第4話 ラブソルジャー田淵
おっす、俺の名は田淵! 極めて平凡な高校二年生だ。
テストの点、運動能力、容姿ともに全て平均、何の取り柄もないような男だが、俺はある時運命の出会いをする。まるでラブコメの主人公のように。
そう、あれは数日前の事だった……。
◇回想中◇
「やべえ、遅刻しちまう!」
中間テストも終り、気も抜けてきた頃、俺は珍しく寝坊をしてしまった。遅刻はいけない事だ、普通の感性を持つ俺は、普通に遅刻に危機感を覚え学校へ急ぐ。
普段は出さない超速度で歩道を走る。自転車なんてものは持っていない、だから走る、全力で。余裕などなかった、だからいつもは車を警戒する曲がり角も全速力で走り抜け……死角から人影が飛び込んでくる。
「うわっ!」
「キャッ!」
まるで少女マンガのワンシーンのようだった。曲がり角でぶつかった相手は、まるで人形のような金髪の美少女であったのだ。
「痛いわね! 気をつけなさいよ!」
キッと目を吊り上げて怒る美少女。しかし俺はその美しい姿に見とれて声が出なかった。
「ちょっとアンタ聞いてるの?」
「……」
「ちょっ……アンタ大丈夫? さっきからしゃべらないけど、私の声聞こえてる?」
「…………」
「……あ、遅刻しちゃうから先行くわよ」
美少女は心配そうにちらちら振り返りながら走り去っていった。
「………………来た」
ついに、俺にも運命の人が現れたのだ。
「キタキタキタァアァァァァァァァァァアァ!」
まさに俺の好みど真ん中の美少女の出現。俺はこの時何かに目覚めた。普通の高校生からの脱却、次から次に未知のパワーが湧いてくる。まさにこれは恋の力!
これが、俺と彼女の出会いだった。
◇回想終了◇
「金髪の美少女? 同じ学年なのその娘?」
「いやわからん。制服から、同じ高校だとはわかるんだが」
「残念ながらボクは知らないな。ってかその娘ってボクより可愛いの?」
「……俺は何故お前が男子なのかとつくづく思うよ」
俺の運命の相手を調べるために、手始めにクラスの友だちに話を聞いてみた。石堂虎丸、コイツは見た目完璧に美少女なのに男子という面白い男だ。毒舌が玉に傷だが、まあ、良い友だちである。
「あっは♪ 性別なんてどうでもいいじゃない。ボクが男であれ女であれ、誰もが見とれる可愛さだってことに変わりは無いんだからさ」
「性別がどうでもいいって……まさかお前ホモだったりしないよな」
「いいや、ボクは両刀使いさ!」
「寄るなケダモノ!」
「うぬぼれないでよ田淵。ボクが愛するのはイケメンと美女と葵ちゃんだけさ、君みたいなフツメンは眼中に無いよ」
この容姿で両刀使いとは……キャラが濃いにも程がある。
「話しが逸れたね。金髪美少女だっけ? 金髪なんて目立つ容姿ならすぐ見つかると思うけど……少なくともこの学年では無いだろうね」
そうだろうな、この学年には金髪の女子はいないはずだ。
「となると一年生か三年生か……田淵、その美少女は年上っぽかった?」
石堂に聞かれて記憶を思い起こす。さらさらと風になびく柔らかな金髪、少し吊り上った好戦的なアーモンド形の瞳にスッと通った鼻筋。透けるような白い肌……。
「むふっ」
「うわっ、何その笑い方キモッ」
いかんいかん。あの娘の事を思い出していたら思わず変な笑いが出てしまった。
「すまん、ええとたぶん年下だと思うけどわからない。童顔の年上という可能性もあるし」
「そっか、じゃあ一年生から調べた方がいいね。面白そうだから手伝ってあげるよ」
「え、マジで?」
「うん、マジマジ。それにボクって顔が広いから調査に役立つと思うよ」
これは心強い。正直、協力してくれる友達の存在はとてもありがたいものだった。
「ありがとう石堂。後で飯でも奢ってやるよ」
俺の言葉に何故か石堂は意地の悪い顔でニヤリと笑う。
「ふふ、楽しみにしてるよ田淵」
「……? おお」
俺の何気ない一言は後々悪夢を生み出すことになるのだがそれは別の話。
放課後、俺と石堂は一年生の教室が集まる教室塔の一階に来ていた。
「さて、とりあえず知り合いを捕まえて話を聞きますか」
「石堂、お前確か俺と同じで帰宅部だよな? よく後輩に知り合いなんているな」
部活動にでも入ってない限り、先輩や後輩の知り合いは作りにくいものである。
「まあね。ボクはイケメンや美女が居たら先輩後輩関係なく声をかけているから知り合いは多いのさ」
自慢げに言う石堂だったが、俺は軽く引いていた。
「……まあいいや。さっさと始めようぜ」
「そうだね、さっきメールしたからすぐ来るはずだけど」
そう言ってキョロキョロと辺りを見回す石堂。
しかし、なんだな。こう、他の学年の生徒がたくさんいると妙な居心地の悪さがある。石堂は全然平気みたいだが、コイツはもともと感性が一般と大きくズレている奴なのでしょうがない。早いとこ用事を済ましたいものだ。
「あ、石堂先輩!」
俺が物思いにふけっていると、正面から背の高いイケメンがやってきた。いかにもスポーツマンといった風情の短髪さわやか系の男子だ。
「おお、沢井くんやっほー」
石堂は小さな体をいっぱいにつかってぶんぶんと手を振っている。その外見もあってかなり可愛い絵になっているがコイツは男だ。まったく性別を間違えて生まれてきたとしか考えられない。
「聞きたいことって何ですか石堂先輩。オレ部活があるんで早めに切り上げたいんですけど」
イケメンこと沢井君がぽりぽりと頭をかきながら尋ねる。
「大丈夫、大したことじゃないから。質問なんだけど、一年生で金髪の美少女っているかな?」
「金髪ですか? うーん、そうですね。オレは直接見た事が無いんですけど、最近三組に転校生の女子が来たらしいんですが、その娘、ハーフみたいですよ。金髪かどうかは知りませんけど」
おお、いきなり重要情報ゲットだ!
