第10話

 三井は鳴川に気がつくや否や、

「おいおい。俺の誘いは断ったくせになんで佐久間と一緒に下校してんだよ?」

「しつこい男は嫌いだと言ったはずよ」


 強がる鳴川だが、内心はガラの悪い男たちに囲まれて怖がっていた。

「はっ。女のくせに生意気言ってんじゃ――」

 無理やり鳴川に触れようとする三井だが、


 ――パシッ!

 

 その手を握りしめる佐久間。

「気安くレディに触れちゃダメだよ」

「てめえっ……!」


 破裂してしまいそうなほど顔に血液が集中する三井。

「その澄ました顔を今度こそズタズタにしてやる。誰にたて突いたか思い知らせてやる」


 ☆


 人気のない空き地に連れて来られた佐久間はざっと周囲を確認する。

(……全員で13人。鈍器を持っているのが2人か。それも金属バットって……露骨過ぎない? 頭部を殴ったら死ぬかもしれないんだよ? それに――)


「――今からでもまだ間に合うよ鳴川さん? 僕なら大丈夫だから避難した方が……」


 鳴川を逃したい佐久間だが、彼女はそれを頑なに拒否していた。

 一人では行かせないと、着いて来たのである。

 

 佐久間龍之介は異世界の滅亡を企む魔王を討伐した男である。

 人間がいくら束になって襲い掛かろうとも遅れを取ることは決してあり得ない。

 だからこそ同行を是と承認したようだが、


「何度も同じことを言わせないでもらえるかしら。私は私のことを大切に想ってくれる人を見捨てるような女にはなりたくないの」

 鳴川の決意がこもった瞳。


(どうやら意思が硬そうだね。本当は《転移魔法》で無理やり避難させておくべきなんだろうけど……できる限り人前で魔法を使うのは避けたいし、何より着いて来てくれたことが嬉しいや。彼女の意思を尊重して、指一つ触れさせないようにしよう)


「そっか……ありがとう」

 感謝を伝えた佐久間は考える。

 この場をどう治めるか、である。


 鳴川の手前、できる限りバイオレンスは無しにしたい。

 彼女にトラウマを植え付ければ、女優業に悪影響になる。

 それだけは絶対に避けたい様子。


 彼は師の教えを思い出す。


『いいかリュウ。戦闘ってのは何も薙ぎ払うだけじゃねえ。お引き取り願えるならそれに越した事はねえ。そういう時に有効なのが――』


 佐久間は敵意を放っている13人をを観察し、

「タイマンでお願いできないでしょうか」

 腕を組み大木にもたれかかっている男に視線をやる。

 年齢は三十代前半。無性髭が生えた筋肉体質。


 佐久間と視線があった男は松山茂という。

 プロボクサーとしての経験だけでなく格闘技でも成果を上げた実力者だ。

 今では世話になった子分のお礼をするような男に落ちぶれてしまったようだが。


「ほう。面白いじゃねえか。なぜ俺を指名した?」

 口の端を吊り上げながらゆっくりと佐久間に近づく松山。

「この中で貴方が一番強いからですよ」


 数いる男たちの中から最強を瞬時に見抜いた佐久間。

 当然三井は驚きを隠せない。

(ちょっと待てよ。なんで松兄が一番強いって分かったんだ? 佐久間は初対面のはず……)


 三井に嫌な予感が走った次の瞬間、

「シュッ‼︎」

 現役時代を彷彿させる右ストレート。

 それは並の反射神経では反応できない速さ。

 一般人なら間違いなく一瞬で落ちていただろう。

 ボクサーが喧嘩を禁じられている所以の一発。


 しかし、


 ――パシッ!


 意識を失うどころか、微動だにせず拳を受け止める佐久間。

 と同時に松山の意識を飲み込むほどの殺気。威嚇を放つ。

 魔法名を《》と言う。


 拳や刀を交えずして、意識を奪い去り、決着をつける。

 むろんただの人間に本気の《破》を当てれば肉体と魂を分離させてしまう。


 ギリギリまで加減した上で放った結果、


 ――ドスンッ!


 盛大に尻餅をつく松山。

 逆光のせいで佐久間は黒く染まっている。

 《破》を行使した証明である紅色の瞳と相まって、邪神や鬼と錯覚するほどの威厳。

 松山は全身を震わさずにはいられない。


「「「「えっ⁉︎」」」」


《破》は松山一人に行使されている。

 周りの男たちは何が起こったのか分からずに困惑するしかない。


(やばい。まだ加減が足りなかったかな? ギリギリまで抑えたはずだったんだけど……えーとこういうときは)


 佐久間は苦手な演技をしながら松山に耳打ちする。

「行儀の悪い犬には首輪をするか、調教しておいてくれるかな? 次、僕と鳴川さんに害を与えようとしたら――貴方も連帯責任ですからね?」


「……っ、かっ、帰るぞ!!!!」


 人を超越した恐ろしい何かを垣間見た松山は震える全身で後退り、退散を命令する。


 彼の胸には恐怖だけが支配していた。

(……なんだあれ、聞いてねえぞ。あんなもんバケモンじゃねえか。殴り合いとかそういう次元の問題じゃねえ。関わったら――殺される!)


 リーダーの命令に最も納得がいかないのは三井。

 彼は松山に歩み寄りながら、

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ松兄。どうしてあんなやつに――」

 

 駄々をこねる三井に堪忍袋の尾が切れた松山が頬を殴る。

「――うるせえ! ぶっ殺すぞてめえ! 後でみっちり締めるからな。覚悟しとけよ」


「痛ぅっ! なんで……」

 殴られた意味もわからないまま、空き地を引きずられていく三井。

 因果応報。まさしくそれを体現したような幕の引き方であった。

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