第13話
「遅いですよ。早く着席しなさい」
「はっ?」
席に着くよう指示を出す中安先生に素っ頓狂な声が漏れる僕。
嫌がらせやイジメを匂わせる状況に出くわしておきながら先生は面倒くさそうな表情を見せていた。
おそらく僕はその顔を一生忘れないだろう。彼女は教師失格だ。何事もなかったかのように背を向けて授業に戻る姿は怠惰の一言。
クラスの女子が集団も遅刻し、しかも体操服に着替えて戻ってきたんだよ?
……問い詰めろよ。
中安先生を頼れないと確信した僕はすかさず《導の魔眼》を発動する。
案の定、鳴川さんは咲ちゃんたちに水を浴びせられていた。
何よりタチが悪いのが、体操服に着替えて全員が水に濡れたことを演出していること。
さすがにびしょ濡れの鳴川さん一人だけを教室に返すのはあからさまだと事前に体操服を用意していたらしい。
今日の授業に体育はない。ただし彼女たちは全員運動部。帰宅部の鳴川さんだけが着替えを持ち合わせていない。
隣の鳴川さんが着席するや否や立ち上がると、
「大丈夫よ佐久間くん。どうってことないわ。お子ちゃまのすることにいちいち目くじらを立てていたら身が持たないわよ?」
僕の手首を握りしめて、制止してくる鳴川さん。
強くて美しい女性だ。
と同時に、いたいけな少女だとも思った。
握った手が震えていたからだ。
「ちょっと。何立ち上がっているの佐久間くん! もう授業は始まっているのよ! 着席しなさい!」
何があったのかを掘り返されるのがよっぽど嫌なんだね。
もはやヒステリックを疑ってしまう怒声で僕を注意してくる中安先生。
どうして遅れてやってきた生徒よりも怒られているんだろう。闇が深いや。
「立ち上がってくれてありがとう佐久間くん。それだけで十分よ」
無理矢理作った笑みは見ていられないほど悲痛に満ちていた。
彼女に免じてこの場で問い詰めることは断念するけれど――。
正式に落とし前はつけさせてもらうからね。
⭐︎
放課後。
僕は咲ちゃんを学校の屋上に呼び出していた。
もちろん問い詰めるのは鳴川さんの件だ。
この際、僕を捨てたことや三井くんと一緒になって虐げてきたことはどうでもよくなっていた。
けれど真っ直ぐ夢を追いかける人の足を引っ張ることしかできない人間にはお灸を据える必要がある。
「こんなところに呼び出してなんのつもり? まさか私に告白するつもりとか? 言っておくけど龍之介とよりを戻す気なんてさらさらないから。あっ、でもあんたと付き合えば誰かさんの悔しがる顔を見れるかも」
今の咲ちゃんはこっちから願い下げだよ。
喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込む僕。
「……どうして鳴川さんに水を浴びせたの?」
「はぁッ⁉︎ 何言ってんの! あれは水遊びで濡れたって言ったでしょ! それとも何? もしかして私のこと疑ってんの? 逆恨みもいい加減にしなさいよ」
咲ちゃんは二つの大罪を犯している。
ひとつは化粧やオシャレに嵌まり、男を手玉に取る愉悦に溺れた色欲。
もう一つは他人の才を妬み身を焦がし続ける嫉妬。
正直、前者は僕にも責任がある。
だからこそ咲ちゃんの目を覚まさせてあげたかった。
人は見た目じゃないって。だって僕は昔の優しい咲ちゃんに惚れたんだから。
けれど口で言っても聞いてくれないなら手段を選んでいる場合じゃない。
もちろん三井くんたちと同じように手を出すわけにはいかないけれど、泣き寝入りするつもりはないからね。
「僕を捨てたことや三井くんたちと一緒になって虐げてきたこと、鳴川さんにしてきた嫌がらせを謝罪するつもりはないの?」
「はぁ? 何言ってんのマジ意味わかんない。そういう龍之介ことずいぶんと姑息な手を使ったみたいじゃない」
「姑息な手?」
全く身に覚えがない僕は聞き返してしまう。
「どうせ友則たちにイジメられるのが耐えられなくて裏で鍛えてたんでしょ? 不意打ちで何をやり返したかは知らないけど、あんなになるまで殴るとかサイテーだから」
どうやら咲ちゃんは三井くんの顔の傷を僕がやったと勘違いしているみたいだった。
「私が鳴川さんに嫌がらせをしているってんなら証拠を見せなさいよ、証拠を。まっ、あんたには無理でしょうけどね」
そう言い残して咲ちゃんは屋上から立ち去っていく。
どうやら彼女もまた言って聞くような人じゃなかったらしい。
⭐︎
職員室に移った僕は迷惑そうにしている中安先生の元へ。
さっきから「……はぁ」とため息ばかり吐いている。
この人は教師を続ける資格のない人間。他人を裁く権利はないけれど、彼女の教え子になる後輩のため僕は偽善を執行するつもりだ。
「どうして何があったのかをきちんと確認しないんです?」
「はいっ? ごめんなさい。私も歳なのよ。耳が遠くて聞こえなかったわ」
耳に手を当てて、わざとらしい仕草を見せつけてくる先生。
僕は彼女にも聞こえるよう耳元で声を張り上げる。
「どうして鳴川さんが濡れて帰ってきたのにも拘らず、何も確認しないんです? そう言ったんです!」
突然大音量になれば周囲の注意も引くわけで。
ましてやイジメを匂わせる発言だけに敏感にならざるを得ないだろう。
「ちょっと佐久間くん! あなた何を考えているのよ! ここは職員室なのよ⁉︎ そんな大声を出してどういうつもりかしら」
中安先生の目元がピクピクと痙攣する。
自分にとって不都合なことは顔を背けるくせに、不利になるようなことには敏感なんですね。
「正直にお伝えします」
これから何を言い出すのかを大方察知した中安先生は慌てたように、
「わっ、わかったわ! 聞くわよ、聞いてあげるわよ! だから今すぐその口を閉じなさい!」
どうせ生徒指導室に連れて行って話を聞く素振りをするだけでしょう?
この前の映像も真っ直ぐゴミ箱に行きましたもんね?
あれから先生が裏で動いてくれているんじゃないか、そう期待して《導の魔眼》で覗いたら証拠を隠滅していた光景を見せられた僕の気持ちが分かります?
控えめに言ってあなたには失望しました。
「鳴川さんは大月さんたちに嫌がらせを受けています。何とかしてもらえませんか」
僕はさっきと変わらない声量でその事実を張り上げる。
今度こそ動かざるを得ない状況に追い込んで。
けれどここまでして僕の期待は裏切られることになる。
一週間後。
中安先生は咲ちゃんを呼び出し、何かを言い含めた後、見るからに演技の仲直りアピール。全て丸く収まったように演出するだけで、裏では陰湿な嫌がらせが続いていた。
それを見て僕は新たな魔法を行使することを決意する。
口で言ってもダメ。もちろん女性に手を出すのもご法度。だったら精神的に分からせるしかない。
僕は魔眼の中でも最凶の部類である《悪夢の魔眼》を開く。
対象はもちろん咲ちゃんと中安先生だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます