第36話

 僕の両肩で視線に火花を散らし合う二人。

 これがラブコメならエフェクトは勘違いなんだけど、リゼとシルは魔女。それも魔眼持ちだ。

 睨み合うだけで魔力が激突していた。


 ちなみに魔眼持ちの術者は直接的な対決をしなくても目を合わせるだけで魔王軍幹部レベルの死闘を繰り広げることができる。

 つまり僕の両端で洒落にならない喧嘩が始まろうとしているわけで。

 この場を丸く収めるためには、次の言葉が必要不可欠だった。


『……わかった。それじゃ、今夜は二人を具現化してあげるから僕に協力してくれないかな?』


『リュウくん……!』『主人マスター……!』

 御歳二千歳とは思えない嬉しそうな笑み。

 この笑顔の代償は僕の疲労困憊というリバウンドだ。二人具現化しなきゃいけないということは魔力のほぼ全てを使いきることだから……これは相当しんどいかもしれない。覚悟しておかなきゃ。

 ちなみにこの約束のせいで僕は今晩地獄を見ることになるのだけれど、なぜか《未来視の魔眼》が発動しなかった。色々と闇が深い。


 そんなわけで、満足した二人はそそくさと姿を消し(いやもう本当に現金だな!)、拷問待ちという現実に帰還する僕。

 ちょうど九条さんの中で答えも出た様子だ。


「うし。拷問は俺様がやる。言っとくが好きでやるんじゃねえからな? 事態が事態だけに手段を選べねえってことを忘れんじゃねえぞ」

 と口では「しゃーなしだ」と言っておきながら、ぶんぶん両肩を回していた。

 やる気だ。全力で拷問する気だ。まあこの状況で手段を選ぶ人よりはマシではあるけれど……この人は本当に警察官なんだろうか。


 言動だけ見聞きしていると正反対の人だと言われても納得できそうだ。


 ☆


 ――パシャーッ!!


 自由を拘束したテロリストの頭上に冷水をぶっかける九条さん。

 意識を失っていた彼が目覚める。


「よう。お目覚めのところ悪いが単刀直入に聞く。てめえを入れて俺様が殺さなければいけない害虫は何人だ?」


 すごいな。聞き方からしてすでに度胆を抜かれるんだけど。

「……ぺっ」

 両手両足を拘束されているテロリストは九条さんの頬に唾を飛ばす。

 

 まっ、そりゃそう簡単に吐かないよね。まだ拷問さえしていないんだから。

 ここで八人ですって白状される方が拍子抜けだよ。

 九条さんは感情の読み取れない顔でテロリストを睨みつけた後、左手で彼の首を握り締め、


「うーん、ううっ……ううううううううぅぅぅぅーっ!!!!」

 なんと咥えたいた煙草の灰を頬に押し付ける。

 耐えられないとばかりに暴れまくるテロリスト。文字通り拷問されている光景が僕の目に映っていた。


 火のついた煙草は中心部分は800℃近くまで熱くなる。

 ちなみに人間を骨も残さず燃やし尽くすためには1,600℃必要だ。

 まあ、なんでそんなこと知っているのかって話になるんだけど、僕は異世界で暗殺者だったからね。師匠から知りたくもない知識をよく詰め込まされたってわけ。


 現に魔王軍の諜報員スパイに対して拷問することもあったからね。 

 だからこそ僕にとっては九条さんのそれはまだ生ぬるいと思っていたんだけど、

「ははっ、次はねえぞ」


 ニヒルな笑いを見せたあと、躊躇することなく折れた鼻に拳をぶち込む九条さん。

 さすがにこれは相当痛かったんだろうね。一瞬白目を剥いて気絶寸前にまで追い込まれるテロリスト。

 躊躇なく急所に拳を振るうことができるあたり、彼女の犯罪者に対する思いの重さがわかる。《繊細嗅覚》が憎しみを感じ取った。


 さて、火刑と折れた鼻にグーパン、意識が飛んだら冷水を五、六回繰り返したところで、僕が《悪夢の魔眼》を開くまでもなくテロリストが先に参った。


「はっ、八人だ! この病院には俺を入れて八人で潜入した!」

「あアん? タメ口だぁ? しました、だろうが! 敬語を忘れてんじゃねえぞ!」


 再び九条さんの拳がテロリストの鼻にふるわれる。

 いや、そこはどうでもいいんじゃ……。

 とりあえず目の前の女性には絶対に敬語を忘れないようにしようと思う僕だった。

 

【あとがき】

 好評であればもう一話更新しようかしらん

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