第38話

「さてと。それじゃさっさと次のフロアに行くか。ゲロったあいつを信じるなら二階には元軍人を相手しなきゃならねえ。気を抜くんじゃねえぞ佐久坊」

「承知しました。ちなみに九条さん――サイレンサーって持ってます?」

 質問を頭の中で反芻してから僕の意図に気が付いた彼女は言う。


「そんなもん持ってたらあいつらの額はすでに貫通してるっつうの」

 後ろでぐったりと意識を失ったテロリスト二名を親指で差しながら返答する九条さん。

 音を気にしなくてよければ、フロアの門番たちを奇襲――瞬殺していきませんか、という僕の提案を理解してくれた様子だった。


 当然だけれど皇族である明菜内親王殿下を人質に取られている以上、僕たちの存在を認知された時点で負けが確定する。

 二階フロアでドジを踏もうものなら、すぐに無線で手術室を支配コントロールしている指揮官に情報が飛び、降参するしかなくなるわけだ。

 まあ、そんな事態になればこっちも手段を選んでいられなくなるわけだから《極級魔法》を行使するのも厭わないけど。


 ただ、を使うと魔力の消耗が激しいからね。

 シルとリゼの約束を破ってしまうことになる。

 ちなみに魔女との契約を齟齬にすることは異世界では禁忌タブー中の禁忌タブー。違約は決してあってはならない。呪術契約にも匹敵し、穴という穴から血が溢れ出し無惨な死を遂げる。


 いや、今回はただの口約束だから具現化しないだけでそこまでの私刑は待っていないと思うんだけど、魔女という存在は約束を最大限に尊重・遵守する人種で、約束を違えるようなことになれば与える印象は当然悪い。


 ……難儀だな、はぁー。誰がどう考えたって警察の仕事なのに。

 なんで僕の方が色んな意味で慎重にならなくちゃいけないんだよ。

 いずれにせよ異能を認識させるような露骨な魔法と発砲は不可。


 となると肉弾戦になるわけだけど……。

 チラッと見れば九条さんが煙草を咥えながら、口角をつり上げていた。

 向こうから作戦を伝えて来ないあたり、完全に僕の意見待ちだ。

 不謹慎にも期待の匂いが漂っている。


 いやいや、見た目はただの高校生に期待を寄せられても……。

 と思いながらも、傍若無人の俺様九条さんが僕の提案に耳を貸してくれるのはある意味ラッキー、なのかな?

 

「……はぁ。それじゃ次は更衣室に行きましょう」

「行為室――ベッドに行こうだと⁉︎ 佐久坊てめえ、やっぱり俺様の演技に興奮して――!」

「いやあの、そういうつまらないのはいいんで行きますよ」


「なっ⁉︎」

 軽くあしらわれたことに怒ったのか。顔を真っ赤にする九条さん。

 どうやら自身のキャラに似合わない失言をしてしまったことに気が付いた様子。


「ちくしょう……どうせ俺様は男勝りで可愛げなんてねえよ――って、ちょっと待てよ。置いて行くんじゃねえ!」


 ☆


 数分後。

 衣装室で着替えた僕たちは新たな衣服のお披露目だ。

 トップバッターは僕。伊達メガネを装着し、首から聴診器をぶら下げる。

 身を包むのは白衣だ。ネックなのは見てくれ。見るからに若い。さすがにこればかりは医者として通用しないと思う。なので研修医という設定で行こうと思っている。


 で、九条さんだけれど、

「てめえ……マジで覚悟しとけよ。この俺様に一度ならず二度まで辱めやがるとは……」

 生脚を必死に隠そうとナース服のスカートを引っ張る九条さん。相当恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になっている。


 制服といいナース服といい、見事に着こなせるあたり、コスプレの才能があるんじゃないだろうか。今度、そういうイベントがあることを教えてあげようかな?


「佐久坊……いまとてつもなく失礼なことを考えているだろ」

 おっと。相変わらず鋭いな。

 どうやら怒っているようだし、とりあえず黙っておこう。


「……」

「黙ってんじゃねえよ! なにか言いやがれ!」

 あれ、もしかして感想を求められている、のか?

 そういえば病室を出る前に可愛げがないとか、なんとか呟いていたような……。


「えっと……すごく可愛いですよ九条さん」

「ぶっ殺すぞてめえ!!!」

 解せぬ。


【あとがき】

 好評ならもう一話更新しようかしらん

 調子乗っちゃって⤴︎⤴︎

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