第3話 勉強したら負けだと思っている
「授業ってのは寝るためにあるんだよ! 健全な高校生ともあろう者が授業中に真面目にノートなんかとっていたらその生徒は変態だと言わざるをえないね!」
ボクは立ち上がり、拳を振り上げながら自分の主張を堂々と宣言する。
「ああ、その通りだなトラ。授業中に勉強をするなんて馬鹿げてるぜ」
横田はボクの素晴らしい言葉を聞いて、うんうんと頷く。
「我々は断固勉強をしたくない。人生は一度しかないんだ、勉強で青春をつぶすなんて間違っているよ」
「おお! トラ、お前今サイコーに輝いてるぜ!」
「そこでだ横田。ボクは断固勉強をしたくない……だけどテストの対策をしなければ留年してしまうかもしれない。頼みの葵ちゃんも勉強を教えてくれないとすると、残る選択肢は一つしかないよ」
「選択肢? まさかテスト勉強をせずにテストを乗り切れるとでも言うのか?」
横田は真剣な表情で問いかけてくる。
「ああ、そのまさかだ」
「なん……だと」
そこでボクはぐっと身を屈めると、横田に耳打ちをする。
「カンニングというものを知っているかね横田くん?」
「ば、馬鹿な!」
バッと顔を上げる横田。その表情は恐ろしい事を聞いたかのように強張っている。
「相手はマッチョだぞトラ。へたすりゃ命が危ない」
ああ、わかっているさ。万が一マッチョにカンニングがばれてしまったら、脳みそまで筋肉で出来ているあの男は言い訳する間もなくボク達に制裁を加えるだろう。だが……。
「それでもボクは……勉強したくない!」
それが偽らざるボクの気持ち。ボクは自分の気持ちに嘘はつけない!
「トラ……お前ってやつは、へっ、テメエの気概確かに受け取ったぜ」
「横田……ありがとう。お前ならわかってくれると思ってたよ」
ボク達はがっしりと漢の握手を交わす。互いの気持ちがわかりあえたら、もう言葉なんていらない。そんな境地にボク達はたどり着いたんだ。
「さあ、テストまで時間がないよ横田!」
「おうさ! 相手はマッチョ、全力で下準備をしないと敗北は目に見えているぅ!」
熱い友情を確かめ合うボクらに、呆れたような声がかけられる。
「……ふう、わかったわよ馬鹿共。私が勉強を教えてやるから、いいかげんそのうざったい小芝居をやめてくれない」
ボクらを見て疲れたように溜息をつく葵ちゃん。
「えっ、まじで? ありがとう葵ちゃん♪」
「恩に着るぜ東郷」
作戦成功! なんだかんだで優しい葵ちゃんなら教えてくれると信じてたよ。
「ったく白々しいわね二人とも。最初からカンニングするつもりなんてないんでしょ?」
むむ、そういう決めつけはよくないな。
「そうかな? あのまま葵ちゃんに放置されてたらカンニングをしてたかもよ」
ボクの言葉に葵ちゃんは馬鹿にしたように鼻をならした。
「ふん、へたれのクセによく言う」
テヘペロ♪ そうですわたくすぅがへたれですぅ。
なんか全部見通されてるみたいだねえ。いやはや恥ずかしい、これが幼馴染の洞察眼だというのか。
「じゃあ今からトラの家に集合しよう、そこで勉強をみてあげるわよ」
そう言って葵ちゃんが立ち上がる。う~む、相変わらずの高身長でうらやましい。
「え、ボクの家? まあ構わないけど、ボク的には葵ちゃんの部屋でキャッキャウフフな事をしたいなぁって……」
セリフの途中で顔を赤らめた葵ちゃんに頭を叩かれた。
「バーカ、乙女の部屋に入ろうなんて図々しいのよ」
うん……恥じらう葵ちゃん超可愛い!
