第65話

「21年間も修行していた⁉︎ いやいやいや! ヤバ過ぎでしょ《空間転移の魔眼》!」


 九条さんの肩慣らしに付き合わされた僕は長官室に強制帰還させられている。

 彼女は来客用の椅子に深々と腰を下ろしていた。僕にトドメを刺しかねない、急成長を遂げたカラクリを説明し始める。


 どうやら魔眼の移植成功後、長官は戦闘におけるイロハを1から10の内、2ぐらいまでしか教えず、その後は放任していたらしい。

 

 そこで九条さんは《空間転移の魔眼》により時間軸が特殊な世界線で修行することになったそうだ。

 この世界では1日が24時間、1年が365日の単位で活動している。

 けれど彼女が転移した別空間では1日がなんと8,760時間! 

 この世界の時間単位で換算すると1年分!!

 そこに3週間、21日間ずっと篭って修行していたそうだ。


 銃砲刀剣類所持等取締法により没収した凶器を別空間から転移させて放出する《天衣無縫》を独学で編み出したというのだから彼女が持っていたポテンシャルは想像の遥か上を行く。

 まあ、実父が異世界に転移されられた器である点、親族間での魔眼移植手術の成功率上昇、成功後の《魔力回路》開設、肉体強化、魔力量増加などの特典を考えれば、妥当ではある。


 ちなみに、《天衣無縫》は九条さんの命名だ。前々から思っていたけど彼女はサブカルが好きなようだった。

 異世界でも通用する順応性と適応力を持っていると思う。


 というかあのリアル黒ひげ危機一髪を自分で創り出した……?

 怖っ! いや、マジで怖っ!

 これもうこの国で犯罪を犯すことは死刑と同義になったんじゃ……?


「暴力系ヒロインってあんまり人気ないそうですよ?」

「あ?」

「なんでもありません!」


 この人本当に警察なの? 

 むしろ極道あっち系の人じゃない?


「だが俺様も驚いたぜ。特に実父から異世界から帰還した云々と聞かされた日には、いよいよ痴呆症が始まったかと思ってよ、本気で安楽死の名医を探したぜ」


「いや、何で殺す前提なのさ! そこは痴呆症の名医じゃない⁉︎ なぜに安楽死⁉︎」

「はっはっはー! 実に面白い冗談だ」

「いや長官も笑っている場合じゃありませんからね⁉︎ 実娘に殺されるところだったんですよ⁉︎」


「本当に相性がいいな君たちは。蓮歌がこんなに楽しそうにしている姿は初めて見たよ。安心して任せられそうだ」

「だってよ佐久坊。これで親公認だ。いつでもウェルカムだぜ?」

「何が⁉︎ 何がウェルカムなのさ! 僕はノーサンキューなんですけど⁉︎」


 全力でツッコミを入れる僕だけど、楽しくなかったと言えば嘘になる。

 ううん。むしろ満更じゃなかった。

 異世界から帰還した以上、基本的には孤独だと思っていたからね。特に魔法方面に関しては墓場まで持っていくことになるんじゃないかと頭をかすめたときもあった。

 異能を行使する僕、という人格を形成する上で切っても切り離せない一面を隠さずに話せる相手ができたことも《桜四係》の加入するメリットかもしれないね。

 

 ☆


 九条親娘の魔眼移植が成功したこと。

 別空間で彼女が修行したこと。

 異世界という存在が決して夢物語ではなく、実際に存在すること。

 異能や魔法を持ち帰ってきた帰還者がいること、など。


 僕と長官が認識している情報について、九条さんは

 どうやら長官は移植手術の際、異世界での記憶を魔眼に複写し、それを手術後に映画でも見るかのような軽い気持ちで鑑賞させたらしい。

 それが魔法や異世界などのファンタジーに現実味を沸かせ、受け入れるのに功を制したようだった。


 ただ、雑談まじりに確認したところ、やっぱり僕のことは不審に思っていたらしい。実のこなしや体術が一般人のそれじゃなく、明らかに超越していたからだ。


 まあ、一般の高校生がテロリスト撃退なんてのは明らかに異様だもんね。無理があるのは自分でも分かってはいたけれど、その疑惑や謎が解けたようで良かった。


 とはいえ、新たな摩擦も生まれていて。

 彼女の魔眼はすでに開眼者の人格が消滅しているタイプのものだ。

 だから九条さんのバックには契約された魔女はいない。


 けれど魔眼の移植が成功したということは、シルやリゼ、ウィルの姿までバッチリ視えるということで。


 九条さんはそれがなぜか気に食わないのか、(自分も魔女と契約したかったのかな?)さっきからバチバチと火花を散らしていた。


 余談だけれど魔眼所持者同士が対峙した場合、一歩も動くことなく決着がつくことも少なくない。

 瞳術や幻覚、魔眼のかけ合いなどで勝敗が決するからだ。


 魔眼の睨み合いというのは相当危険な状況であることを意味している。


ご主人マスター、大変お言葉ながらシルは彼女のことが好きになれそうにありません』

『シルと同感ね。私も嫌いな女だわ』


「おうおう。好き勝手に言ってくれんじゃねえか。佐久坊も俺様というものがありながら、魔女を何人も侍らせやがって……正直、失望したぞ」


「いや、あのお三方とも、魔眼で睨み合わないでもらえる? 魔眼の直視って割とシャレにならない緊張状態だよ?」


『誰のせいで睨んでいると思っているんですか/のよ!』

「誰のせいで睨んでいると思ってやがる!」

 シル、リゼ、九条さんから魔眼を開いた状態で睨まれる僕。あっ、死んだかも。

 

 ちなみに長官は口の端を持ち上げながら絶体絶命を静観。

最年長魔女のウィルもくすくすと押し殺すようように笑いを浮かべている。

 どうやら年配者には微笑ましい光景らしい。もちろん僕は一切笑えない。

 大人の余裕が羨ましい。うん、笑ってないで助けて。


 ☆


 魔女と九条さんの一発触発がしばらく続いたあと。

 どうやら《桜四係》としての話があるらしく。さっきまでの空気とは違った緊張感が走る。九条父娘の顔付きが一変した。

 こういう切り替えの速さは素直に感心する。まさしくプロとはこういう人たちのことを言うんだろう。


 だからこそ僕もようやく切り出すことができた。

「今日はお二人に報告しておきたことが二つあります」

「ほう。なんだね?」「聞かせろ佐久坊」


「まだ詳しいことは決めていません。ですが、もし反省の色が見えなければ一人、親戚を奈落の底に落とすかもしれません。《桜四係》の特権である《暗黙の了解》を承諾いただきたく思います。と言っても魔法の行使による復讐ではなく、ハンムラビ法典に乗っ取り目には目を、歯には歯を、ですね。本件の後始末に動くのは、捜査課になると思われます。根回しなどをお願いできますでしょうか」


 僕の申し出に九条長官は全く顔色を変えずにただ黙って聞いていた。ここまでポーカーフェイスで他人の話を聞けるのは一種の才能、スキルの域だ。やっぱり師匠に完成度が高い暗殺者だと言わせるだけのことはある。


「詳細を聞こうか」

「僕と妹の財産を騙し取った叔父に詐欺をしかけます」

「承知した。では詳細が決まり次第、速やかに報告してくれたまえ。根回しは私の方で済ませておく」


 おっと!!! まさかの即答とくるのか!

 まあ、僕を《桜四係》に勧誘する前にあらゆる情報――なんなら重箱の隅を突くようなことまで調べ尽くしたに違いない。


 当然、両親の死後のことも把握しているだろうし、その後の生活のことも認識しているのだろう。だから即決できた。

 僕が魔法を行使できる帰還者という視点から考えられる展開を予め読んでいたわけだ。

 なるほど。本当にきな臭い相手だ。


「もう一つも伺おうか」

「長官が把握している人物かどうかは分かりませんが、帰還者と遭遇しました。火属性の魔法使いです。おそらく一報を耳にされていると思いますが○○で発生した火事の犯人です。僕はファイヤーマンと呼んでいますが


 さすがの九条長官の眉が微動した。

 一応は公安の人間だ。みすみす犯罪者を見逃したなどと堂々と告げられれば、何かしら思うところはあるだろう。

 

 くどいようだけれど、僕は《桜四係》に属することでストレスを溜めるつもりはない。

 警察組織の事情などお構いなし。思ったこともバンバン口に出すし、同意できない、気乗りしない任務があればいつだって降りるつもりでいる。空気を読むつもりなんてさらさらないわけだ。


 けれど、僕が異能を行使することで善良な市民が助かるならば、喜んで引き受けるつもりもあって。無償でもボランティアでも全然構わない。


 だからファイヤーマンの虐げられてきた過去、復讐したい気持ちという――白黒付けられないグレーゾーンも自分の正義感を信じることにする。


 そういったことを全て説明し終えると、

「事情は理解したよ。安心したまえ、と主張するつもりは微塵もないが、佐久間くん、君は《桜四係》の中でもありがたい分類の存在だ。魔法という物理法則では決して説明できない異能を隠しつつ任務に当たってくれるのは我々としてもありがたいのだよ。むろんファイヤーマンを捕獲して欲しかったという想いはとうぜんあるが、元々君には何の責任もないことだ。むしろ小さな命を救出してくれたことにお礼を言わせていただこう。ありがとう。とはいえ、市民の安全・安心を守るのが私たちの役目だ。こちらはこちらで動かせてもらう。ちなみに火属性の魔法使いについてだが、おそらく――」


 ――


 長官はそう告げてきた。

 さすがに認知している存在だと思っていたので、目を丸くする僕。

 

 けれど、そんな告白よりももっと衝撃的な言葉が待っていた。

「《桜四係》には帰還者を察知できる者がいるが、彼曰く、ここ数日で帰還者が二桁台と凄まじい勢いで増えている。これは由々しき事態だ。油断すれば彼らの存在はすぐに一般市民にも行き渡るだろう。報道抑制もどこまで働くは分からない。そこで新たな組織を創設することにした。《桜四係》全員に新たな任務を与えるつもりだ」


「聞かせろじじい」

「帰還者を保護する目的の施設を創設する。そこに彼らを通わせる」

「保護という名の監視、ということでしょうか?」


 ここに来て帰還者の増加。

 昔からそういった存在はいただろうけれど、僕の代でたまたま増えた?

 うーん、先が読めない展開になってきたな。手を引くならここだけど……。

 もしかしたら他の《桜四係》と顔を合わせる日も遠くなかったりして。

 あんまり気乗りはしないね。


「佐久間くんが色々と危惧するのも理解できる。だが、異世界からの帰還者は何も君のような異端ばかりではない。中には《魔力回路》が擦り切れ、指の数ほど魔法を行使できない者、不特定多数に甚大な悪影響を与えることが恐れのない者、異能や魔法が限定的な者、周囲への影響が微力な者など、だ。日本政府、さらに言えば世界が帰還者の存在を公開するまでは公にすることはできないのだよ」


 九条長官は息継ぎをしてから続ける。

「さらに頭の痛いことにこの国に異能を持った諜報員が潜入した」


 ちょっ……!

 なにこの怒涛の展開。

 速すぎて着いていけなくなりつつあるんだけど。この三週間、水面下でどれだけのことが動き始めているのさ!


 聞きたいことや確認したいことが山のように思い浮かぶ僕。

 その中でも特に気になったのが、

「どうして他国の諜報員が潜入したと分かったんですか?」

「ここ数日で7人以上の公安からの連絡が途絶えた。誠に遺憾だが生きてはいないだろう。さらに先日に中央省庁へのハッキングが確認された。どうやら本国の帰還者の情報を掴みに来たらしい。むろん機密事項は魔眼により別次元に転移させてあるから奴らも接触せずに情報入手することは諦めるだろう」


「接触せずには、ですか」

 わーわーわー。もう先を聞きたくないんだけど。もうこれ接触しに来ること確定って言っているようなもんじゃないか。それに相手が帰還者なら機密事項の隠し場所が能力者に通じていることがバレるのも時間の問題。


 ということは――。

「蓮歌をダシにして諜報員を炙り出す。国民が皆眠りについた闇夜の攻防になるだろう。まさしく公安、エージェントとして暗躍だ佐久間くん。君には彼女と二人一組となって任務に当たってもらう」


「……倍増している帰還者との接触、監視施設への勧誘は他の《桜四係》が?」

「そうだ。なに情報量こそ多かったが舞台配置や作戦は私が担当する。君たちにはわかりやすいシンプルな指示だけ与えるつもりだ。難しく考えなくてもいい」


 そういう長官をよそにニヤニヤしている九条さん。

 このあとの言葉が素直に怖い。

「つーわけでまたコンビ結成だ佐久坊。安心しろ。明日、明後日の話じゃねえよ。ほら行くぞ!」


 強引に僕の肩に手を回してくる九条さん。

 このあと飲みにでも連れて行かれるようなテンションだ。

 彼女は魔眼を開いたかと思いきや、また僕を何処かに転移させてくる。


 そこにはベッドしかない部屋だった。

 嫌な予感が背筋を駆け上がってくる。

 まさか――、


「あの、九条さん? ここは一体」

「見りゃわかんだろうが。セ○クスしないと出られない部屋だ」

 ……Oh。世界一無駄な魔眼の使い方だよ!!!!

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