第71話

 家から飛び出した僕はアポなしで叔父の家に乗り込んでいた。

 連絡をすれば必ず逃げられると思ったからだ。

《導の魔眼》で帰宅する時間を狙って突撃させてもらった。


 正直に言えば僕がこれからすることはちょっとした八つ当たり。ストレス解消だ。

 おそらく路傍の石ころのように扱われたことにむしゃくしゃしていたのかもしれない。


 居間でお茶飲を出す叔父に単刀直入に告げる。

「今日は両親の財産を返しにもらいに来ました」

「ごほっ、ごほっ、ごほっ……」

 叔父が茶を口につけたタイミングを見計らってそう告げる僕。

 僕の来訪自体、招かざる客だったわけだし、開口一番告げられたらそりゃ喉も詰まらせるだろう。

 なにより父さんと母さんが遺してくれた財産はすでに豪遊に溶けてしまっているのだから。


「げほっ、げほっ、とっ、突然、家に来たかと思えば……もしかして欲しいものでもあるのかい?」

「いえ。考え直してみたんですよ。両親の財産を叔父さんに管理してもらう必要があるのか。僕ももう高校生ですし、あと一年もすれば卒業です。お金の管理もこれから自分でやっていかないといけないでしょうし」


 淡々と告げる僕。

 金の切れ目が縁の切れ目とはよくいうけれど、妹との関係に亀裂が入ったのは僕たちの人生を丸ごと飲み込んだ轢き逃げ犯――と財産を奪い取ったが一因であることは明確。

 正直に言えば虫の居所が悪かった。


 もしも両親が他界していなければ――。

 もしも財産を略奪されていなければ――。


 僕は異世界に転移することもなく、普通の一般家庭でいられたかもしれない。

 もちろん転移先での出会いは僕に貴重な体験や価値観をもたらしてくれた。

 お金じゃ決して買えないものばかりだ。それは間違いない。

 けれどそれは一般人としての佐久間龍之介の死であることも意味していて。

 考えてみれば僕は叔父に一度殺されているとも取れるわけだ。


 僕のことを血の繋がった他人としてしか見ていない舞の目は異世界で数々の別れを経験した僕でも思うところがあった。


「……悪いがそれはできない」

「なぜですか?」

 ずいぶんと溜めてそれか。

 食い気味に聞き返す僕。


「龍之介くんはたしかに立派だ。両親が他界し、妹の舞ちゃんの世話まで。本当にすごい。けれど君たちはまだ子どもなんだ。私には君たちを破滅させないよう財産を管理する責任がある。だからあれだけの大金を一度に渡すことはできないのだよ」 


 わざわざ演技までしてしみじみ言い放った叔父の言葉に目が血走りそうになる。

 どの口が言うのさ。さんざん放任し、あげく必要最低限の生活費しか送金してこない外道が。しかも自分はその財産を使って豪遊三昧。ここで食い殺すぞ。


《導の魔眼》で真実を見透し終えているからこそ血管が破裂しそうだった。

 こんなにも怒りを覚えたのは久しぶりかもしれない。

 きっと怒りの連鎖が起きているんだと思う。やはり妹に他人宣言されてから日を開けるべきだったかもしれない。


 だからかな。つい僕も喧嘩腰になっていた。

「……本当は両親の財産を使い込んでいるじゃないんですか?」

「なっ――!」

 両目を見開いて驚きを隠しきれない叔父。お茶を机にこぼす。そりゃ図星だよね。ずいぶん分かり易い反応だ。


「突然連絡もせずに来ておいて失礼だぞ龍之介くん! 帰りなさい!」

「では通帳だけ見せていただけませんか。残額を確認するだけでいいんです。たしか5,000万はあったかと記憶していますが」

「なっ、なぜ君が金額のことを……」

 決まってるじゃないですか。《魔眼》で覗いたんですよ。とはもちろん言えないので、

「見せていただけないのでしたら、仕方ありませんね。家探しさせていただきます」

 あらかじめ《導の魔眼》で通帳のありかを把握していた僕は一目散にそのタンスへと向かう。

「まっ、待ちなさい!」

 さすがに不審もあっただろうけど、通帳のありか一直線に向かう僕に狼狽する叔父。

 今回は問答無用だ。気にせず引き出しに手を触れると、


 ――ドンッ!


