第74話

【叔父】


「やあ。最近調子良いね」

 パチンコ店に入った私は勢いよく景気の良い悪友に話しかける。

 彼はこの店で知り合った男でギャンブルに飲まれた男だった。


 最初は敬遠していたのだが、良くも悪くも沼にハマった人間の話は興味深く、いつの間にか私から話しかける仲になっていた。


 今では数万円の丼を一緒に平らげる仲になっている。

 そんな悪友は最近調子が良い。ありていに言えばツイていた。

 ここのところずっと勝ち続けているのだ。私から借りていた大金も一括で償還するという羽振りの良さ。それも色付きで返すほどだ。相当勝っているのだろう。


「おうよ。ここだけの話、とある筋から必勝法を教えてもらってよ」

 いかにも胡散臭い返答。

 もちろん、とある筋は信用できない。そもそもギャンブルに必勝法などないからだ。

 こういった類は胴元が勝つようになっている。言わば敗北が決まったゲーム。


 しかし、

 ――ジャラジャラジャラジャラッ‼︎


 なおも球の勢いは止まることを知らない。

 すでに彼の足元には何段にも積み重なったドル箱。今日だけでも一月分の生活費ぐらいは稼いでいることだろう。


 やめた方がいいと理性では分かっているものの、景気の良い笑顔を浮かべる彼に聞いてみることにした。

 思えばこれが破綻に至る一歩だった。


「その……とある筋の必勝法というのは?」

「おいおい。いくら俺たちの仲だからってタダでは教えられねえよ」

 彼はタバコを吸いながら台に釘つけ。視線さえ合わせようとしない。

 薄情なやつめ。一体いくら貸してやったと思っている。うまい話があるなら無償で譲るのが友人ってもんだろう。


 そんな腹立たしさを覚える私に彼は人差し指を一本指す。

「これで当たる台を教えてやってもいいぜ?」

「なっ! まさか私から金を取るつもりか⁉︎」


「そりゃそうだろ……金の切れ目が縁の切れ目ってな。借金だって利子つきで返してやったんだ。俺たちの関係はイーブン。けど俺だって鬼じゃねえ。恩義ってもんもある。だからまずは信用できるかどうか、自分の目で確かめて見ればいいんじゃねえか?」


 ……なるほど。

 この男はこれで賢いところがある。

 私の警戒心が強いことをよく熟知しているのだ。だからまずは一万円でとある筋とやらを紹介するかどうかを見極めさせてやろう、という魂胆だ。

 相変わらず小賢しい。


 ――しかし。

 今や私もギャンブルの沼にハマってしまった人間。五千万などという大金を手にしてしまったせいですっかり廃人である。


 うまい話はない、騙されていると頭では分かっていてもどうしても跳ね除けることができない。それだけの意志力はすでに賭事に溶かされてしまったのだろう。


 気が付けば私は決して安くない札束を彼に手渡してしまっていた。

 革ジャンのポケットから取り出して来たのは小さな紙切れである。二つ折りにされていた。


「ここに書いてある通りのデータを探せば小当たりが出るようになっている。言っておくが、あんただからこんな安い値段で教えてやってんだぜ? 本当は教えたくない虎の子なんだからよ」


「恩に切るよ」

 わざとらしい、と思いながらもその紙を受け取り、書かれた通りの台を探していく私。

 当然このときの私は微塵も信用していなかった。

 うまい話など無いことを身を持って知るための勉強料――気を引き締め直すための投資にしようと考えていた。


 やがて条件に一致する台を発見した私は再び諭吉を吸い込まれ回し始めることにした。

 始めてから十五分ぐらいだっただろうか。

 回し始めてからの初めてのリーチ。射幸心をそそるライトの演出に目が血走る。

 

 来い……来い……来い‼︎

 気が付けば私は強い眼光を台に放っていた。

 というのも最近運が良くなかった。佐久間龍之介が突然会いに来たかと思えば財産を返せだの、なんだのと。鬱陶しいんだよ!


 あれは私の金だ。私が稼いだ金と同義なのだ。

 一体誰のおかげで高校に通い、生活できていると思っているんだ! 

 それを騙されたなどと……一丁前にガキが調子に乗りやがって! 

 虐げられることしかできない無能が噛みついて来てんじゃねえ。


 この世界は騙される人間の方が圧倒的に悪いんだ。


 少しいい顔をされただけで財産の管理を任せるようなやつはどうせ大人になっても搾取され続ける。

 だから私は何も悪いことはしていない。勉強料。高い勉強料さ。


 上手く渡り歩いていくための処世術を身をもって教えてやったのさ。感謝こそされど怒りをぶつけるなど言語道断。

 恥を知れクソガキが。

 

 先日の佐久間龍之介の来訪を思い出した私は不快になっていた。

 私のことをゴミ屑でも見るかのような眼差し。挑発的な態度。なにより本気になればいつでも報復を与えられると言わんばかりの言動。その全てが気に食わない!

 

 だが私にはその手に強い弁護士がいる。

 ギャンブルと女に注ぎ込み続けてはいるが裁判費用だけは別に隠してあるのだよ。

 そもそも資金力のない彼らに打つ手などない。学生たちに長期化する裁判を継続する資金力など皆無。せいぜい和解が限界だろう。そうならばこちらのものだ。うまく丸め込んでやる。


 そんな思考がよぎった次の瞬間だった。

 リーチ時の演出の中でも熱いものが来る。

 当たりが確定する映像。それは私の胸にすさまじい欲望を沸き上がらせた。


 ――とある筋の必勝法とやらを見極めてやる。


 それから数時間。

 やめ時を間違えなければピーク時で五万。手取りとしては四万円ほどの儲けがあった。

 ようやく私にも風が吹いて来た。


 ☆


 悪運がツイた彼の動向を観察し、尾行を繰り返した結果、情報自体に信憑性はあると考えても良さそうだった。


 むろん、泣かず飛ばずの日もあったが、かなりの高確率で当たりを引き続けていたからだ。

 さらに換金後は、黒服の男に勝ち分いくらか――おそらく二十%程度を支払っていた。

 おそらくなのだろう。

 

 私は深いところまで思考を練ってみる。

 ギャンブルは胴元が勝つように出来ているとはいえ、必ず当たりを吐き出さなければいけない。

 当たらない賭博場などには誰も足しげく通わない。


 バカも本当の意味でバカじゃない。ゼロサムゲームにすらなっていないと――当たらないと判断すればすぐにその店を見限る。


 よく当たると噂の店に足先が向かうわけだ。

 つまり、客引きのために

 そしてそれは幹部からの指示によって店長が設定しているという現実。


 そこに何かしらの法則、ルールがあったとしてもおかしくない。

 勝ちを確信した私は悪友に三十万円もの紹介料を支払い、遂にコンタクトを試みていた。


 その男はスキンヘッドにサングラス、高級そうな指輪をはめ、いかにもそちらの世界の住人だった。

 いよいよ私も堕ちるところまで堕ちてしまった。

 だが、確信してしまったからにはもう止まれない。引き返すことなどできない。


 酸いはもう十分味わった。これからは甘い汁だけを吸って生きていたい。

 スキンヘッドから契約内容を確認した私は印を押していた。

 これで私も明日から金に困ることはないだろう。

 最高だ。

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