第9話

 生徒指導室で鳴川と遭遇してしまった佐久間は一緒に帰路を歩いていた。

「ごめんなさい……よりは先にお礼かしら?」

「お礼?」


「ほら、中安に当てられたとき答えを教えてくれたじゃない」

「あっ、ああ……」


 歯切れが悪いのには理由がある。

 彼は授業中《しるべの魔眼》を開眼し、その効果を確かめていた。

《導の魔眼》は体内の魔力を媒体に術者の知識欲を満たすもの。授業の答えなど容易く得られた。


 佐久間は両親を轢き逃げした犯人や騙し取られた財産の行方などを後々調べるため、試験的に行使したのである。


「それと私のために怒ってくれて嬉しかったわ」

 艶のある黒髪を耳にかけながら言う鳴川。

 心なしか紅潮しているように見える。


(うぐっ……まさか盗み聞きされていたなんて。怒りで我を失いすぎたかな。本人の気配に気が付けないなんて一生の不覚だ……覆水盆に返らず。聞かれちゃったものは仕方ないし、を渡すちょうど良い機会だよね)


 カバンを漁る佐久間が取り出したのは一冊のノート。

「もしよかったらどうぞ」

「これは……?」


「鳴川さんが休んでいた分の授業をまとめたんだ。テストに出そうなポイントも分析してあるから、参考にしてもらえると嬉しいかな、なんて」


 ちなみにこのノート、最強である。

 鳴川凛が撮影で欠席していた全授業を《導の魔眼》で洗い出し、《未来視の魔眼》で中間テストの出題をカンニング。

 最小限の時間で最大の点数を叩き出せるよう丁寧に作り込まれている。


 本来であれば数日以上かかる作業だが《速記》を発動し、わずか五分程度で完成していた。


(これぐらいなら、まあいいよね……)


 佐久間龍之介が《異能》を持って現実世界に帰還した日。彼は強く心に誓ったことがある。

 それは異界のチカラを行使する際は


 異世界転生後、彼は麻痺してしまった時期がある。

 何の努力もなく偶然手にしたチカラ。行使すれば魔王軍はたちまち討伐されていった。次第に寄せられる名声と地位と報酬。


 己が優れているのではなく、己の持つ能力こそ優れている。

 器など誰でも良かったのではないか、と自問自答する日々。

 虚無感に襲われていく。そんな佐久間に師は言った。


」と。


 己の持つ異能で他人が幸せになる。

 たとえ動機が不純でも、救われた人間がいれば――その事実に嘘偽りはない。

 純粋な人助けと欲望を秘めた人助けは何が違う? 何も変わらねえ。


 だから他人のためという大義名分で存分に《異能》を行使しろ、と。

 下心があっても構わない。能力を使ったことで笑顔になれるヤツがいるかどうかを行使する判断基準にしろ。そう説いてくれた。


 ノートを受け取った鳴川はいと大切そうに抱えて言う。

「重ねて感謝を伝えるわ。ありがとう佐久間くん。本当に嬉しいわ」

「喜んでもらえると僕も嬉しいよ」


 二人の間に和やかな空気が流れたのも束の間。


「こいつか友則? お前をボコったってやつは?」

 三井を含めたガラの悪そうな集団が佐久間と鳴川に絡むように現れる。

 それはまさしく不協和音。青春をぶち壊す招かざる客であった。


「この前はよくもやってくれたな佐久間。覚悟しろよ」

 舌を出しながら立てた親指を下に向ける三井。

 それを見た佐久間は酷く面倒くさそうなため息をこぼすのであった。

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