「いい加減にしないか!」

 ハエが止まりそうなほどスローモーションの引き剥がしをあえて受ける僕。

 復讐の炎をより燃え上がらせるためだったとはいえ、これはマズいな。想像以上に不快だ。


「帰りなさい!」

「……帰りなさい? ははっ。佐久間龍之介に帰る場所なんてありませんでしたよ?」

「なに?」

「こんなに慌てて……さてはやっぱり使い込んでしまったんですよね? 正直に告白していただけませんか。バカな兄妹ガキだったぜ、と」


《破》を瞳に込めた僕は叔父の理性を緩ませる。

 この魔法には相手を逆上させて襲わせる、格下の相手の口を割らせる、といった応用も可能だ。前者は《逆襲破》、後者は《口破》という。

 全て吐き出したくなる想いとそれが意味することのマズさがせめぎ合っていることだろう。理性が勝つが本音が勝るか、見ものだね。


「……ああ。じゃあ正直に言ってやるあげるよ龍之介くん。君たちの財産はもうとっくにない! いやぁ、実にいい商売だったよ。ちょっと親切な親戚を装っただけで5,000万だからね!」


 ずいぶんと軽い口ですね。

 余談だけれど《口破》は精神力に応じて口が割るまでの時間が比例するように伸びる。

 それだけ僕が漏らしてしまってもいい、見下してもいい子どもだと思われているということだ。なめられたものだね。


「やはり溶かしていたんですか。お金は何に?」

「ギャンブルに女。そりゃもういい想いをたくさんさせてもらった。お礼に良いことを教えてあげよう」

 結構です、と喉元まで出かけていたのだけれど、《口破》で次に出てくる言葉が気になった僕はあえて耳を傾けることにした。


「人間は二種類に分類されるんだ。搾取する者とされる者。バカや愚者はいつだって虐げられる。けれどその現実に文句を不満を言う資格なんてない。なぜなら搾取される側に回った時点で人権なんてないからさ! ずいぶんと高い授業料にはなったけれど、これで君の目も醒めたんじゃないかい? 悔しかったら奪う側に立ちなさい。おっと。くれぐれも私に八つ当たりなどはよしてくれよ。私は法律関係も強くてね。たとえ君が少年でも容赦しないから」


 叔父は暗に5,000万を諦めろと言っていた。

 まあ今となっては返済能力皆無だし、回収はもうほぼ不可能だと自覚しているけど。


 でもこれだけは堂々と宣言しておかないとね。

「ありがとうございます叔父さん。たしかに目が醒めましたよ」

「そうだろう、そうだろう。わかったら――」

「――ですから僕は本日、現時点をもって搾取する側に回ります。手始めに……そうですね。僕も一度殺された身ですから貴方の命をもらおうかな」


 こうして僕、佐久間龍之介は【七つの大罪】の中でも特に罪が大きかった強欲に宣戦布告をすることになった。


 きっと叔父は想像もしていないだろう。

 たかが法律ごときじゃ自分の身を守れないことを。

 なにより今となっては公安の公認(もちろん暗黙の了解だけれど)で復讐リベンジを果たされようとしていることなんてさ。


 悪いけれど今回は僕も本気だから貴方の命を頂戴するときは魔法の類は一切なしのリアルな恐怖を味わってもらいます。


 言うべきことを伝え終えた僕は叔父が入り浸っているという競馬場や競艇所、パチンコ店へと向かう。


 やられたらやり返す。那由多倍返しだ。

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