第72話
競馬場や競艇場、パチンコ店で仕込みを終えてから数時間後。
すっかり闇夜の時間帯になっていた。
僕はスーツを着て、とあるヤミ金(悪質業者)事務所の前に立っていた。
九条長官曰く、反社会的勢力と繋がっている組織だそうだ。
エージェントとして初めての任務。
内容は「潰せ」というたったの二文字。
しかも方法は全て僕に委ねてくれていた。
瞬間的に一掃するもよし。利用するだけ利用し尽くして壊滅させてもよし。君の好きにやりたまえ、とのことだった。
叔父のことを事前に相談していた甲斐があったというものだ。
狐のお面を被った僕は錠のかかったドアノブに触れる。それだけ錠が落とる音がした。
暗殺者の前に鍵なんてなんの意味も為さないしね。
侵入するや否や、早速怖そうな男がひーふーみー。四人ぐらいかな?
まあ何人いようとどうでもいいんだけど。
なにせこの事務所に在籍している大人は例外なく屑だと長官から聞かされている。
遠慮はいらないとのことだった。
つまり彼らは僕にとってもゴキブリと変わらないわけで。あまり目にも入れたくない。
「なんだてめえは!」
不法侵入者――それも狐のお面を被った人間が深夜に突然姿を現したんだ。そりゃ警戒もするよね。
ここが本当にゴミの集まりだと確信したのは、その一人がナイフをチラつかせて僕に近付いたときだ。
どうやら本当に遠慮はいらないらしい。
躊躇なく襲いかかってこようとしている彼に《危険察知遮断》を行使してナイフを奪う。それを右肩に刺したあと、解除する。
襲いかかったはずにも拘わらず、我に戻った次の瞬間にはナイフが肩に刺さっている。
意味のわからない現実に遠目で警戒していた彼らもようやく脅威の出現だと認知。胸ポケットに潜ませていた手を取り出し拳銃を取り出してきた。
うわぁ。マジで危険人物じゃん。
日本って安全な国だと思ってたけど、やっぱり裏にはこういう組織も実在してたんだね。
闇が深いや。
只者じゃないことを察知した彼らはすぐに銃を発砲。酷くゆっくりな鉛が四方から向かってくる。
とりあえず僕はその弾丸を右手で受け止め、お返しとばかりに四人に投げつけることにした。
「うがぁっ……!」と悲鳴を上げる反社たち。
とりあえずここのボスに用事がある僕はこの場にいる中で一番《気》がマシそうな一人の元へ。
お面を外して聞いてみる。
「あの、この組織で一番偉い人を探しているんですけど?」
「……ガキ、だと?」
お面を取った僕の顔を視認するや否や、驚きを隠せないようだった。
そりゃ見た目は高校生ぐらいの子どもが反社会的勢力と繋がっている闇金に乗り込んでくるなんて夢にも思わないはず。
当然だけど異世界に転移する前の僕じゃ考えられない奇行だ。
今だって正直あまり実感がないもん。
余談だけれど九条さんも現在動いているらしい。今夜は五つほど潰すらしい。
彼女曰く「ようやく生きる価値のないゴミどもを綺麗さっぱりすることができるぜ。ちくしょう。俺様はあんまり暴力が好きじゃねえってのに。腕が鳴るぜ」
と、心と身体がちぐはぐになっていた。楽しそうにぐるぐると肩を回していた姿が忘れられない。
たぶんあちらも容赦ないだろう。本当にご愁傷様だ。
そんなことを考えていると、僕の頭上に銃口が四つ向けられている。
被弾した彼らが痛みを堪えて立ち上がっていた。
今回は油断しない。徹底的にやらせてもらう。
一人に焦点を絞った時点で《
さて、どうしようかな。さすがに四人を相手にするのは面倒だし……仕方ない。
長官からは生きる価値のない非道と聞いているし、消えてもらおうかな。
「撃たない方がいいと思いますよ。死にたくなければ」
という僕の忠告も虚しく事務所に響き渡る四発の銃声。
穴が貫通したのは僕の頭――ではなくて発砲した彼らの額だ。
バタバタと後ろに倒れていく。
あーあ。だから言ったのに。死にたくなければ撃たない方がいいって。
まあ、誘発したのは僕自身ではあるのだけれど。
「なっ、なにが……なにが起きて」
「ごめんなさい。何も知らない貴方に説明するのは面倒なので、割愛させていただきます。とりあえず僕の質問に答えていただけますか? この事務所のボスはどこにいるんです」
手で銃を作って「バンッ!」と悪ふざけをして見せる僕。
冗談のそれも目の前で何人もの男が死んでいったところを見れば間に受けてしまうのかもしれない。
「ボッ、ボスはこの事務所にはいない」
「じゃあ申し訳ないですけど連れて来てもらえますか?」
「連れて来てって……」
「どれくらいかかりそうですか?」
有無を言わさないためもう一度手を銃の形にして聞いてみる。
「いっ、一時間! 一時間もあれば!」
「はっ?」
「十五分! 十五分くれ! ボスの自宅は事務所からそう離れていないんだ。それだけ待ってくれたら必ずここに連れて来よう。約束する。この通りだ」
「……それじゃどうして最初に一時間なんて言ったの?」
「そっ、それは……」
ビクビクと全身を震わせる反社。これまで似たようなことをやってきたくせに、いざ自分がされる側になったらこれだ。
他人にして嫌なことはしちゃいけないって小さいときに教わらなかったのかな?
