第64話

「死ぬなよ佐久坊」

 九条さんは狐の仮面をかぶったまま忠告してくる。

 彼女の全身に開設された《魔力回路》から淡い光――《魔力》が熾る。


 間違いなく大技だ。

 一体何を仕掛けてくるつもりなのか。

 緊張と期待を込めて彼女が放つ魔法に目を凝らしていると――、


「…………いやいやいやいや!」

 僕を囲むようにして現れる小さな穴。

 それは言うまでもなく別空間との狭間。

 そこから槍や刀の刃先が顔を覗かせていた。


 日本には銃砲刀剣類所持等取締法がある。

 没収された凶器や刃物は数知れないだろう。まさかそれらをこんな形でお目にするとはね。予想外にもほどがあるよ。


 いくら【暗殺者】と言えど土砂降りの雨を一滴も浴びることなく通り抜けるのは不可能なわけで。

 無数の凶器を一斉に放出されて避ける術はない。

 最も安易な回避方法――《全反射フル・リフレクション》で跳ね返すカウンターを試みた次の瞬間、


『あらあら。死ぬわよ?』

《未来視の魔眼》の所持者、魔女のウィルが肩に降りながら注意してくる。


 脳に直接流れ込んで来たのは《全反射フル・リフレクション》の反射範囲内に刃先が入った瞬間、九条さんは一斉に凶器を引き上げるという離れ技に出ていた。


 本来、反射させる対象は僕に向かって、すなわち一方的に迫ってくるわけで。だからこそ反射が活きるわけだ。

 けれど反射させる引き金トリガーが発動した瞬間に、対象を逆方向に引くとどうなるか。《未来視の魔眼》が流して来る映像を確認した方が早い。


 ――僕は遠ざかろうとした凶器を自ら引き寄せてリアル黒ひげ危機一髪状態になっていた。全身に刃物が貫通し、見るも無惨な光景が広がっていた。


 ……怖っ! いや怖いよ!

 本来待っていたかもしれない結末もそうだけど、《空間転移の魔眼》を使い熟し過ぎでしょ?

 移植が成功してから三週間しか経ってないのに、もう僕にとどめを刺しかねないレベルにまでなってんの⁉︎ ちょっと成長が早過ぎじゃないかな⁉︎


 もちろん裏には第三世代の勇者の右腕、【白い暗殺者】がいるだけでなく、魔眼の移植成功による強化特典もあるわけだけど……それにしても強過ぎる。うかうか油断もしていられない。


 というわけで《全反射》を引っ込めて、一本一本捌く方向にシフトする僕。

 聖剣《エクスカリバー》は空気抵抗が大きい。双剣に変更して弾き返していく。

 ……ちくしょう! なんで《全反射》を展開してないとそのまま向かってくるのさ!

 

 ――ガゴン‼︎ バギン‼︎


 甲高い音が次々に無人島で響き渡る。

 そもそも当たり前のように転移させられているけど、この島どこなのさ!

 そんな僕の疑問など知るよしもない九条さんはひたすら凶器を放出! 放出! 放出!


 仮面のせいで表情が読み取れないけど、絶対笑ってるに違いない! 

 僕の本能がそう告げていた。


 ☆


「……はぁ……はぁ……もう動けない。ギブ、ギブアップ!」

 全ての凶器を弾き終えた僕は大の字で息を切らせていた。

 滝のように大量の汗が全身から吹き出していた。


 ある程度《空間転移の魔眼》使いこなしてくるだろうとは思っていたけど、まさかここまでとは……。恐るべき移植の特典効果。

 いや、九条さんの特訓の成果でもあるのか。

 

 ぜーはーと盛大に息を吐く僕を見下ろすように九条さんがやってくる。

 彼女は狐の仮面を外し、


「三週間ぶりだな佐久坊! 気分はどうだ?」

「最悪だよ!」

「あア″ん? そこは久しぶりに九条さんの顔を見れて嬉しいです! だろうが!」


 怒髪天をつくと言わんばかりの九条さん。

 魔眼を開き、別空間に保管されているであろう凶器がまた何本か顔を覗かせていた。


 この人は絶対にチカラを持っちゃいけないタイプの人種だ! 脅し方が恐ろし過ぎる!

「どうだね佐久間くん。蓮歌の教師役は務まりそうかね?」

 ……ああもう。


 気配を遮断させていた長官がどこからともなく僕の前に現れる。

 なるほど。さては僕にボコられたことを根に持っていましたね?

 腰に手を回し、嫌味たらしい笑みを浮かべながら見下ろしてくる九条長官。


「勘弁してくださいって……」

 九条さんたちとの再会は本当に予想外なものだった。

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