第2話 学校にて

「いいよトラちゃん。可愛いよ」




 カメラのシャッター音が響き渡る。一眼レフカメラを構えた武骨な大男が、そのレンズごしに可愛いボクを覗き込んでいる。




 ボクは男の指示に従って、顔を赤らめながらグラビアモデルのようなポーズをとっていく。




「可愛いよトラちゃん。……じゃあ、次は上着を脱いでみようか」




「えっ、上着ですか?」




 男の要求する大胆な行為にボクは動揺を隠せなかった。




「大丈夫大丈夫」




 ひ弱なボクにはその要求を拒否することは出来ない。




「わ、わかりました」




 羞恥に頬を赤く染めながら、ボクは上着のボタンに手をかけ……。




「で? 朝っぱらから教室で何をしているのお前達は?」




 背後から聞き覚えのあるクールな女子の声。




「何って、グラビア撮影ごっこだけど?」




 ボクは何食わぬ顔で返事をしつつ、背後から声をかけてきた人物を確認する。




 そこに立っていたのはすごく長身の女生徒。身長一八〇センチの長身からボクを見下ろしている黒髪ポニーテールで、ちょっと目つきの悪い彼女はボクの幼馴染。東郷葵(とうごう あおい)、空手部の部長をしている格闘少女だ。




「おはよう! 今日も一段と可愛いね葵ちゃん♪」




 ぱちりと可愛らしくウインクをしながらボクがそう言うと、葵ちゃんはクールに前髪をかきあげて溜息をつく。




「そんなお前は今日も一段と頭のネジが緩んでいるようねトラ」




 なんと失礼な!




 ボクの頭のネジは緩んでなんかいない! 本数が足りないだけだ!




「またまたぁ、葵ちゃんは本当はボクの事が好きなくせに何でそんな事言うのかな、かな?」




 低血圧の葵ちゃんは朝が弱いらしく、イライラしたように言う。




「うるさい、黙れ。朝からトラのハイテンションな会話に付き合うと頭が痛くなってくる」




 なんですと!




「うわーん、よこえも~ん!」




 ボクは、さっきまでのグラビア撮影ごっこでカメラを構えていた友人、横田成秀(よこた なりひで)に泣きついた。




「どうしたんだいトラ太くん(旧青ダヌキボイス)」




「ツンデレの葵ちゃんがボクに冷たいんだよ~! 高圧的な葵ちゃんを洗脳して僕の(性的な)ペットにできる道具(危ないお薬)を出してよ~!」




「無駄に生々しいな!」




 ボクの頭を叩く横田。横田の癖に生意気だ。




「テヘペロ♪」




 とりあえず可愛らしく笑ってごまかしてみた。




「その表情……もらったぁ!」




 横田がものすごい勢いでカメラのシャッターをきっている。流石は写真部だ。最高の一瞬を映す事に対する情熱が半端ない。




 さて、葵ちゃんはどんなリアクションを……。




「……パラパラ」




 ちょっと! この娘文庫本読んでるよ!




 えっ? なに、ボク無視されたの? あんなに頑張ってボケたのに。




「くっ、ボクのハートがブレイク寸前だぜぃ。でも泣かない! だってそれがボク・クオリティなのさ!」




 そうさ、ボクのハートは葵ちゃんに冷たく無視されたくらいじゃあ砕けないぜ!




「急にどうしたのトラ? 一段と気持ち悪いわよ」


 が~ん。


 心の折れる音がしたよ父さん。ボクはもうダメみたいだ……。




「オラァ! お前らさっさと席につきやがれ!」




 ボクがブレイクしたハートの痛みにうずくまっていると、教室内にごっつい怒鳴り声が響き渡った。


 声の発生源はクラスの担任。蓮田力也(はすだ りきや)、身長一八七センチ、体重九〇キログラム。ベンチプレスは一三〇キロを持ち上げる巨漢だ。




 この担任の通称はマッチョ。冬でもノースリーブのシャツで過ごす強者である。




「コォラァ石堂! お前もさっさと席につかんかぁ!」




 あっは♪ うっさいよ脳筋野郎。


 頭の中まで筋肉で出来ているこの世の底辺のアンタが、存在しているだけで世界の癒しになるメシアのごとき可憐なボクに指図してんじゃねえよ♪


 と、心の中で担任をディスってみた。え? 声に出して言えだって? あはは、ムリムリ。ボクって基本的にへたれですから。




 ……でもまあ、少しからかってやるかな?




「あ、ゴメンナサイ先生(超女声)」




 ボクの秘儀、精度が高すぎてむしろ引くレベルの女声を駆使する。そしてセリフと同時にボクの可愛さを前面に押し出す為に首を傾げる動作ぁ! これでボクに惚れない男子などこの世に存在しない! (男です)




「う、うむ。わかったならいい。早く席につくように」




 ふふふ、顔が真っ赤ですよ先生(悪い顔)。ボクの可愛さは性別を超える!