今どき小学生でも知ってることだよ?
何度だって言うけれど僕は偽善者だ。
正義の味方なんて、幼少期に憧れていた存在になるつもりは微塵もない。
だから己の欲を満たすためだけに関係のない他人を巻き込むようなギルティは容赦なく裁かせてもらう。
もちろん中にはファイヤーマンのように悲しき過去を背負った上で復讐の鬼になった帰還者だっている。彼にはその資格があるだろう。
けれどこの事務所の人間は社会的に弱い女性にお金を貸して法外な金利で多重債務へ落とし、風俗に斡旋するような屑共だ。
嫌がる女性を強姦し、酒と薬漬けで精神を壊したことも一度や二度じゃないとのこと。
こういう事情が変わらない、分かりやすい悪に僕は容赦をしない。
それは正義感から来るものでは決してなくて、ゴミはゴミ箱に入れるのが当然だと思っているからだ。
だからこんな手も使う。
「まさか仲間を呼ぶ気かな? それとも逃げるつもりだったのかな? でもいいのかな。先日、成人したばかりなんでしょ? 別れた奥さまの娘さん。貴方たちがしてきたようなことをされてしまうかもしれませんよ?」
この効果は劇的だった。
「まっ、まっ、待ってくれ……! 娘は、娘は関係ないだろ! 殺るなら俺だけにしろ! その覚悟はできている」
僕はデスクに置いてあったボールペンを手に取り彼の眼球に触れる寸前で止める。
本当は片目ぐらい潰しておいてもいいかな、とは思ったんだけど、これから連れて来るボスに不審がられちゃうからね。
「十分待ってあげる。もしも一秒でも遅れたらどうなるか、分かりますよね?」
髪の毛から手を離し、さっさと呼んで来いと顎で命令する。
「ひぃっ……!」と短く悲鳴を漏らした彼は四つん這いで逃げるようにして向かう。
さて、それじゃ僕はボスの部屋で待っていようかな。一度座って観たかったんだよね。高級な椅子に。
☆
「窃盗犯の目星はついてねえのか?」
「それがまったく。綺麗に金庫の中身だけ持って行かれたようでして」
ボスの部屋で黒椅子に座って待っていると二人組の会話が扉越しに聞こえてくる。
一人は僕が脅した反社の声だった。
九分五十三秒。
ギリギリセーフだ。
やがてこの部屋の主が足を踏み入れるや否や、部下が頭を下げていた。
「すいませんボス」
「あっ?」
どうやら盗難という嘘を付いてここまで連れて来たようだ。それに対する謝罪だろう。
僕は満を辞して黒椅子を反転させてボスとご対面。
「こんばんは。夜分遅くにご足労いただきありがとうございます。立ち話もなんですからどうぞおかけにになってください」
ボスの見てくれはサイドに刈り上げで模様を入れた坊主頭にグラサン。ファーに高級そうな指輪という、見るからに闇金のドン、という感じだった。これまで数十人以上の女性の人生を破壊してきた人物だ。
貴方には何の恨みもありませんが、社会の屑なので消えてもらいます。
もちろん利用し尽くしたあとで、ね。
期待していますよ。これまで培って来た回収ノウハウが存分に発揮されることを。
叔父を絶望に叩き落とすことね。
「貴方にお願いしたいことがありまして」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます