墓に囲まれた通学路

真和志 真地

不審者

 太陽がサンサンと照りつけ、木々の至るところからセミの鳴き声が響く八月の昼過ぎ。

 気温は35度を越えて小まめな休憩と水分補給をしないと危険なレベルの暑さの中、福田秀昭は部活をするために学校へと向かっていた。


「あっちぃ……何で今日部活があんだよ。こんな暑さの中グランドでボールを追いかけるとか意味がわからん……」


 所属はサッカー部。

 中学に入学して直ぐにクラスメイトに誘われたのがきっかけで入部した。

 入部して間もない頃は“お遊び程度”とか“自由参加”程度で平気だと思っていた。

 だが、その考えが大きな間違いだったと思い知らされることになる。

 常に走りっぱなしでなかなか疲れるし、部活は入部した以上余程な理由がない限り強制参加だ。

 過去に、部活をサボって遊びに行ったらその事が先輩たちにバレて散々説教を受けたことがいる。

 暴力沙汰にならなかっただけまだマシか。


「あ~ダルい……行きたくねぇ……」


 部活道具を一式を鞄に入れ、自宅から歩くこと10分。

 いつもの通学路は住宅街を抜けて墓に囲まれたところに差し掛かる。

 道幅も広く車の交通量はそれなりにはあるものの、歩いて通る人間は限られている。

 街灯も少なく、夜になると真っ暗になり不気味さを感じさせる場所だ。

 肝試しするにはちょうど良さそうだな。前にこの辺りで変な物体を見たって目撃談もあるし。今度、他のやつ誘ってやってみようかな。


 そんなことを考えながら墓道を歩いていると、墓と墓の間にある道から車が出てくるのが見えた。

 進路を塞がれたことで必然的に立ち止まることになる。

 車内にいたドライバーと目が合った瞬間、そのドライバーは目を丸くしたまま動かなくなってしまった。


 ……なにしてんのこいつ。そこで止まってると通れねぇんだからさっさとどけよ。


 そんなこと思いつつドライバーの行動を見ていると、何やら後ろに何かがいるのを感じ取った。

 ほら、お前がそこでボーッとしてるから後ろにいる人も通れなくなってんじゃん。

 だか、その後ろの人の気配が何かおかしい。ずっとこっちを見られている気がする。

 何かと思い後ろを振り返ってみた。


「―――っ!?」


 秀昭の後ろに居たのは、背中辺りにまで伸びたボサボサ髪の50代ぐらいのおばさん。

 目は虚ろで唇もカサカサで白のワンピースに裸足姿だ。

 だが、問題はそこじゃない。

 彼女の手には金属製の光るもの―――刃渡り15センチはあるだろう包丁が両手に握られていた。

 刃の部分を自分の首に当て、刃先はこちらに向けた状態でたたずむ女性。

 表情は一切変わることなく虚ろな目のままこちらを捉えているようにも見え、恐怖が倍増する。


 あっ……。これヤバイやつだ。

 俺、死ぬの? 死んじゃうよね?

 早く逃げなきゃ……けど、体が動かない……!

 目の前にいるろくでもない女の人やばいひとから目を離すことも体を動くこともできず、さっきまでかいていた汗も暑さによるものから、恐怖心から出る冷や汗が吹き出てくる。


 頼むからそのまま動くなよ……?

 絶対こっちに来んなよ?

 そう願いながら女性の方を見ていると、口が微かに動いたのが見えた。

 一見何て言ったのか全く分からない。それでも秀昭にとっては―――


『見たな……?』


 そう言っているようにも見え、秀昭の恐怖心はピークに達していた。

 秀昭が目の前に佇む女性を見据えていると、不意のその女性がフラッと動き始め、秀昭のもとに一歩踏み込んできた。


「っ!? く、来るなぁああっ!!」


 限界に達した秀昭は叫びながら踵を返して走り出そうとする。

 だが、走り出すと同時に停まっていた車に思いっきりぶつかり、衝撃でその場で倒れてしまう。

 倒れ込んだ秀昭を見下ろすように更に一歩近づいて来る女性。


 急いで立ち上がった秀昭は車道側にスペースがあるのを見つけ、咄嗟にそのスペースへと飛び出した。


 だが、そのスペースに飛び込むタイミングが悪かった。

 逃げるために飛び込んだ車道にはトレーラーが迫っていてすぐ近くにまで来ていた。


 なんだよこれ。俺が何したってんだよ。

 けたたましく鳴り響くクラクションを耳にしながら、早く逃げろと脳内では警告を促してるが、体が言うことを聞いてくれない。

 ごおおぉぉっ! と、大型車トラック特有のブレーキ音を鳴らしがら避けてくれたお陰で、轢かれずにすんだ。

 だが、すぐ近くにはまだあの女がいるわけで危機が完全に去ったわけではない。


 すぐにその場を離れてコンビニがある方へと全力で走った。

 外に設置されている緑色の公衆電話の受話器を手に取り、右下にある赤いボタンを押して110を押す。

 すぐにコールが鳴って受話器から声が聞こえてきた。


『こちら警察です。事件ですか? 事故ですか?』

「刃物を持った女が道路を徘徊してます。早く来てくださいっ!」

『わかったから落ち着いてっ! すぐに向かわせるから場所とその人の特徴を詳しく教えてください』


 警察の言うとおりにその女がいた場所と服装などを伝え自分自身の名前も教えた。

 こうして電話している間も、こっちにまで迫ってきているんじゃないかと不安で仕方がない。


『すぐに向かわせるから、君はその場から動かないように。もし可能なのであれば、コンビニの中に避難しててくれるかな? 警察官を迎えに行かせるから』

「わかりました」


 警察の言うとおりコンビニの中に入って避難していると、サイレンを鳴らしたパトカーが数台ほど通過していくのが見えた。

 それから数分後に制服の警察官がコンビニの中に入ってきた。こちらの姿を確認するとゆっくりと近づいて来る。


「こんにちは。君が福田秀昭くんかな?」

「は、はい……」


 やっぱり警察と話すのは緊張する。

 何も悪いことしてなくて、しかも守ってもらう側のはずなのに何なんだろうか。


「通報してくれてありがとう。君が言っていた女性を確保したから、念のため確認してくれるかな?」


 正直もう二度と見たくない。

 それが秀昭の本音だ。

 けど、警察に見てくれと言われればそれに従わないわけにはいかない。

 警察と一緒にコンビニを出て近くに止めてあったパトカーへと近づく。


 後部座席にまで近づき、ドアを閉じたまま中を覗くと、両サイドに警察官が座りその真ん中に包丁を持っていた女性が座っている。

 だが、その女性はピクリとも動こうともせず、それどころかグッタリとしていた。


「……この人どうしたんですか?」

「捕獲しようと数人で囲んだんだけど、突然倒れちゃってね」


 何で病院に連れていかなかった?

 そんな疑問が秀昭の脳裏に過った。

 警察官いわく、囲んですぐに倒れたけど意識もあって病院にも行きたがらないからってことで、一旦警察署で保護することになったらしい。


 それからは、警察と一緒に最初に見た場所にまで移動。どういう状況だったのか説明してようやく解放された。

 学校に到着し部活の集合時間に大幅に遅れた秀昭はことの経緯を説明しても何故か信じてもらえず終わってしまった。


 # # #


 あの包丁女が出現した翌日の朝。

 学校に登校して自分の教室に入ると、何やら教室内が騒がしいことに気づいた。


「昨日包丁を持った女の人が警察にか困れてるの見たんだよ! ヤバくないっ!?」

「マジで!? その人暴れてたの?」

「いや、暴れるどころか突然倒れちゃった。何か操り人形の糸が一気に切れたみたいにバタリって」


 警察から聞かされた話で突然倒れたとか言ってたのを思い出す。

 あの時は大まかな話でしか教えてもらえなかったが、実際の目撃者が近くにいると、あのあとの具体的な内容が大体想像できた。

 あの人はどうなったんだろうか。今ごろ尋問受けてるんだろうな。

 もうあんな怖い思いするのは嫌だから出てこなくていいけど。

 秀昭がそんなことを考えていると学校のチャイムが鳴ると同時に教室に担任が入ってきてホームルームが開始した。


 ホームルームは手短に終わり、緊急避難訓練が急遽取り組まれることになった。

 秀昭が襲われかけたのが報道され、それを聞き付けた市の教育委員会が学校に連絡して、不審者対策の避難訓練を実施するよう通達があったそうだ。


 この訓練が今後に生かせるよう秀昭は祈るしかなかった。


「そう言えばさー朝の不審者の話だけど、警察署の中で死んでたらしいよ? 何か死後二日は経ってたらしい」


 そんな噂話を聞いた秀昭は身震いをせずにはいられなかった。


(完)

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墓に囲まれた通学路 真和志 真地 @hoobas29

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