第8話

 放課後。

 僕は担任の中安先生と生徒指導室に来ていた。

 三井くんからイジメを受けていることを報告するためだ。


 魔法で録画していた映像をパソコンで流し終えると、中安先生はいたく迷惑そうに口を開いた。

「……こんな映像を見せてどういうつもり?」

 

「どういうつもりって……」

「あのね佐久間くん。以前から言っているでしょ? 仲良くしなさいって。こんな隠し撮りまで……これ以上先生を困らせないでちょうだい」


「ちょっと待ってくださいよ。三井くんはカッターナイフまで取り出しているんですよ? この映像を見てもまだ『仲良くしなさい』なんですか?」


 僕は異世界に転生する前からイジメを報告していた。

 けれど彼女は僕の言うことを聞き流すだけ。

 決まって最後は『仲良くしなさい』だ。彼女は本当に教師なんだろうか。職務放棄もいいところだよ。にも限度ってものがある。


「教師は忙しいのよ。毎日深夜まで残業。もちろん手当だって支給されない。休日は部活の顧問という無償ボランティア。趣味の時間なんて一切取れないの。こんな状況でイジメ? ふざけないで! 佐久間くんは私を過労死させる気かしら」


 過酷な労働環境というのは本当だと思う。激務を証明するように先生の顔には皺とシミだらけだ。

 同情の余地はあるものの、イジメられている生徒にとって教師は最後の頼み綱。命を預かっていることも自覚して欲しい。


「……もう一つお聞きしてもいいですか?」

「手短にしてもらえる?」


「どうして数週間ぶりに登校してきた鳴川さんを授業で当てるんですか? 彼女が女優をしていることは当然先生も知っていますよね? 台詞も覚えなきゃいけないし、予習や復習する時間がないことなんてちょっと想像力を働かせれば分かることでしょう? 僕にはあれが先生の嫌がらせだとしか思えません」


 僕のクラスメイトに鳴川凛という女優さんがいる。

 撮影があれば数週間、長ければ一月以上も学校に通えない。

 僕は異世界に転生する前から鳴川さんの生き様が好きだ。


 僕には生涯をかけられるほどの『何か』がない。

 だから鳴川さんの野望とやる気に満ちた強い眼差しがずっと羨ましかった。

 それに彼女は僕のイジメを止めるように注意してくれた人物でもある。


「女優? あんなのただ遊びじゃない。ちやほやされていい気になって……私が彼女を当てる理由が嫌がらせですって? 言いがかりだわ。私は社会の厳しさを教えてあげているの。むしろ感謝して欲しいわね」


「……取り消してください」

「えっ?」


「遊びだと言ったことを取り消してください。鳴川さんは真剣に女優の道を歩んでいるです。それを応援すべき大人が遊びだって? ふざけるのも大概にしろよ中安。この際、僕のイジメはいいですよ。こちらで何とかします。その代わり今、ここで! 遊びだと言ったことは取り消してください。何より鳴川さんの目の前で遊びなんて言葉を使ったら――」


「なっ、なに本気で怒っているのよ? だから最近のガキは嫌いなの。結婚さえしていればこんな仕事、辞めてやるのに」


 僕の気に当てられた中安先生は危険を察知したのか、急いで生徒指導室を後にした。

 しっ、しまった。つい怒りで我を忘れちゃった。しかもちゃっかりイジメの証拠であるパソコンを持って帰っているし。


 ……はぁ。分かっていたことだけど先生を改心させるのは無理そうだね。

 というより彼女は教職に就くべき人間じゃない。

 僕のことは別にしても、これから彼女の教え子を考えたら何か手を回しておく必要はありそうだ。


 そう思いながら僕も生徒指導室を後にすると――顔を真っ赤に紅潮させた鳴川さんがいた。

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