「恥じらう長身乙女の表情もらったぁ!」
すかさず横田がカメラのシャッターをきる。
「……っ! 何を撮っているのよ横田!」
「あぁ! 俺のカメラがぁ!」
葵ちゃんの見事な正拳突きが横田のカメラを粉砕する。
「安心して横田、峰打ちよ」
「拳に峰なんてねえよ! 全部抜き身の刃だろうが!」
「褒めても何も出ないわよ抜き身の刃なんて」
「褒めてねえよ! カメラ弁償しろよ!」
「普通に断る」
「なんでさ!」
「じゃあ逆に聞くけど、女性を許可なく撮影した男は制裁されてしかるべきじゃない?」
「そんなことねえよ! いちいち許可なんてとってたら最高の一瞬を逃すじゃねえか」
「じゃあ多数決をとろう。教室に残っているクラスのみんな! 横田が悪いと思う人は手を挙げて」
バッ!(葵ちゃんの発言に間髪入れずクラスの全員が挙手する音)
「なんでさぁぁぁぁぁぁ!」
横田の悲痛な叫びが教室中に響き渡る。ボクは慰めるように横田の傍に寄ると、肩をぽんぽんと叩く。
「諦めろ横田。クールビューティー葵ちゃんとお前なら、みんな迷わず葵ちゃんの味方になるからさ」
「のおぉぉぉぉぉぉん!」
あっは、弱ってる人を仕留めるのって快感はぁと
「きゃは(はぁと)」
おっと思わず笑みが……
「その笑顔もらったぁぁぁ!」
さっきまで死んでた横田が、鞄から新たなカメラを取り出してボクの笑顔を激写する。
「……横田、カメラの予備なんて学校に持ってきてたの?」
「当たり前だろ? もしカメラが壊れたときに最高の一瞬がやってきたら、予備が無いと撮り逃すじゃないか」
「なんていうか、横田のそういう所は尊敬するよ」
本当に変態じみたカメラ馬鹿だね。尊敬に値するよ。
まあ、それ以外の所は最高に見下してるんですけどね!
「じゃあ、時間も無いしボクの家に行こうか」
そういえば家に人を招待するのって久しぶりだなあ。大きくなってからは葵ちゃんも家に来なくなったし。なんで来なくなったんだろ? いつでもエロい事できるように準備しているのにな。
「性欲を持て余す」
「急にどうしたのトラ? 頭が湧いたのかしら?」
おっとつい本音が。
そしてボクらは学校を後にした。
◇移動中◇
「そして此処が家の門である」
「誰と喋ってんだ?」
「もちろん画面の向こうのみんなさ!」
「もはや使い古されたメタ発言だな、だが嫌いじゃないぜそういうの」
横田と雑談を交わしながら門を開ける。ちなみにボクの両親は共働きだから勉強中に母親が乱入なんてイベントは起こらない筈……
「あらあらトラちゃんがお友達を連れてくるなんて珍しいわねえ」
しまった! フラグだったかぁ!
振り返るとそこにはスーツ姿の母親の姿ぁ! 手には買い物袋を持っているぅ!
「お久しぶりですおばさん」
「あら葵ちゃん大きくなって、ますます美人になったわ」
「ありがとうございます」
「ってかお母さん、仕事はどうしたのさ?」
「今日は早く終わってね、買い物をしてきたのよ」
うふふとマイペースに笑いながら買い物袋を見せるお母さん。
「あ、トラのお母さんですか。俺はトラの友だちの横田っていいます」
お母さんと初対面の横田が丁寧にあいさつをする。
「あらあら礼儀正しいのねえ。トラの母親の竜子です。ゆっくりしていってね」
そういってお母さんは家の中へ入って行った。
「……まあ、勉強会ならボクの部屋でするし問題ないか」
「何が問題ないんだ?」
「いや、なんでもない。横田の分際でしゃべるなよ気持ち悪い」
「唐突に酷いな!」
うるさいな、今は横田に構っている暇はないんだよ。
まあお母さんも、ボクの部屋に籠っていたら下手なことはしてこないだろう。大丈夫、何の問題も無い。
「さあ……ボクの部屋に行こうか」
そしてボクは自分の部屋に二人を案内する。
◇ボク案内中◇
「さあ、ここがボクのプライヴェートルームさ! 崇め奉るといいよ」
自分で言うのもなんだけど、ボクはかなり綺麗好きだから掃除はマメに行っている。小さな部屋にベッドと勉強机、本棚とシンプルな部屋だ。
「へえ、しばらく来てなかったけど、変わってないわねトラの部屋。本棚の本が増えたくらいかしら」
そういって葵ちゃんがボクの本棚からカバーのかかった本を取り出しパラパラと捲る……
「葵ちゃん、それエロ本だよ」
ボクが指摘した瞬間、羞恥で顔を真っ赤に染めた葵ちゃんは、乱暴にエロ本を本棚に突っ込むと、ボクに突っかかってきた。
「何で堂々とエロ本が置いてあるのよトラ! こういうのはベッドの下にでも隠してて!」
「いやだな葵ちゃん。ベッドの下はもっとドギツイ内容のエロ本でいっぱいだからその本は入らないよ。人に見られても大丈夫なものを置いてるに決まってるじゃん」
ボクだって自分の性癖がバレるのは恥ずかしいからね!