 ボクが席に着くと、マッチョはまだ赤い顔でコホンと咳払いをして話し始める。




「さて、朝のショートホームルームを始める。連絡事項だが、まあみんなも知っての通り、もうそろそろ中間テストが行われる訳だが……」




 なんですと!(初耳)




「先生! この平和な時代に何故テストなんて非人道的な行為をするのですか? 我々はこの学校に争いに来ている訳じゃないんです! テストで人を評価するなんて間違ってます!」




 ボクが立ち上がって全力で抗議すると、マッチョは重々しく頷くと口を開いた。




「黙れこのアホが」




 単純に酷い! 脳筋のクセに!




「さて、勉強の出来ない石堂は置いといて、テストの日程表を配るので各自計画的に勉強をするように」




 ボクは配られたプリントを憂鬱な気分で見つめる。




 べ、べつに勉強が出来ない訳じゃないんだからね! 勘違いしないでよね! ……自分でやっといて吐き気がした。サーセンwww




 さて、才色兼備将来有望容姿可憐にしてこの腐った世界に舞い降りた天使と書いてエンジェルと読むボクだが、勉強が苦手というチャーミングな一面も持っている。今回の中間テストと呼ばれる悪魔の所業はどう対処したものか。




 そんな事を考えているとマッチョの話は終ったようで、マッチョは書類を持って教室から出て行った。


 まあ、一人で悩んでいてもしょうがないし、困ったときの友人頼みだよね。善は急げ、ボクは前の席に座っている葵ちゃんに声をかけた。




「葵ちゃん葵ちゃん、成績優秀かつ女子空手部主将の文武両道少女であるところの葵ちゃん!」




「……なに? うっとうしいんだけど」




 おぅふ。そのドライアイスよりも冷たい視線が痛いぜ。だけどボクは負けない、それがボク・クオリティなのさ!




「葵ちゃんボクと付き合って……じゃなかった、ボクに勉強を教えてくれない?」




 危ない危ない、つい欲望がポロリと。




「普通に嫌だけど?」




 え?




「ちょ、ごめんボクの聞き違いかな、考える素振りも見せずに断られた気がしたんだけど」


「絶対に嫌だ」


「絶対とまで言うのか!」




 なんなのこの娘!


「何でそんなに全力で拒否するのさ葵ちゃん? ボクと葵ちゃんの仲じゃないか」




 ボクの言葉に葵ちゃんは心底面倒くさそうな表情をする。




「私に何のメリットも無いじゃないの」




 驚くほどドライ! ボクと葵ちゃんは幼稚園の頃からの幼馴染だというのに、この娘には友情という概念は無いのだろうか。




「大丈夫、葵ちゃんにもメリットはあるよ」


「……一応聞いてやるけど、メリットって何?」


「ボクと二人きりの時間を過ごせます」


「くたばれ」




 正確にボクのハートを砕く驚きの四文字!


「……葵ちゃんボクだって傷つくんだよ?」


「承知の上だけど?」


「うわぁぁぁん!」




 ボクは耐えられなくなって席を立ち駆け出した。ボクの可愛い両目からは青春の汗がボロボロと零れ落ちる。




「うわぁぁぁん! 葵ちゃんのばかぁ! こうなったら下級生の可愛い男子を誘惑してイチャイチャしてやるんだからぁ!」




 横田の「男子? 何故に男子!」 という声が聞こえるがどうでもいい。ボクはこの傷ついた心を癒す為に教室のドアを開け……。




「……石堂君、席に戻りなさい」


「…………はい」




 目の前に居た一限目の数学の教師に呆れた顔で着席を促された。


 とぼとぼと席に着くボク。あんなに騒いだ後にすぐ戻る事になるなんて死ぬほど恥ずかしいんだが。隣の席の横田がニヤニヤしながら話しかけてくる。




「ねえねえ今どんな気持ち? あんなに騒いだ後にすごすご戻ってくるなんて、ど・ん・な・き・も・ち?」




 うぜぇ! 横田のクセに、横田のクセにぃ!


「横田の分際で生意気だ!」


「なんだよ分際って。お前の中で俺はどういう認識なんだよ!」


「モブキャラですけど?」


「よし分かった。お前は俺に喧嘩を売っているんだな表に出ろやコラ」


「あっはぁ♪ 実は空手黒帯のボクに勝てると思ってるのかなモブ田くん。いいぜフルボッコにしてやんよ」


「……とりあえず横田と石堂は廊下で立ってなさい」




 ……授業中ということを忘れていたお。


 こうしてボクは授業が終わるまで廊下で立っていたのである。ああ、テストどうしようかな。

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