第75話
【叔父】
深夜。私は黒服の男たちに物流倉庫に連行されていた。
股下に穴が空いた椅子に座らされ、両手両足に拘束具を縛りつけられる。
「ひぃっ……! やめてくれ! お願いだ! 金なら必ず用意する! 用意するから!」
闇取引に手を出してしまった私は見事に嵌められてしまっていた。
現在では土地を売り払い、金になりそうな物を全て没収されて無一文だ。
関わりを持ってしまったのが裏の人間だと分かるや否や、周囲の弁護士らは腫れ物を扱うように私を避けていく。
それはさながらモーゼの海割りのように。
しかも騙された契約内容により毎月まとまった金を振り込まなければいけない。
彼らが強硬手段に踏み切ることができるのは私が
最初こそ勝ち続けていたパチンコ店も球の出が悪くなり現在では搾取されるだけ。
どうやら店側とグルになっていたようだ。
金を貸してやった恩を忘れて私を売るとはなんたる卑劣! 必ず見つけ出して私が受けた地獄の苦しみを与えてやる。
もはや私が自我を保っていられるのは悪友への復讐心だけだった。
「おいおい。先月も同じようなこと言ってただろ? 前月分と合わせて五十万。さっさと用意しねえと死ぬぞ――男性機能が」
拘束具で強制的に座らされた椅子は股下が切り取られていた。
先月も受けた痛みが脳にフラッシュバックする。
重石がくくり付けられている縄を遠心力で回し始める黒服。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……! もうあの痛みを味わうのは嫌――、
「――いぎゃああああああああっ! んんっ、んんんん、うぎゃああああああああ‼︎」
ぶんぶんと空気を割きながら振り回したそれは勢いそのままに股に直撃。
思わず舌を噛みちぎりたくなるほどの痛みが股間から全身に駆け上がる。
口から泡が吹き出し、視界が反転するにも拘らず、意識を失うことができない。
かろうじて意識を保つことのできる激痛。この拷問が効果的であることを彼らは熟知しているのだ。
どうして私がこんな目にあわなければいけないのか。私が何をしたというんだ。
痛い、痛いっ、痛い! 誰か助けてくれ!
「俺らが欲しいのは払いますなんて言葉じゃねえんだよ。ゲンナマ! 現金を持って来ることだ! ……おい、あいつを連れて来い」
私が契約を結んだスキンヘッドがそういうと倉庫から白衣をまとった男がやって来る。
なんだ、次は何を、何をさせられ――。
恐怖に支配された私は全身を激しく揺さぶって拘束から逃れようと試みる。
だが、コンクリートに打ち付けられている金具はビクともしない。
その現実に絶叫せずにはいられない。
「――いやだああああああああっ! もう痛いのは、苦しいのは嫌だああああっ‼︎ たっ、助けてくれお願いだ! 金は払う! 消費者金融でもどこでも! 借りて払うから! だからお願いだ!」
懇願する私の叫びなどガン無視。
後から入ってきた人間が私の前に立つ。
彼が闇医者だと認識したのは私の眼球を無理やり開き覗き込んで来たときだ。
「……両目は、そうですね。十万で買取ましょう」
「おいおい買い叩いてんじゃねえぞボッタクリが。市場価格を下回ってんだろうが」
「最近は公安の犬が鼻を利かせてるんです。こちらも色々と大変なんですよ。これでも贔屓にさせてもらってる方なんですが」
「じゃあ
「こちらは開いてみないと何とも言えませんね。えっと――喫煙やアルコールは日にどれほど?」
闇医者が私の両目を覗き込むように聞いてくる。
気が付けば私は失禁してしまっていた。
「膀胱は割引させてもらうかもしれませんねこれは」
「お願いします、お願いします、お願いします。何でもしますから何でもしますから命だけは! 命だけは助けてください!」
「生殺与奪の権を握っているのは私ではありませんのでそう言われましても。それと睾丸は最安値での買取になりますからね。あれでは使い物になりませんから」
商品。その言葉に血の気が引いていく。
ああ、ここにはまともな人間がいない。
「チッ。爪に切り替えろ。これ以上買い叩かれるわけにはいかねえ」
「まったく。人を悪徳商人のように言わないでいただきたいのですが」
黒服の男が私の拳を広げようと指に触れてくる。
「嫌だ! 爪は……爪も嫌だ! もう剥ぎ取らないでくれ! 痛いのはもう嫌なんだお願いだから、お願いだから――ぐふっ!」
「手間をかけさえるな家畜。食べられたくないと鳴く豚が辿る道なんて一つだろうが」
――バキィッ‼︎
「いぎゃああああああああああっ! 痛い痛い痛い痛いいたああああああああああーい‼︎」
ベンチで指の爪を思いっきり剥がされる。
空気に触れるだけでも激痛。早く病院に……誰か、誰か、誰かぁっ……!