「もっと……ドギツイ……内容だって」
おお、葵ちゃんの顔がどんどん赤くなってゆく。葵ちゃんはウブだな♪
「どれどれトラのお宝を拝見」
「横田、君がボクのお宝に触ろうものなら、その瞬間に切り落とすよ」
「怖ええよ! どこを切り落とすんだよ!」
ふふふ、ちょっと横田の横田を切り落とすだけさぁ! ボクのお宝は横田ごときに触れさせはしない!
「もっ、もうエロ本の話は終わり! さっさと勉強するわよ!」
ちっ、もう少し葵ちゃんにセクハラしたかったのに。まあ、やりすぎたら怒って勉強会が無しになってしまうかもしれないから、これくらいにしとこうかな。
「そうだね、勉強会を始めようか」
ボクは物置から小さな机を持ってくると、部屋の真ん中に置く。三人で机を囲んで勉強会開始だ。
「さて、どの教科が危ないの?」
葵ちゃんの問いにボクは胸をはって答えた。
「もちろん全部さ!」
「死ねばいいと思うわよ」
おぅふ、葵ちゃんの視線が痛いでござる。
「まあ、それは冗談としてボクは数学が苦手だな」
「俺も数学かな」
ボクはバリバリ文系なもので、数学とかさっぱりだよ。
「数学か、私も文系のクラスにいる訳で別に得意ではないんだけど」
「でもボク達よりは出来るでしょ?」
「そうね、じゃあ私も自分の勉強をしながら教えていくわ」
こうしてボク達は勉強を始める。流石に真剣に勉強をしなくてはテストで痛い目をみることはわかりきっているのでボクも横田もふざけるような事はなかった。
どれだけ時間が過ぎただろう? 少しボク達の集中力が切れてきた頃、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「トラちゃん、お茶とお菓子を持ってきたんだけど、入ってもいいかしら?」
どうやらお母さんが気を聞かせてお茶を持ってきてくれたらしい。
「ありがとうお母さん、入っていいよ」
ボクの許可を得てお母さんが部屋に入ってくる。手にはお菓子とお茶を乗せたお盆、着替えたのか部屋着にエプロン姿だ。
「ここに置いておくわね」
お盆をそっとボクの傍に置くと、自然な動作でボクの背後にくるお母さん。
「あの……お母さん?」
今の状況を説明しよう、ボクの背後に回り込んだお母さんはそのままボクをギュッと抱きしめると赤ん坊をあやすように頭を撫でているのだ。
「何かしらトラちゃん?」
なにその満面の笑み!
「恥ずかしいので離れてくれないでしょうか?」
正直横田の視線が痛いです。葵ちゃんは溜息をついています。
「いやよ、私はトラちゃんで仕事の疲れを癒さないと家事が出来ないの」
ちくせう油断してたぜぃ!
実はボクのお母さんは超がつく可愛いもの好きで、十七歳ながら女子のごとき小柄で可愛らしいボクを溺愛しているのだ。こっちが恥ずかしいくらいに! 流石に友だちがいる時くらいは大丈夫かと思ってたけどそんなことなかった。お母さんが究極にマイペースなことを忘れていたよ。
無言でボクを撫で続けるお母さん。羞恥で顔を赤く染めるボク。それを興味深げに見ていた横田は、思い出したように鞄を漁ると、中からカメラを取り出してパシャリと一枚。
「テメエ横田ぁ! 何撮ってんだよ、消せ! 消去しろ!」
「はっはぁ、美人人妻に可愛がられる美少女(一応男です)の姿! これを撮らずに写真部部長は名乗れねえぜ!(そんなことはありません)」
「ぶち殺す! 横田の分際で生意気だ」
ボクが立ち上がろうとすると、お母さんがソレを阻むように抱きしめる力を強める。
「こらトラちゃん、殺すなんて汚い言葉を使っちゃいけません」
だからアンタはどんだけマイペースなんだよぉぉぉ!
「ふっはぁ! トラが動けない今こそ好機ぃ! 撮って撮って撮りまくるぜ!」
シャッターを押しまくる横田。相変わらず動けないボクに、すでに自分の勉強を始めている葵ちゃん。勉強会はカオスに包まれていた。
結局お母さんは勉強会が終わるまでボクを離してくれなかった。テスト勉強? そんなもの進むはずがないじゃないか。
そうして迎えたテストの日、テスト勉強も進んでいないボクと横田はボロボロに敗れ去った。さて、追試はどう乗り越えたものか。
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