第30話
直美さんから親娘が歩んできた人生が語られた後。
今度は鳴川さんと二人で休憩室に来ていた。
「……怒っているかしら?」
僕に視線を向けずに聞いてくる鳴川さん。
両手に握った緑茶が揺れていた。
ソファに腰掛けている僕は視線を合わせず答える。
「いいや全く」
「……そう。相変わらず優しいのね」
彼女たちが歩んできた人生は決して平坦な道じゃなくて。
直美さんは娘の教育費を稼ぐために朝早くから夜遅くまで仕事に励み、鳴川さんはそんな母親を少しでも楽にさせるために、女優の道に突き進もうとしている。
娘が出演した映画やドラマについて語るときのあの幸せそうな表情が焼き付いて離れない。
それだけじゃない。貧しい生活を強いられ、娘に必要以上の苦労をかけていることにすごく負い目を感じていた。
何より直美さんは自身の死後をずっと気にしているようだった。
なにせこれまで二人でずっと一緒に頑張って来たんだ。
母の死が娘の死を誘うようなことだけは絶対に避けたいと強く願っている。
だからこそ娘がここに誰かを連れて来ることを心の底から望んでいたことを告られた。ずっと待っていたのだと。
もちろん佐久間くんに取っては迷惑かもしれない。けれどどうか、凛のことを支えてあげて欲しいと。
目に涙を浮かべて手を握り懇願されてしまった。
世の中には死んだ方がマシな人間がのうのうと生活をしているのに、彼女たちのように懸命に生きている人間が死神に招かれる。
こういう理不尽はどこの世界でも一緒。嫌気がさしてくる。
「いずれにしても本当にごめんなさい。最近は病院に入るだけも足が震えてしまうのよ。だから信頼できる貴方に着いて来てもらったの。騙すようなマネをして本当に悪かったわ」
ある日突然、僕は両親を失った。
親が衰弱していく姿を視認し、看護し続けなければいけない気持ちなんて推し量ることができない。
だからこそ僕は鳴川さんの友人として、そして直美さんから娘を任された身として、
「僕でよければいつでも呼び出してください。どんな時でも必ず駆けつけますから」
⭐︎
休憩室で鳴川さんのチカラになりたいことを申し出た後、僕は一人で病院を後にしようとしていた。
鳴川さんは病室に戻り、親娘水入らずで話した後帰宅するらしい。
エレベーターを降りてエントランスに到着したところで、僕はある男性が目に入る。
もちろん見た目は至ってごく普通。失礼を承知で言えばどこにでもいそうな男性。年は三十代前半といったところ。
何が引っかかったか。
ただ歩いているだけにも拘らず、無駄がなく精錬された足取り。
一切の隙がない。
見た目こそ普通なのに中身が異様だと感じたわけだ。
そして感じ取った違和感は勘違いではなかった。
――バンッ!!
男が無駄のない動きで発砲する。この国では生涯で見ないことの方が多い拳銃。
「これより、この病院は我々の支配下に入る。大人しくしていれば命までは奪わない。しかし命令に従わない人間は容赦なく撃つ!」
僕はすぐに《導の魔眼》を開き、事態の把握に入った。
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