「この程度の痛みはまだまだ序の口ですよ? なにせ貴方の身体を下ろすときは麻酔なしでメスを入れるんですから」
狂気的な笑みを浮かべる闇医者。
世の中には人間を切り刻みたくて医者を志した変態も少なくないと聞く。
目の前の彼も例に漏れずだろ。サイコパスだ。彼は人間を解剖することに興奮するタイプに違いない。
ガチガチと歯軋りが止まらない。
決して寒くないはずの倉庫にも拘らず、寒い。全身が大きく震えている。
私はどこで間違った⁉︎
大金が転がり込んで来たときまでは間違いなく追い風だったはず。
……龍之介! そうだ龍之介が私の家に来てから不幸なことばかり相次いで……!
あの疫病神め!
「両目、臓器と言わず使えるところ全部入れていくらだ?」
「そうですね……七十万〜百万前後といったところですね」
「……チッ。詐欺ってんじゃねえぞヤブ医者が。まあいい。おい、連れて行け」
スキンヘッドがそう言うと黒服が私の顔にマスクを被せてくる。
きっと闇医者の治療室まで私を搬送するつもりだろう。
必死に暴れ回る私だが抵抗虚しく両手を拘束されたまま車に押し込まれる。
叫び声を上げられないように口に筒を噛まされて運び出されたのはやはり薄暗い手術室。チカチカと照明が切れかかっている。
病院で目にするようなものじゃなく〝人体実験〟などという単語がよぎる生々しい部屋だった。
至るところに飛び散った血痕が私から血の気を引かせていく。
地面がぐにゃりと歪み底から落下していくような錯覚。
瞳孔が見開き呼吸が浅くなる。人は本当に恐怖に支配されると言葉が出なくなるというが、よもや本当のことだとは。
「これから解体する前にどうしても貴方を一目見ておきたいという方が居られまして。きっと最後の会話になると思いますので思い残すことなく話してくださいね。それでは後ほど」
黒服が両手両足の拘束具を外して闇医者と一緒に手術室を後にする。
なんだ何が起きて……?
いや、なんでもいい。脱出するチャンスだ。彼らの目を盗んでここから逃げるんだ。
ここまでされたら警察も動かないわけにはいかないはず。
手術室にある小さな小窓を見つけた私が一目散に駆けつける。
が、何かに足が引っかかり盛大に転げてしまう。薄暗く視界が悪いせいで何かに引っかかってしまったようだ。
つまずいたものに目を凝らして飛び込んで来たのは――。
――硬直した人間だった。
「うわああああああああああああああああああああああああああーっ‼︎」
恐怖のあまり絶叫してしまう私。
そのときだった。暗闇の奥からカツカツと小耳に良い足音が聞こえてくる。
私は向かってくる足音から無意識に遠ざかっていた。立つこともままならず、這うようにしてだ。
ようやく顔半分ほどに点滅する照明が当たる。現れたのは全く予想していない――けれどよく見知っている人物だった。
「こんばんは。約束どおりあなたの命をいただきに来ました。搾取される側に回った気分はどうですか?」
そこにはとてもただの高校生には思えない達観した少年――佐久間龍之介が立っていた。
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