第12話

【鳴川凛】

 

「……どういうつもりよ?」

 女子トイレに呼び出された私は大月咲から質問を受けていた。

「どういうつもりとは?」


「とぼけないで! 龍之介にお弁当を作って来てたじゃない! あんた……ああいう地味な男が好きなわけ?」

 汚い笑みを浮かべる大月さん。彼女に釣られてその取り巻きもクスクスと笑う。率直に言って反吐が出るわね。


「ふふっ。見る目がないのね」

「はぁっ⁉︎」

「たしか大月さんは佐久間くんと付き合っていたのよね?」

 

 彼女が佐久間くんの幼馴染で中学時代に付き合っていたことは知っていた。

 三井友則がよく口にしていたからだ。


「なにそれ。あんなやつと付き合っていた私には男を見る目がないって言いたいわけ? 今日はずいぶんと挑発的じゃない」

「はい? 違うわよ」

「じゃあどういう意味よ!」


「あんないい男を手放すなんて大月さんの目は節穴なのね、と言ったの」


「佐久間がいい男? ぷっ、あはははっ!」

 腹を抱えて笑いこける大月さんと金魚の糞たち。

 なにその反応。私の方が笑ってしまいそうなのだけれど。


「あれのどこかいい男なのよ」

「それがわからないようじゃまだまだお子ちゃまなのね。まあ仕方ないかしら。私と貴女じゃ住む世界が違うのだし」


 佐久間くんをバカにされて腹が立った私は柄にもなくケンカを買ってしまう。

 あーあ、やっちゃった。

 私の方から低い土俵に降りて来てしまうなんて。

 よっぽど彼を悪く言われたのが不快だったのね。


 ふふっ。これまで異性に興味がなかったのに自分の変化が信じられないわ。

 気が付けば私の胸には温かい感情が溢れていた。

 多分、佐久間くんに一目惚れしてしまったのね。


 私もずいぶん安い女に成り下がったものだわ。

 優しくされてカッコいいところを目撃したぐらいで惚れちゃうなんて。


 しかし、そんな温かい感情も長くは続かなかった。

 頭上から冷水をかぶせられてしまったから。

 視線を上げれば空になったバケツを持つ女子生徒の姿が。


 ……はぁ。言うことやること本当にお子ちゃまね。


 泥のような冷たい感情が抱きながらも、私は濡れた髪の隙間から大月さんを睨め付ける。

 と同時に授業開始を告げるチャイムが鳴った。


「最後に一つだけいいかしら?」

「なに? 早く戻らないと授業に遅れるんですけど」

「佐久間くんに未練はないのよね? まっ、あったとしても全力で略奪させてもらうけれど」


 なんて宣戦布告したものの、やっぱり愚問だったかしら。

 大月さんが三井に惹かれているのは間違いないし、その彼が私を落とそうと躍起だからこそ、こうして嫌がらせを受けているわけだし。


「どうぞご自由に。あんな男、あんたなら瞬殺でしょ?」


 大月さんと佐久間くんの間に未練がないことを確認した私は踵を返す。

「どうかしら。私には難攻不落としか思えないけれど……せめて姿を見て怒りを見せてくれるぐらいには進展していたいわね」


 ⭐︎


【佐久間龍之介】


 嫌な予感がしていた。

 授業開始を告げるチャイムが鳴っているにも鳴川さんたちが教室に戻って来ていないからだ。


 生徒全員が戻って来ていないにも拘らず、授業を始める中安先生にも不満を募らせていると、

 

 ――ガラガラ。


 扉が開く音が耳に入る。


 急いで確認した僕は驚く光景を目にしてしまう。

 

 


「ごめんなさい先生。水遊びしてたら遅れちゃった」

 そう言って教室に入って来たのは体操服に身を包んだ女子生徒たち。

 が制服のまま濡れていた。


 ああ、ダメかもしれない。

 僕は暴れたい気持ちに駆られていた。

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