第11話

【大月咲】


「えっ……その怪我、どうしたの友則?」

 登校してきた男友達の顔を見て唖然とする私。

 友則の顔面中に痛々しいあざが出来ていた。


 しかも左目には眼帯。

「うるせえよ」

 友則は私の心配をよそに自席へと向かう。


 ボロボロの彼だけでも衝撃的なのに、さらなる驚愕が待っていた。

 友則が席に座るや否や佐久間が近付いていく。


 佐久間龍之介は私の元カレだ。初めて出来た恋人だった。

 もちろん龍之介と付き合っていた頃の私は黒歴史の芋女だったし、思い出すだけでも虫唾が走る。


 人は見た目と立ち振る舞いが全てだ。

 見てくれが良ければそれだけで男は寄ってくるし、同性からは嫉妬と羨望を寄せられる。

 嫉妬は女の黒い部分を吐き出す。じめりとした嫌がらせをしてくる輩もいるけど、私はそれが全然苦じゃなかった。


 だってそれは私のことを羨ましいと思っている証拠だから。むしろ勲章のようなものだ。

 化粧の技術を磨き、おしゃれを勉強し、言動に気を使うようになってから私は女子グループの中でも1、2位を争うほどのカーストを登り詰めていた。


 いわゆるリア充ね。最底辺だった私は頂上から見える光景に絶句した。

 棘の雰囲気を纏っていても煌びやかな同性は慕ってくれるし、上目や撫でた声を出せば男なんてすぐに落ちた。

 この地位が――特権が――たまらなく快感だ。


 努力は報われる。安っぽい言葉だと思っていたそれも嘘じゃないんだって思えた。

 それから私は努力をしない人間が嫌いになった。いや、より正確に言えば大した努力もしていないくせに特権だけは享受できる人間が憎い。


 具体的に言えば佐久間龍之介と鳴川凛だ。

 前者は優しい性格なのは認めるわ。かつては芋女の私をイジメから庇ってくれた男の子だし。けどあまりに貧弱。

 友則と出会ってから龍之介がいかにレベルの低い男なのかを思い知らされてしまった。


 言うまでもなく私の心は龍之介から離れていき、強い男――才能に溢れた友則に惹かれていった。

 後者の鳴川は生理的に無理だった。生まれつき容姿にも恵まれ女優の才能まで秘めている。


 神様は残酷で不公平だ。

 私が血の滲むような努力をして得た報酬を先天的に兼ね備えているんだから。


 悔しいけれど鳴川さんの容姿は私が太刀打ちできないほど綺麗だ。

 冷徹な視線や声音はクール美人。

 友則の頭は彼女を落とすことでいっぱい。私のことなんて見向きもしてくれない。


 憎い。最初から何もかも持っている女が――鳴川凛が憎くてたまらない。

 だからグループの取り巻きと一緒に嫌がらせをすることにした。

 彼女は私と仲良くすることを拒絶した。それも気に入らない。一匹狼を気取ってんじゃないわよ。


「悪いけど脅迫して僕から奪ったお金、返してもらえないかな」

 クラスメイトたちの目の前で友則にそう告げる龍之介。

 言うまでもなく教室がざわつく。


「あいつ死んだな」なんて囁く声が漏れ聞こえてくる。

 もちろん私も同じ感想だった。持たない人間は持つ人間に搾取される。

 小さな社会で学んだ私は内心で嘲笑っていた。


 なのに、

「……わかった」

 友則は身体を震わせながらそう告げる。

 心なしか龍之介なんかに怯えているようにも見える。

 うそ……どういうこと?


「ちなみに総額はわかってる?」

「七万円ぐらいだろ?」

「えっ?」と龍之介が聞き返すと友則の肩が激しく上下した。


 間違いない。やっぱり怯えているんだ。

「僕から毟り取ったお金は十七万円だからね? 大丈夫?」

「わっ、わかった……! 返す、返すよ!」


 その光景を見た私は空いた口が塞がらなかった。

 何これ……もしかしてドッキリか何かなの?

 一夜にして立場が逆転している光景に唖然とするしかない。

 

 しかも、

「おはよう佐久間くん。今日のお昼は購買部に行くのかしら?」

「おはよう鳴川さん。うん、そのつもりだけどどうして?」

「えっと、おかずを作り過ぎてしまって、その、もし私のお弁当で良かったらどうかしら?」


「えっ、いいの? すごく嬉しいよありがとう!」

 なぜか鳴川さんと龍之介が親しくなっていた。

 その光景を見た瞬間、私の胸にドス黒い感情が芽生えてしまう。


 ――全部、壊してやる。

 私は昼休みに鳴川さんを女子トイレに呼び出すことを決意した。

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