第63話
――という展開を《未来視の魔眼》で覗いた僕は躊躇なく《全反射》を発動する。
魔法を行使せずに乗り切られるのかどうかを事前に確認したわけだ。
さすがに幼女を庇わなければいけない状況で出し惜しみするわけにはいかないからね。
というわけで、僕は切り札である《未来視の魔眼》で先の展開を把握。
爆発するタイミングで《
ただし、ベクトルの向きや貫通させるエネルギー量などを演算――《導の魔眼》で調整する。
窓を背にした状態からこの場を後にさせてもらう。マットに落下できるだけの風力を残し、熱量等々は四方八方へ散らす。
まるで身体に巻き付けられた綱を引っ張られたように建物から外に飛び降りる僕。
レナちゃんを抱えながら警戒を怠わらない。視線を逸らさずに落下していく。
すると次の瞬間、
――ドドドドォォォォッ‼︎
形を維持出来ずに建物が全壊。
周囲に熱を浴びた強力な風が周囲に吹き付けられ残骸へ飛び跳ねる。それは別の施設などに衝突し、二次災害を巻き起こしていた。
当然ではあるけれど《未来視の魔眼》で覗いた展開と異なる行動を取れば、待ち受ける現実も変わってくる。『因』が変われば『果』も変わる。幼稚園児でも理解できる関係性だ。
本来なら僕が一身に請け負うはずだった爆風や風圧、突進してくる残骸などを《
出来ればどさくさに紛れて退散して欲しいんだけど。ファイヤーマンにとってもその選択は充分にあり得るはず。
だって彼にはレナちゃんの父親以外に復讐を果たさなければいけない人間が複数人いるからだ。悪いけれど色々と《導の魔眼》で覗かせてもらったよ。
もちろん後を追いかけられないわけじゃない。追跡は【暗殺者】の必須スキルだ。それは異端の僕でも例外じゃない。
けれど向こうから引いてくれるならそれに越したことはないと、判断していて。
おいおい、放火魔をみすみす見逃すのか、という指摘はごもっとも。
僕が後を追わないと判断した理由は二つ。
彼には断罪する資格があると思ったからだ。
もちろん娘の移植手術が云々が嘘だった可能性もあったわけで。けれど、あの表情を僕は知っていてさ。
最愛の息子/娘が戦争から帰還できなかったことを報告されたとき、親が見せる顔と一緒だ。
絶望、悲しみ、後悔、悔しさ。
そして、復讐したいというドス黒い感情。
それが色濃く出たとき、みんなあの顔をする。
さらに言えば彼はまだ人間の心もきちんと残っていた。僕をただの少年だと思った彼は燃やしたくない、逃げてくれと告げてきた。
無差別に大量殺人するような人間じゃない――と信じることにした。
願わくば、断罪させるべき人間だけを襲うことを彼に期待する。
僕は《桜四係》――警察組織に属したわけだけど、ただの綺麗事、正義感だけで動くつもりはない。いつだって善と悪は表裏一体だと思っている。
僕の価値観は、〝死んだ方がいい人間〟は死ね、だ。
もしもファイヤーマンの言っていることが本当のことだとしたら、レナちゃんや彼女の母親には悪いけれど、パワハラと絶望を与えた上司はこの世から消えた方がいい。
『誰かの味方をするということは誰かの味方をしないということなんだ』
好きなアニメの台詞だ。
僕の価値観にも影響を与えている言葉。
もしもレナちゃんだけの味方をすれば、ファイヤーマンの絶望や苦悩を全否定することになる。
彼が上司から受けてきた仕打ちを『だからと言って復讐は何も生まない』と諭すことになるわけだ。
異世界での戦争を経験した僕からすれば、それは違うと断言したい。そんなもののはただの戯言で綺麗事だ。
人を虐げるということは虐げられても文句を言えないことを意味する。
だから断罪するなら関係ない人を巻き込まない形で執行して欲しい。
今回は無関係な幼い少女の命がかかっていたから全力で阻止させてもらった。
もちろんまた少女を襲おうというのなら今度は容赦を加えるつもりはない。
レナちゃんの身に危険が及ぶようなことがないようすでに《未来視の魔眼》の対象に追加済みだ。
次に対峙するときは傍にレナちゃんがいないことを切に願う。
……さあ、どうする?
僕はファイヤーマンが立つ高層ビルの屋上に視線を向ける。
どうやら彼は僕の聖剣と同じように《宝具》を持ち帰って来ていたらしい。
ライフルに装着したスコープ越しにこちらを狙いを定めていた。もちろん標的はレナちゃん。
一般人には決して見えないだろうけれど、彼の殺意がはっきりと標準として可視されている。
建物の中では自然物と同化していたせいで《感情嗅覚》に取りこぼしがあったわけだけれど、そんなはっきりと向けられたら、目を瞑っていても察知できるよ。
挑発的な視線で見上げる僕。撃てるものなら撃って来い。視線でそう告げる。
「おかあさんっ! おかあさんっ!!」
母親が駆けつけるや否や胸の中で号泣しながら抱きつくレナちゃん。
彼女の母は涙ながらに「ありがとうございます! ありがとうございます!」と感謝の意を示してくれる。
おそらくここだ、と思ったんだろう。
銃口から禍々しい呪いを感じる弾丸が放出された。
レナちゃんの額を貫通させるつもりだろう。僕は彼女の額に触れるふりをしながら「よく頑張ったね」と言葉をかけながらその弾丸を手で受け止める。キュルキュルと音を立てながら超高速で
ただの弾丸と化したそれを勢いよくリリース。それはレナちゃんの額を劈くための軌道を後戻りしていく。
今回は警告の意味を込めて色々と芸を忍ばせてもらった。
投げ返させてもらった弾丸はスコープを貫通し彼の片目に直撃する。
火という自然物ゆえにただの物理攻撃ならすり抜けて終わりだったことだろう。
けれど、
「うがああああっ、目が、目がぁぁぁぁっ!」
眼窩を貫通した弾丸はファイヤーマンの片目を物理的に潰した。
《繊細聴覚》が彼の悲痛の叫びを拾ってくる。ポタポタと床を赤く染める音まで繊細にね。
たぶんファイヤーマンは頭の整理ができていないと思う。
なにせこの時点で彼が驚くことは一つや二つじゃないはずだ。
そもそもスコープ越しに覗いていたことを見破られた時点で衝撃的だろう。
距離、高さ合わせても数百メートルは離れた場所にいる。
それを標準器から視線を合わせてきたわけだ。まあ気持ちはわかるよ。
次に彼が放った弾丸も《宝具》だった。
名を《ファラリスの雄牛弾》という。
ファラリスの雄牛は、処刑装置。命を奪うために生み出された拷問器具だ。
青銅でできたそれは内部が空洞になっていて人が収容できるようになっている。
そこに処刑人を入れて封をした後、青銅を火で熱するわけだ。
処刑人の長時間苦しみを与えるために、呼吸するための管が内部に通っていて、そこから息をすることで牛が吠えるような音が轟くわけだ。
火事など本来は意識を失うわけだけど、管があるため、意識が途切れることはない。さらに内部の熱は五百度近くまで上昇。じっくり、ゆっくり焼け死ぬのを待つという、まさに地獄の苦しみを与える拷問器具だ。
どうして僕がそんなに詳しいのかと言うと、これまた師匠から叩き込まれたからだ。拷問は最も効率的な情報収集になるらしい。
……恐ろしや。今思い出しても縮こまりそうだ。
ファイヤーマンが射撃した弾は名の通り、その地獄のような苦しみを与える《宝具》だ。強力な《呪魔法》により創り出された史上最悪の武器だ。言うまでもなく呪いがかけられている。
僕はそれを拳の中で泳がせたあと、立ち上がってきた煙に息を吹きかけることで解呪させてもらったわけだ。これがファイヤーマンにとって二つ目の驚きだったはずだ。
僕は治癒魔法こそ行使できないものの、自身に向けられた――《呪魔法》が発動する前のそれを解呪できる体質がある。(ただし、すでに呪いにかかっている対象を解呪するなどはできないんだけど)
名を《
発動前(もしくは直後)の呪いを解呪できる代わりに、呪おうとした対象に苦しみを与えなければいけない体質だ。
解呪だけの益を受け取ることはできず、制限時間内に穴を二つにできない場合は僕は命を差し出さなければいけない。それが代償。まさしく諸刃の剣というわけだ。
だから僕はファイヤーマンの片目を潰させてもらったというわけ。
ここが彼が最も驚いた点だと思う。自然物と同化した肉体――物理攻撃は全てすり抜けていくという思い込みは単なる勘違いだと気付いたことだろう。
解呪した弾丸にはありったけの《破》を詰め込ませてもらった。
《破》という魔法は殺気、威嚇を放ち拳や刀を交えずして、意識を奪い去り、決着をつける魔法だ。
上級者になれば最も容易く肉体と魂を分離させてしまう。
本来この魔法は歴然たる実力差を、手を煩わせることなく叩きつけるために編み出された魔法。
一種の《
まだまだ数倍以上《破》を濃くすることができたわけだけれど、どうやら十分だったようだ。無事、彼の火属性魔法を無効化し、肉体を貫通させることができた。
ファイアーマンにとっては全くの想定外、予想外だったことだろう。
僕は高層ビルの屋上に意識を向けたまま、「失せろ」という念を込めて《破》を放つ。
貴方がこれまで受けてきた仕打ち、虐げられてきた過去には理解も同情も示すさ。復讐が悪いとも言わない。
けれど最凶の苦しみを与える弾丸を幼い少女に放ったこと。これは万死に値する。
これだけでも十分駆逐する対象になったわけだけれど、僕はもう一度だけチャンスを与えることにした。
これで無関係の人を巻き込むな、というメッセージは感じ取ってくれたはず。仕返しをするべき――罰が与えられるべき人間だけに牙を剥け。
そんな僕の想いを受け取ったのか否か。
ファイヤーマンはすごすごと撤退を決めたようだ。
すぐ横でレナちゃんの母親は僕にお礼を重ね続けていた。
けれど僕は感謝されるような人間じゃなくて。
だって、貴女の旦那さんに関しては救うつもりがないんだから。
正義って何なんだろうね。誰か教えてよ。
☆
待ち合わせ時刻から一時間後。ようやく警察庁長官室に到着した。
招集に応じないと《桜四係》は剥奪されるって話だっけ?
もしかしていきなりクビかな?
なんて思いながら長官室の扉を開けた次の瞬間、視界が渦のようにぐにゃりと曲がる。
何かに吸い込まれるような錯覚に陥ったあと、僕は例のごとく断崖絶壁に立たされていた。
……えっ、ええ……また、ですか?
おそらく《空間転移》の発動条件を魔力を持った対象がドアノブに触れた瞬間に設定していたんだと思う。
触れた瞬間、僕の魔力が感知し、対象を強制的に転移させたわけだ。
……どうやら移植の手術は無事成功を収めたようだね。それは安心したよ。
魔力を察知した方に視線を向けるとそこには狐のお面を被った赤髪の女性が立っていた。
……移植の副作用は髪色か。
背中には妖刀《悪食》を背負っている。
ちょうどいい。
叔父やファイヤーマンのことを一報入れておこう。
「手術成功したんですね九条さ――」
歩み寄ろうとした次の瞬間。
僕の顔面に迫る脚。
咄嗟に腕で庇った僕は数メートル先の岩壁まで吹き飛ばされる。
うげぇ。なんか今日吹き飛ばされてばっかりじゃないかな。
痛てて、と呟きながら起き上がろうとする僕の頭上に容赦なく妖刀を振り下ろそうとする九条さんの影。
《悪食》は刀身が2メートルもある。それに遠心力と魔力を熾された一振りはシャレにならない。
僕が慌てて避けるとまるで紙切れのように岩壁が真っ二つに。
切れ味を視認してゾッとする。
どうやら移植成功後の肩慣らしに付き合えってことらしい。
まあ、ファイヤーマンとの邂逅は僕にとっても不完全燃焼であるわけで。
魔眼の移植に成功した彼女の実力を身を持って知れることができるというのはありがたい。
僕はこきこきと首の骨を鳴らしてから聖剣《エクスカリバー》を地面から引き抜く。
後々、このじゃれあいは僕と九条さん、両者にとっての息抜き、ストレス発散の定番になるのであった。
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