第52話
「ひどいですよ九条さん。乱入した挙句、強制的に友達と別れさせるなんて」
「けけけ。何も言わず姿を消した礼だよ。感謝の言葉ぐれえ伝えさせろ無礼者が。昨日は助かったぜ佐久坊。サンキューな」
法定速度ガン無視の超高速で高級車を運転する九条さん。
おそらく時速100キロは出ているんじゃない?
警察官がスピード違反ってなんかもう規格外だね。
さて、喫茶店で新たな進路が色々と見つかった僕だけど、このお礼は別の形でさせてもらうからと頭を下げて、解散してもらった。
進路先を紹介してくれたわけだから、絶対に埋め合わせが必要だ。ただ、僕の後生のお願いに鳴川さんと源さんが目をキラーンと輝かせていたのが気になる。
本音を言えば九条さんの方を後回しにすべきかと思ったんだけど、あまりの強引っぷりが気になってしまった。
まあ現役SP&テロリストの前でバリバリ動いたわけだし、強制連行じゃないだけまだマシだ。
九条さんは言葉にこそ出さないけれど、その辺を上手く調整・調節してくれたんじゃないかと信じているわけで。
彼女の性格ならテロリスト撃退の功績を自分一人のものにすることを是と承認しなかったのかもしれない。
そうなると彼女もサラリーマンなわけだから、上司への報告においてあの場にはもう一人協力者がいた、となるわけで。
それを聞かされた上司は頭が痛いだろう。テロリストの脅威を退けたものの、敵か味方かわからない――何よりこれから脅威になり得る存在が現れたわけだから。
手荒なマネで事情聴取、なんて選択肢が過ぎることも大いにある。
九条さんなら「ふざけんじゃねえ。恩人に手荒なことをするつもりなら俺様が連れて来る。勝手なマネはぜってえにするんじゃねえぞ」って楯突いてそうだ。
なんてただの想像に過ぎないわけだけど、こうやって考えてみると僕がずいぶんと彼女を信頼・心酔していることがよくわかる。
まあ、九条さんは異世界でも好きなタイプの人種だし、その名残なんだと思う。
「……あの病院にはさっきいた女の子――鳴川さんのお母さんが入院してたんですよ。九条さんに手を貸したのはそういう事情もあるのでお礼は大丈夫です」
「ああ知ってるさ。だから無性に腹が立っちまってな。あのメスガキが佐久坊を動かせるだけの女だってことによ」
「メスガキって……」
「まあなんだ。悪かった。乱入して解散させたことはよ」
「別にいいですけど……それで僕をどこに連れて行くつもりですか?」
「あアン? さっき言っただろ! 俺様の親に挨拶させるって」
うげえ。それ冗談じゃなかったんですね。
一瞬、九条さんのお母さんにかな? なんて考えが脳を掠めたものの――そう言えば彼女の父親は――。
「悪いな。俺様の現在の権力だけじゃ佐久坊を隠し通すことはできねえんだ。許せ」
「……まあ、そうでしょうね。ということは――」
「――そうだ。これからハゲ親父の警視庁長官に会ってもらう」
うっは。そう来たか。
警察官最高位――警察法において唯一階級制度がない序列第1位。
当然ながら政治家との管も相当に厚いはず。
僕の存在も鶴の一言で闇に葬ることができる数少ない人間の一人だろう。
なるほど。てっきり僕は九条さんの上司に報告したとばかり踏んでいたけれど、まさかその辺をすっ飛ばして文字通りのトップに掛け合ってくれていたとは。
何でだろう。面倒ごとに頭を突っ込まさせられる可能性もあるのに嬉しいという感情を自覚する。
傍若無人のはずなのにますます彼女のことが嫌いになれないや。
むしろ好感度が上がったくらいだ。
まあ、曲がりなりにも警察組織の頂点に君臨するような人だ。九条さんの育ての親ということもある。
おそらく直接会って値踏みというか、見定めというか、まあ何かしら彼のお眼鏡に合うかどうかの試験があるんだろうけどさ。
「もちろん佐久坊にしたらとんだ迷惑だろう。だが勘違いはしてもらいたくねえが、お前を売ったわけじゃねえ。俺様なりに足りない脳みそを振り絞った最善がこれだったんだ」
「わかってますよ。ありがとうございます九条さん」
「まっ、まぁ……わかればそれでいいさ。とはいえ、前のお礼と今回のお詫び。合わせて払ってやるよ」
そう言ってもう一段階アクセルを踏み込む九条さん。
おもわず座椅子に密着させられるほどのGが襲ってくる。
「糞爺はハゲてやがるがあれでも警察官を束ねるトップだ。親という贔屓目抜きにしても只者じゃねえ。飲まれねえようにリラックスする必要がある」
エンジン音と風を切る音で聞こえずらいよ。
リラックスがどうのこうのって聞こえたような気がするけど……。
心配してくれるのはありがたいけれど、言っても異世界帰りの暗殺者だからね。人間相手に緊張することは流石にないんと思う。
そんな内心をよそにお城のような建物に向かってグングン加速する九条さんの愛車。
……ん? んん? 警察庁ってこんな方角だっけ?
「約束の面会の時間までまだ少しある。休憩していくぞ佐久坊」
意味がわからない僕は九条さんの方へ顔を向ける。
今ごろ気が付いたけれどシートベルトが彼女の胸を締め付け、乳房が強調されていた。
すぐに視線を逸らして彼女が目指しているであろう建物に目を凝らしてみると、
――ラブホテル、だった。
まごうことなきラブホだった。お城のホテル、ああ、そういうことか……。
「って、ちょっ⁉︎ 九条さん⁉︎」
「安心しろ。優しくしてやるよ」
「全力で結構なんですけど⁉︎」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます