第73話
闇金事務所のボスはクラッチバックに手を入れたかと思いきや、護身銃を取り出し、銃口を僕に向けてくる。
反射先は額から腕に演算が完了している。一から説明するよりは撃ってもらった方が早いかもしれない。
そんな思考をしている間にその銃口が後ろの部下に向けられ、すかさず発砲。
ボスの全身に凶々しい返り血が浴びせられていた。
「この業界じゃ裏切りはご法度でな。組織のトップを売るような部下は必要ねえのさ」
なるほど。どうやら僕が彼を脅してボスを誘き出したことを即座に把握したのかもしれない。
僕はゆっくりと立ち上がりロッカーや書棚を開ける。
中にはさっき処分した屑三人の死体を隠してある。
余談だけれど僕と九条さんが一層する社会のゴミは《空間転移の魔眼》で処理することになっている。
悲しいかな、日本でも犯罪者の数は多く、その都度公安が死体を始末するには限界があるらしい。
長官曰く「闇に葬った人数はもう覚えていない」とのこと。犯罪者の行方不明の裏に九条誠一郎の影あり。
今度は蓮歌さんの番だね。母親を早くにして喪った分、長官よりも容赦がなさそうだ。
死体を視認したボスは警戒はそのままに葉巻を吸い始める。
僕の言われた通り、来客者用のソファに腰を落として煙を吹かせていた。
さすが裏の人間。キモが据わってるね。
「ガキのくせに只者じゃねえな。俺に何の用だ」
ぷかーと煙の輪を吐き出しながら、背もたれに体重を乗せるボス。
この状況で平然と葉巻を吸えるなんて本当にすごいね。
僕はこれから話す内容に説得力を持たせるために、長官から預かっていた警察手帳を取り出し、彼の対面に座る。
「公安です」
「……ずいぶんと若いな」
「童顔でして」
僕のつまらない冗談にボスは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませながら、
「本題に入れよ」
「少々好き勝手やり過ぎたようですね。秘密組織が黙っていられなくなりました。反社とも繋がっている貴方なら翌朝すぐに分かるでしょうが、今晩いくつかの組織が潰れます」
「公安お得意の掃除か。で? 俺もその一人ってか? 警察が人を殺めるとは世も末だな。ずいぶんと手荒くなったもんだ」
「因果応報というやつですよ。他人を虐げていいのは虐げられる覚悟がある人間だけです。貴方に殺人を咎める資格はとうの昔にありません」
「……いってくれるじゃねえか小僧。だが違いねえな」
「ですが一度だけチャンスを上げます」
「聞かせろ」
僕は叔父の写真を取り出してから続ける。
「この男から取り立ててください。ただし、お金の回収が目的じゃありません」
「アん? 話が見えてこねえな」
「これから詐欺を働きます。この男は他人の財産をギャンブルに溶かすような人間です。警戒しながらも上手い話には必ず飛び付いてくるでしょう。貴方にお願いしたいのは契約書作成、そして締結後の取り立てです。非人道的な手段を用いた回収でも構いません。噂によれば海外では身体の一部は高値で取引されているそうですね」
「……お前、本当に公安の人間か?」
ボスが訝しげな視線で僕を睨んでくる。
「探り合いをするつもりはありません。やるかやらないか。生きるか死ぬかの二択です。お願いできそうですか?」
最終確認に入る僕。
ぶっちゃけ乗ってくれる可能性の方が極めて高いだろう。
とはいえ、多少勝算もあった。
おそらくボスは命欲しさに一旦承諾する素振りを見せるはず。
そこで他の組織一掃の裏付けも取ることだろう。おそらく彼が付き合いのあるところは音信不通になっていることだろう。
なにより長官は明日、表向きの報道も用意している。いわゆる見せしめだ。
追い詰められていることを自覚するはず。
そうすると今度は僕の身辺を洗ってくるに違いない。
この世界で僕が大切にしたい人たちは悲しいかな、鳴川さんと源さん、九条さんの三人ぐらいしかいない。
最後は僕が身を呈して守るまでもなく最強だし、残りの二人には《未来視の魔眼》と《悪夢の魔眼》、さらに九条さんに無理を言って《空間転移の魔眼》の魔眼フルコースでで安全を確保している。
何より二人にたどり着いた暁にはもれなく心臓麻痺が発作するよう《呪魔法》を全職員に発動済みだ。
部下が次々に不審な死を遂げていくところを目の当たりにすれば、これまで経験したことのない恐怖に支配されることだろう。
きっと僕の依頼を受ける以外の選択肢が思い浮かばなくなるのも時間の問題だ。
案の定、ボスの回答は、
「いいだろう。ただし、約束は守ってもらうぞ」
「ええ、もちろん(守るわけないでしょう? 叔父を地獄に叩き落とした後は貴方が奈落行きです)」
翌日。
二度と浮上することができない契約書が完成する。
あとは叔父に印を押させるだけだね。
えっ? どうやって締結させるつもりか、だって?
それは見てからのお楽しみだよ。
僕は競馬場や競艇場に駆けつけ、仕掛け人たちと接触する。
己が搾取される側に回った途端、どんな表情を見せてくれるのか、楽しみだ。
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