第37話

 それから五分ほどして。

 ようやく《導の魔眼》と同等の情報を吐かせ終える九条さん。

 と同時に、ちょっとしたハプニングが発生する。


『おい。どこをほっつき歩いてやがる。そろそろ持ち場に戻れ』

 インカムから相方の音声が漏れ聞こえてくる。どうやら撃退の際に音量が捻られたんだろう。

 本能的に危険を察知した九条さんは一瞬でテロリストの意識を奪いにかかる。


 緊急事態の合図を送られたらたまらないからね。その即断は正解だと思う。

 ただ問題は――。

「……このまま放っておけば、もう片方が探索しに来るだろう。作戦を練るぞ」


 どうやら九条さんは音信不通にしてもう片方を誘き寄せるつもりだ。

 まあそれでもいいんだけど……。

 僕は九条さんに合図してからインカムを手にする。


 暗殺者として身につけたちょっとした特技を披露するつもりだ。


『悪い……さっきの女子高生と遊んでから帰るわ』

 

 意識を失った彼の声で応答する僕。

 潜入・諜報・暗殺に長けている暗殺者アサシンにとって変声なんて朝飯前だ。もちろん魔法を行使せずともね。


『おい、ふざけるな。今は任務遂行中だぞ。我慢しろ』


『だからすぐ終わるって言ってだろ。護衛もぶっ殺してんだぜ? 外部からの潜入も不可能。ちっとぐらい余裕ぶっこいたって大丈夫だっつうの』


 そこまで告げてインカムの電源を落とす僕。

「佐久坊……お前!」

「時間がありませんよ九条さん。


 ☆


 相方の悪い癖にうんざりするエントランス担当のテロリスト。

 しかし入り口の監視は外部からの潜入をいち早く指揮官に伝達する役目がある。

 皇族の心臓手術中に警察が強行突入する可能性は極めて低いとはいえ、絶えず緊張感と共に任務に遂行しなければいけない。


 にも拘らず、あの応答である。

 女遊びが激しい相手が相棒バディになったことに嫌気が差している様子。

(だからあいつと組むのは嫌だったんだ……!)


 不満と怒りを覚えながら、お楽しみ中の相方の探索に向かう。

 学生二人を連れて行ったトイレを目指す途中、扉が少し開いた部屋が目に入る。念のため銃を構えてゆっくりと迫ると、


「あっ、やぁっ、嫌ぁっ……!」


 部屋の中から女の押し殺した声が微かに聞こえてくる。

(チッ。ここで遊んでやがるのか……!)

 油断することなく、室内を覗き込むテロリスト。四床のうち一床だけに間仕切りカーテンがされており、衣服がそこへ向かうように脱ぎ捨てられている。

 銃口を向けたまま、間仕切りカーテンを開けるテロリスト。そこには人が籠っていることがすぐに分かる盛り上がりをしていた。


「いい加減にしろよ」

 銃をしまい布団を強引に剥ぎ取った次の瞬間、

「なっ――!」

 そこにいたのは意識を失った相棒。


 何が起きた⁉︎ 

 きっとそう思ったに違いないことだろう。

「あんっ――」

 誘き出されたのと同じ女の喘ぎ声。


 すぐに振り向き、姿を視認した次の瞬間、

「――なんて甘い声をこの俺様が出すわけねえだろうクソ野郎!!」

 鉄の棒でフルスイングが頭にヒットする。立ちくらみでよろけるテロリスト。

 

 仕留め損ねたそれをカバーするのはもちろん、

「はい。おやすみなさい」

 首を絞めて失神させる佐久間龍之介。


 さすが暗殺者。見事な忍び寄りと手際であった。

「クソが……! 俺様に喘ぎ声を出させた男はてめえが初めてだぞ。責任取って死ねよ佐久坊」

「ええっ……上手く行ったんですからそれでいいじゃないですか」

 

 これが後に――日本の犯罪者を恐怖で奮い上がらせる九条&佐久間コンビが結成された瞬間であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る