第16話

《悪夢の魔眼》

 最凶の瞳術。

 術にかけられた者は最も恐れている事態に身を置き、自ら命を断つまで苦しみから逃れることができない。

 

 中安教員は怠惰な生活を奪われることがそれに値した。

 一方、大月咲にとっての悪夢とは築き上げた地位を一瞬で失い、これまで手玉に取ってきた男たちに見向きもされず、軽蔑の対象になることである。


 全てを失ったあとに現れた佐久間。

 大月咲は息を吹き返したように、

「やってくれたわね。なにあんた? 私に捨てられたことをそんなに根に持ってたわけ? 小さい男ね」


 中安と違っていきなり襲いかかるようなことはしない大月だったが、その瞳には恨みが込められていた。

「……たしかに。僕の気が晴れていないと言えば嘘になるから、悔しかったのは事実かな」


 大月咲は佐久間の初めての彼女である。

「ハッ。捨てられた腹いせにここまでするとかマジでサイテーなんだけど。狂ってんじゃないの?」

 その言葉に黙り込む佐久間龍之介。彼には胸に秘めていた――どうしても伝えたい気持ちがあった。


「もうやめなよ。そんなに周囲からの評価が大切なの? 他人の目を気にし過ぎだよ。優れている他人と比較して、落ち込んで。でもどうやっても敵わなくて。だから嫉妬で足を引っ張ることしかできない自分に嫌悪ばかり。咲ちゃんに待っている未来は地獄だよ?」


 佐久間龍之介にとって大月咲はある意味特別な存在であった。

 なぜなら本当に好きな異性だったからだ。

 出会った頃の彼女は心優しく、垢抜けることを決意したのも、佐久間のため。


 しかし大月は己を磨く過程で大罪に溺れてしまった。色欲と嫉妬である。

 どれだけ理想の女を作り上げようと努力しても、必ず

 残酷にも持たずにして生まれた者は持って生まれた者には決して届かない。


 佐久間龍之介は異世界に転生し、三年間の刻を過ごした。

 転生時に異能を手にした彼も最初は上手く使いこなすことが出来ず貧弱だった。

 だからこそ互いに腕を磨き合う友が出来る。名をランスという。彼は佐久間の親友だ。


 しかし、鍛錬や魔王軍との戦争を重ねるうちに、佐久間は潜在能力を開花させ、功績を挙げるようになる。

 それは後天的に辿り着ける領域ではなく。

 ランスは佐久間と比較し、失望し、絶望し、嫉妬に身を焦がし――。


 やがてチカラを求めた彼は禁忌を犯し、魔王軍幹部となった。

 佐久間の手にはお互いにずっと切磋琢磨してきた親友の胸に聖剣を突き刺した感覚が残っている。


 嫉妬の終着点を目の当たりにしてきたからこそ目の前の少女には改心して欲しかった。変貌してしまった発端が己にあるからこその想い。


 しかし、彼の思いとは裏腹に、


「なに? もしかして鳴川さんのことを言ってんの? どいつもこいつも鳴川、鳴川、鳴川って! そんなに彼女が大切なわけ⁉︎ 友則もクラスの男子も世間も! どうして私じゃダメなの! なんで最初から持っている人間に敵わないの⁉︎ そんなの不公平じゃない! だから悟ったの。神様に恵まれて人生がイージモードのズルい女は足を引っ張ってもいいって! 私にはその資格がある! だって何もしていないわけじゃないもの! 必死に追いかけて追いかけて追いかけて! なのに同じ地点に並ぶことさえ許されない! だったら引きずり落とすことしかできないじゃない!」


 大月咲の悲痛の叫びをただ黙って聞く佐久間。胸に激痛が走る。

 彼女の思いの丈はランスからぶつけられたことがあるからだ。


 佐久間は最期のジャッジを下すため、決意を固めるための質問をする。

「――咲ちゃん。鳴川さんがうつ病を発症したことに責任は感じている?」

「いいや全然! いい気味よ!!!」


 ギリッ。

 佐久間は歯を軋むほど噛み締める。

 俯いた彼の頬には一筋の雫が滑り落ちていた。


 もしも自ら命を断ち、悪夢から逃れたとして。

 現実世界での大月咲という女は変わらないと判断した佐久間は、記憶を抹消し、人格を更生することを決意する。具体的には佐久間と出会う前までの優しい彼女に。


 しかし、それは嫉妬と色欲の大罪を犯すことで得られる快楽を捨てるということ。麻薬にも匹敵するそれは彼女にとってなくてはならない甘い蜜。


 それを欲さない人格に更生するということはすなわち――現在の大月咲の死と同義。

「ごめんね……咲ちゃん。僕にできることはもう、これぐらいしかないんだ」

 

 本能で危険を察知した大月咲は腰を抜かして強姦魔に襲われているかのように後ずさる。

「何よ……これ以上、何をする気なの⁉︎ 嫌だ! こないで……来ないでってば!!」


「さようなら」

 目尻に涙を溜めた大月咲の頭にそっと手を乗せる佐久間は記憶を操作する。と同時に、二度と色欲と嫉妬に溺れないようにロックをかける。


 徐々に自我が薄れていく大月咲にとってその感触は不快で、不安で、恐怖で、大切なものを失う絶望に胸を支配されていく。


「嫌だ……消えたくない……消えたくない! 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁぁぁっー‼︎」

 

 悪夢から醒めた彼女は三つ編み、メガネの――かつて佐久間龍之介が惚れた優しい女の子に戻っていた。

 だがそこに彼女が変わる理由となった佐久間の記憶はない。


 肉体こそ同じでありながら、それが意味することは大罪人となった大月咲の死であった。


【あとがき】

 応援ありがとん!!!

 次話から強欲と憤怒に罰を与える新章です!

 ラブコメ成分もありますので、⭐︎で称えるお待ちしておりまする!

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