「そっか、ありがとう沢井くん♪ 時間取らせちゃってごめんね」
「いえ、石堂先輩の頼みならこれくらいどうって事ないですよ」
俺たちに重要な情報をもたらしてくれた沢井君は、結構時間がやばかったらしく駆け足で部活に向かったのであった。
「速攻で有益な情報を掴んじゃったね流石はボク」
「そうだな、ってか石堂、さっきの沢井君とはどうやって知り合ったんだ?」
「街でボクが沢井くんをナンパ……」
「もういい、大体わかったから」
質問した俺が悪かった。
「さて、三組だったね。早速行ってみようか」
「え、今から行くのか」
「行かないの?」
「心の準備ってもんが」
「そんな理由でボクを待たせるなんて許さないよ。時は金なり、さあぐだぐだ言ってないでさっさと行くよ田淵」
「あ、待てよ!」
まだ心の準備が出来ていない俺だったが、速足で歩く石堂について行った。
「ここが三組だね。さあ田淵、心の準備はいいかい?」
「いや、ちょっと待って欲しいんだが」
「さあ行くよ!」
「俺の意見聞く気無いだろお前!」
俺の意見を全面的に無視した石堂は三組の扉を勢いよく開く。
「一年三組の諸君、ボクだよ!」
……………………えええええええええええええええ?
なんなのコイツ? この男には一般常識というものが備わっていないの?
「あ、石堂先輩ちわっす」
「トラちゃん先輩だぁ」
「どうしたんですか石堂さん?」
放課後のクラスにまばらに残っていた一年が、石堂の奇行にも動じずにあいさつをしてきた。あれ? なんで石堂はこのクラスに受け入れられてるの? もしかして俺が間違ってる。
「うんうん、みんな元気そうでよかったよ。ところでちょっと質問があるんだけどいいかな?」
「なんですか?」
「このクラスに転校生が居るって聞いたんだけど、その娘の名前を聞いてもいい?」
「ああ、セレスさんの事ですか」
「それがその子の名前?」
「ええ、田中セレスって娘で、金髪の美少女ですよ」
おお! あの娘の名前はセレスって言うのか! なんて可憐なんだ。
「ありがとう♪」
お礼を言うと石堂は俺を連れて三組の教室から出た。
「さて田淵、ボクに出来るのはここまでだよ。セレスちゃんはもう帰ったみたいだけど、教室と名前がわかったんだ。後は自分でなんとかしなよ」
「石堂……ああ、俺がんばるよ」
本当、コイツには感謝してもしたりない。
田中セレス、それが俺の運命の人。一目見た瞬間に心を奪われた。気持ち悪いと思われるかもしれない、怖がられるかもしれない。でも、この気持ちを伝えずにはいられない。
そう、俺は恋をしていた。
◇
「田中セレスさん!」
俺は今、とても緊張していた。体はがちがちに強張り、鼓動がうるさいくらいに鳴っている。目の前には金髪の美少女が驚いたような顔で立っていた。
夕焼けがやけに眩しい学校の帰り道、俺はセレスさんに声をかけたのだ。
「アナタは……あの時の」
覚えていてくれた。ただそれだけの事実が俺を舞いあがらせる。
「好きですセレスさん!」
言ってしまった。俺のどこにこんな勇気があったのだろう? ドキドキと高鳴る胸を抑えつつ相手の反応を待つ。
セレスさんは戸惑ったような表情を浮かべてゆっくりと口を開く。
「普通にキモイよアンタ」
へ?
「ってか私たち知り合いですらないわよね? なにいきなり告白してんのキモイ」
「いや、一目惚れといいますか……」
「アンタが一方的に私の名前知ってるのも意味わからないし、何なの? 私の事調べたの?」
「……クラスの人たちに聞きました」
ヤバい、この展開は予想外だ。ボキボキと心の折れていく音が聞こえてくる。
「キモッ、まじストーカーじゃんアンタ」
「……すいません」
「アンタ、名前はなんて言うの?」
「二年の田淵です。すいません」
「田淵……ね、先輩だったんだ。じゃあ、もう私に関わらないで下さいね田淵セ・ン・パ・イ」
そう言って立ち去って行くセレスさん。
最悪だ。普通に振られるくらいは覚悟していた。まさかあんなに全力でこちらの心を折ってくるとは夢にも思わなかった。
普通の男ならもう二度と彼女には関わらないだろう。でもなんだ? 俺の胸にあるこの感情は何なんだ?
「…………良い」
良い、良いぞ田中セレスさん。何故かはわからない、だが俺は未だに彼女の事が好きみたいだ。あんなに罵倒されたにも関わらず、俺の恋は消えるどころかますます熱く燃え上がっている。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は叫んだ。もう心は決まっていた。彼女にどう罵られようと、気持ち悪いと思われようと、俺はあきらめない。
「好きだぁぁあああぁぁぁあぁ!」
通りがかった人が俺を奇妙な目で見るが関係ない。
もう、ラブが止められない!
これが俺と田中セレスさんとの物語の始まりであった。
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