の雨がボクのテンションを大幅に下げていく。




「横田、暇だから何か一発芸でもしなよ。可愛いボクのためにさあ」


「やらねーよ、なんだよ一発芸って」


「一発芸っていうのはね、宴会などで場を盛り上げる為にやる短時間の芸の事をいうんだよ。勉強になったね♪」


「別に一発芸がわからねえ訳じゃねえよ!」


「wktkワクテカ」


「いや、だからやらねえからな!」


「えー、ノリ悪いよ横田」


「悪くて結構だ」


「そんなんじゃ芸人にはなれないよ」


「いや、芸人目指してねえから俺」


「そんな! じゃああの時、ボクに一緒にコンビを組もうって言ってきたのはウソだったの?」


「そんな事言ってねえよ。何記憶捏造してんだ……」


「え? そうだっけ? 割と真面目にそんな事言ってなかった?」


「え……いやいや言ってねえよ俺! 急に真面目なトーンで話すからびっくりしたじゃねえか」


「あれー? じゃあこの記憶はなんなんだ?」


「怖ええよ! 何だよその記憶!」


「……あ、昨日見た夢か」


「夢かよぉぉぉ!」




 ふう、今日は雨でジメジメしているせいか、日課の横田いじりにも興が乗らないなあ。






「雨降ってるのがいけないんだよ。何もやる気が起きないじゃないか」


「まあ、こればっかりはしょうがないからなあ」


「暇だなあ」


「そうだな」


「ところで横田。暇だからちょっと一発芸でも……」


「いや、ループとかさせねえからな!」




 えー、ループがダメとかケチだな横田は。そんなんだから写真部とかいうマイナーな部活の部長になんかなっちゃうんだよ(関係ありません)。




「そんなんだから横田はハゲなんだよ!」


「ハゲじゃねえよ! 丸刈りですらねえよ! どこからその単語が出てきたのか不思議でたまらねえくらいふっさふさだよ!」


「そうだねワロスワロス(棒読み)」


「なんだそのリアクションは! お前が振ったクセに興味なさげに対応してんじゃねえよ」


「うざいくらいに元気だね横田は、ツバが飛ぶからもう少しお淑やかにしゃべりなよ」


「……そろそろお前を殴っても許されると思うんだ、うん」




 横田が本格的に切れてきたから、今日の横田いじりはこのへんにしておこう。しっかしこの昼休みという時間は、やることがない日には暇すぎる。教室の時計で確認すると午後の授業開始まであと20分もあるではないか。




「はあ、やるせないほど暇でござる」




 こんな時には葵ちゃんにセクハラして気分をリフレッシュだ。そうと決まれば善(?)は急げだ!


 無駄な行動力に定評のあるボクはすぐさまミッションを開始する。葵ちゃんの席はボクのすぐ前にある。




 何やら難しそうな本を真剣に読んでいる葵ちゃん。その姿を見ていると何だか邪魔するのも悪いような気もしてきた。




「ひゃわ!」




 うは、サーセンwww




 ボクの右手が勝手に動いたようです。葵ちゃんは背中を指でツーっとなぞられ奇声を発する。ってか「ひゃわ」って、葵ちゃんがそんな声出すとは思わなかったよ。超可愛い。




「……トラ! アンタなにすんの!」




 その表情たまらんのです! 葵ちゃんの羞恥に染まった表情だけでご飯三杯はいけるぜ!




まあ嘘ですけど。流石のボクでもご飯だけで三杯は無理だし、ご飯よりパン派だし。




「つまりどんなにおいしいご飯でもボクは塩気がないと三杯も食べれないんだよ!」


「いや、本当に何なのアンタ」




 おっと何か意味不明な事を口走ってしまったようだ。




「ごめんごめん、気にしないで葵ちゃん。ちょっと葵ちゃんにセクハラして昼休みを過ごそうと思っただけだから」


「トラ知ってる? 一応私は空手の個人戦で全国大会とか出てるんだけど?」




 おぅふ、葵ちゃんの目がマジでござるよ。




「だって暇なんだよー葵ちゃん」


「本でも読んでなさいよ。有意義に時間を過ごせるわ」




 読書かぁ、別に読書は嫌いじゃないんだけど……。




「暇だけど何かをするのは面倒くさいんだよなぁ」




 うん、これぞ人間の不思議。暇で暇でしょうがないのに何もする気が起きないという矛盾。今のテンション的には誰かとダラダラお喋りするくらいがちょうどいいんだけど。




「トラの事情なんて知ったこっちゃないわ。私の邪魔をしないで」




 うぅう、葵ちゃんが冷たいよー。まあいつもの事なんですがね。




「じゃあさセクハラとかは止めるから、しりとりでもしようよ葵ちゃん」


「しりとり? なんでまた」


「ほら、健全に葵ちゃんとお喋りできて、それでいて時間も潰せるじゃない」


「……はあ、一回だけよ」




 やったね。しかし、葵ちゃんの事だ。一回だけと回数を指定してきた所を見ると、葵ちゃんは自分がわざと負ける事でこのしりとりを早く終わらせようとするだろう。だがしかーし! このボクは非生産的な遊びに関しては天才的な思考能力を発揮する。あの手この手でこのしりとりを長引かせてやるぜ!




「じゃあ、しりとりの〈り〉から葵ちゃんどうぞ」


「林間」


「!」




 初っ端から〈ん〉で終わらせてきやがったぁ!


 なんという事だ。流石葵ちゃん、やりやがるぜ。だけどボクをこの程度で倒せるとでも? 




「ンギロ川」


「!?」




 ふっはぁ! 〈ん〉で始まる単語が無いとでも思ったのかね? そう思ったのなら甘いよ葵ちゃん! 〈ん〉で始まる単語なんていくらでもあるのだよ! 最初に面倒くさがって敗北の条件を明確にしなかった君の負けだ!




「ほう、そうくるのトラ。いいわ、ならば戦争よ」


「望む所だよ葵ちゃん」




 空気が張り詰める。葵ちゃんも本気だ。




「ワゴン!」


「ンガウ島!」


「運!」


「ンガリエマ滝!」


「規範!」




 一進一退の激しい攻防は続く。お互いの実力はほぼ互角、このままでは勝負がつきそうにない。




「くっ、なんでそんなに〈ん〉から始まる単語知ってるのよ! 頭おかしいんじゃないの?」


「そっちこそ、なんでそんなにスラスラ〈ん〉で終わる言葉が出てくるの? 頭がどうかしてるんじゃないの?」


「さっさと諦めなさいよ」


「いやだね。葵ちゃんこそさっさと諦めたらどうだい?」




 息を切らしながらボクらはにらみ合う。いいだろう、そっちが折れないのならばとことんやってやる。ボクに戦いを挑んだ事を後悔させて……




 キーンコーン カーンコーン




 昼休み終了のベルが鳴り響く。




「あ、午後の授業始まるね。ありがとう葵ちゃん、おかげで楽しく昼休みを過ごす事ができたよ。心から感謝する」


「………しまったぁ!」




 まんまとボクの策略に乗せられてしまった葵ちゃんは頭を抱える。


 ふふふ、まだまだ甘いよ葵ちゃん♪

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