第4話

 異世界から帰還してから二日後。週明けの月曜日。

 例のごとく裏庭に呼び出される佐久間龍之介。

(そっか。たしか今日はお金を渡さないといけない日だっけ……?)


 佐久間は異世界で三年過ごしている。

 現実世界は一日しか経過していないが彼の記憶はあやふやになっていた。

 下駄箱や自席が分からずあたふたする姿は不審者のそれ。登下校だけで変人扱いである。


 しかし佐久間は周囲の目を気にしなくなっていた。

 人生は一度きり。時間は有限。生は当たり前じゃない。

 そういった価値観を異世界で強く感じたからだ。


「残りの一万円と延滞料の五千円。ちゃんと持ってきたんだろうな?」と三井。


(延滞料? いやいや高過ぎだって。異世界の極悪商人でもここまで酷くないよ? というか――)


「えっと……三井くんだっけ?」

「あン? 何寝ぼけたこと言ってやがる」

「あっ、もちろん忘れてたわけじゃないよ? あっちに行ってからも顔はちゃんと覚えていたからさ。ただ名前がうろ覚えで」


 と確認するのと同時、佐久間は魔法を発動する。

 魔法――と言っても大したものではない。

 網膜の映像を脳内に保存する程度のものである。

 

 彼には現実世界で筋を通したい人間が七人いた。

 そのうちの一人が目の前の男子生徒――の三井友則だ。

 傲慢とは書いた字のごとく、おごり、他人を見下すこと。


「ぷっ、あはははーっ! おいおい、高校生にもなって厨二病かよ! なんだよあっちって! まさか異世界にでも行ってきたってのか⁉︎ 名前を忘れたフリまでして……くっ、はは。マジ面白え」


 三井からすれば当然の反応である。

 しかしそのまさかであると知るのはすぐのことだった。


「今日は君にお願いがあるんだ」

「あアン? お願いだと?」

「傲慢な態度を取るのは今日でおしまいにして欲しい。暴力を振るうのも、お金をいびるのも、妹に手を出そうとするのも全部やめて欲しい。この通り」


 視線を下げる佐久間。

 頭を下げて解決できるならそれに越したことはない。

 戦争を経験した彼にとって争いは好きになれるものではなかった。


「ああ……わかったよ」

 三井が口にした次の瞬間、すぐに顔を上げる佐久間。

 酷くゆっくりな右ストレート。彼はあえてそれを受けることにした。


「なっ……!」

「なーんて言うと思ったかバカが! てめえは俺の言うことを聞いてればそれでいいんだよ!」


 殴られて尻餅をつく佐久間に意地の悪い笑みを浮かべる三井。

 性根の腐った言動に失望する佐久間。


(ああ……やっぱり言って聞くような人じゃないよね。はぁ……できれば穏便に済ませたかったんだけど……)


 佐久間は全く痛みを感じない頬をさすりながら立ち上がる。

 制服についた土埃を払いながら、

「まあ、顔に一発もらったし、正当防衛かな?」


「なに?」

「イジメは犯罪だよ? 当然やり返されることも覚悟してるよね?」

 佐久間龍之介の反撃が始まった。

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