第31話

 開眼した次の瞬間、

『ご無沙汰しております主人マスター

 僕の背後から飛び降りるようにして具現化される《導の魔眼》


 白銀の長髪に雪のような肌と白い着物。

 その外見はまさしく雪女。二十代前半に見えるこそ《導の魔眼》の本体――名前をシルという。前世は魔女だ。


 魔眼が人格を持っていることは前述の通り。

 魔法を極めた魔女が開眼し、肉体が果てた時に眼に魂が宿るためだ。

 眼を移植する関係で術者は一種類(奇跡的に魔眼が二種類適合し、オッドアイの術者もいた)なんだけど、僕はと契約することで複数の魔眼が行使できる。


 もちろん具現化と言っても契約者の魔力を媒介にしているから、病院にいる一般人が姿を見ることはできない。

 具現化された魔女を視認できるのは異世界でも魔眼持ちか、魔王軍幹部クラスの実力を持つ者だけ。


 もちろんシルとの会話も胸の中で出来る。

 他の人が見えない状況で話しかける姿はどう見ても不審者だからね。


『久しぶりだねシル。


『承知しました。それよりも確認しておきたいことがあるのですが』


『うん? どうしたの?』


 シルの方から僕に確認したいこと。状況が状況だけに嫌な予感がする、

 もしかしたら異世界から帰還した僕の身体に何か異変が起きているんじゃ……。

 結論から言って僕の心配は杞憂だった。


主人マスターは鳴川凛や源玲のようなおなごが好みなのですか?』


『……はい?』


 久しぶりに再会した魔女――シルからの質問は全く予想していないものだった。

『こればかりは世界の深淵を覗くことができる魔女でも把握できないのです』


『いや、あの……シルさん? 現状を理解していらっしゃられます? すぐ近くにテロリストと思しき人間がいるんですけど』


『あの程度の下等生物など主人マスターなら瞬時に塵と化すでしょう。私の眼を通すまでもありません。ですのでシルの気持ちも推し量ってくださいませ。ようやく主人マスターが元いた世界に帰還し、女勇者邪魔者と袂を分つことができたにも拘らず、新たな女が次々と。シルの枕は涙で濡れて夜も眠れません』


 ……いや、今初めて擬人化したってことは、さっきまで寝てたでしょ。

 そんな露骨な嘘をつかれても……。

 たしかにシルの言う通り、魔法を行使すれば制圧は難しい話じゃない。


 けど、彼の目的がよく分からない。

 そもそも単独行動なんだろうか。複数人での犯行ということも十分に考えられる。

 つまりこの病院内に彼以外の危険人物が潜んでいる可能性もあるわけで。


 この病院には鳴川さんたちがいる。

 リスクを一掃するまで、退散するわけにはいかない。


『ご安心ください。主人マスターが把握したい情報はすでにシルが覗き終えております』


 ええっ……だったらそれを早く教えて欲しんだけど。

 とはいえ今回ばかりはその情報を得るために対価を支払わなければいけないってことだろう。

 それが好みの女性を答えるだけで済むのだから安いと考えよう。


『すごく場違いな気もするけど……鳴川さんや源さんは別に好みってわけじゃないよ。二人は僕の友人さ。異性として考えるならシルのように包容力のある女性がタイプだよ』


主人マスター!!!』


 実年齢二千歳以上の女性とは思えない、無邪気な笑みを浮かべるシル。

 うん。可愛い。可愛いのは可愛いんだけど、できれば時と場所を考えて欲しい。


『おっ、おべっかを使っても何も出ませんよ?』


 いやそれは困るんだけど。お願いだから出してくれる? 僕が知りたい情報を。


『ふふ。冗談です。まずの目的ですが、現在、極秘に殿


 わーわーわー。ここで皇族が出てくる⁉︎

 もう嫌な予感しかしないんだけど。

 というか、彼らって言った? つまり複数犯ってこと? 計画的犯行じゃん!!!

 

 ええっ、これ皇宮警察本部の沽券に関わる大失態じゃないの?

 なんで極秘の手術にも拘らず襲撃されてるのさ。

 護衛が甘いにも程があるんじゃない?


 きっと皇宮護衛官が潜んでいるだろうけど……。

「スマホを没収し、これから一切の連絡を禁じる! 逆らう人間は――」

 嫌な予感がした。《感情嗅覚》が濃い殺意を捉える。


 銃口がお婆さんに向けられる。

 即座に開かれる《未来視の魔眼》

 言わずもがな額を撃ち抜かれたお婆さんが床に倒れ込み血の海が広がっていく。


 それは恐怖で人を支配させるための見せしめだった。


 ――そうはさせない。


 今度は《悪夢の魔眼》を開き、この場にいる全員に瞳術をかける。

 

 お婆さんには眠ってもらう。

 

 この場にいる人たちのトラウマを考えれば、ここでテロリスト一人だけの意識を奪ってもいいんだけど、《導の魔眼》を行使せずに拷問し、直接確認したいことがあるからね。

 ひとまず彼の計画通りに進行している体を通させてもらった。


 幻術により響き渡る悲鳴。

 お婆さんを射殺したと思い込んでいるテロリストが再び発砲する。

 現場は恐怖に包まれる。


「黙れ。大人しくしろ。これ以上騒いだら……わかるな?」

 銃口を患者たちに向けながら沈静化を図る男。


 仮にも罪のない老婆を一人殺めたんだ。

 撃っていいのは撃たれる覚悟がある人間だけ。

 覚悟はできているよね?

 

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