第17話
休日。僕は富士山に登っていた。
登山と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、きつい、辛い、大変。だからこそ魅力がわからない、というところかな?
僕も異世界に転生する前は似たような印象だった。
けれど転生して間もなく師匠と山で修行することになって人生観が変わってしまうほどの衝撃を受ける。
まず自分の体力や技術を知ることができた。生きる知恵が身につくと言えばわかりやすい。人類が築き上げてきた文明やテクノロジーがいかに優れたものであるかを身を持って理解した。
物に愛着を感じると共に知恵を絞って製造してくれた方に感謝の気持ちが自然と芽生えた。
さらに澄んだ空には満点の星や流星。野生動物や大自然に身を置くことで悩みなんてどうでもいいものだと悟った。魔法や文明のチカラを行使できなければ、人間なんてちっぽけな存在だ。
創意工夫こそがチカラであり、サバイバル知識・精神が身につき、身近に生命の神秘を感じられる旅となり、健康、五感で刺激を捉える生活、そういった数えきれない魅力を感じ取れるのが登山の醍醐味だと思う。
そういう一生涯の楽しみを得られたことが何よりの財産だ。
魔法が行使できる世界でいきなり山奥で修行と聞いた時にはギョッとしたものの、今では師匠の教えが身に沁みている。
師匠は元気だろうか……。
いつの間にか哀愁感に駆られる僕だが、ようやく頂上が見えてくる。
「……へえ。これはすごいや」
壮観、の一言だった。
やはり登山は素晴らしいものだと再認識させられた。
僕は頂上で澄んだ空気を存分に味わったあと、そっと瞳を閉じる。
呼吸を整えて覚悟を固めていく。
僕が登山したのには理由が二つある。
一つは心を整えるためだ。その目的はたった今果たされた。
もう一つは頂上で《導の魔眼》を開眼するためだ。
僕たちの両親は他界している。
大型トラックに衝突された挙句、ひき逃げにあっていた。
さらに財産を伯父に騙し取られる始末。
両親の財産を僕たちから騙し取り、最低限の生活費しか送金しない強欲と、僕に怒りをぶつけることしかできない憤怒、そして僕たちの人生を一瞬で食い逃げした暴食。
僕にはまだ筋を通さないといけない人間が三人いる。
今日は強欲の情報を掴むために登山に来ていた。
おそらく不快な事実を魔眼越しに覗き見ることになると思う。
だから予め心を整えておきたかった。
すぅーっと瞼を上げて心の中で叫ぶ。
《
僕が今一番欲している強欲の過去を覗き見る。
両親が交通事故で他界して間もない頃の映像が流れ込んでくる。
そこには税理士かつ司法試験も合格している伯父の薄汚い一面が写っていた。
『ちょっと親切な親戚を演じただけで5,000万だもんな! 無知のガキは扱いやすいて助かるぜ……!』
『えっ? 生活費が足りない? お父さんとお母さんの財産を返して欲しい? 大丈夫大丈夫。ちゃんとお金は伯父さんが管理してあげているから。学生の若いうちから金銭感覚が麻痺したら大人になってから大変だよ? 伯父さんはね、こう見えて税理士なんだよ? ちゃんと二人が暮らしていける生活費を計算して振り込んでいるから生活を見直しなよ』
『(今さら財産を返せだぁ⁉︎ ふざけるのも大概にしろっての! こちとら面倒な手続きを全部やってあげたんだぞ? 手数料だよ、手数料!!)』
『よしイケ! 差せ! 差せ! そこだ、イケ! バカ、やめろ、おい、あぁっ〜! クソが! なんでそこで8番が来るんだよ! これ100万溶けちまったじゃねえか! ええい、ままよ! 競馬がダメなら競艇だ、競艇!』
『あーもう、クソッ! これで5万だぞ! 設定をイチにしてやがるなこのクソ台が!』
『いいの、いいの! 金ならあるから。今夜はパーッと行こうよ! シャンパン? いいよ、いいよ欲しいもの注文しちゃって』
魔眼により豪遊する伯父の映像が次々に流れ込んでくる。
交通事故で両親を亡くし、絶望の淵に追いやられる中、一筋の光明として柔らかい笑みで歩みよってきた同一人物とは思えない言動。
あまりの外道っぷりにそっと魔眼を閉じてしまう僕。
交通事故で僕と舞のことを最後まで心配し続けていた両親の姿を視認してしまったことと相まって、涙が溢れ出してくる。
このままやられっぱなしで終わるわけにはいかない。
僕は涙を拭って、下山する。
……次は強欲だ。
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