第3話

 異世界から帰還した僕は時間を確認する。

 ……向こうでの生活は三年間なのに現実世界は一時間しか経ってない。

 何もかも嫌になって家を飛び出したあの日に戻って来たってことだ。


 僕は妹と暮らしているマンションを見て思う。

 学生二人が住むような家じゃないよね、やっぱり。

 財産を奪い取られた日。

 僕たちは家賃を含めた毎月の生活費を親戚から提示された。


 元はといえば僕たちのお金なのにそれを受け入れるしかなかった。泣き寝入りすることしかできない非力さと悔しさは今も胸に残っている。

 さらに舞は思春期。

 経済状況に余裕がないにも拘らず、家に強いこだわりを持っていた。


 僕としては生活が第一で雨風凌げる安い賃貸にしたかったのだけれど、決して許してくれなかった。

「こんなボロい家に友達を招待できるわけないじゃん」の一点張り。


 妹の自尊心のために高いお金をドブに捨て続けてきた。

「……ワンルームならいくらでも安いところがあったのにな」

 僕はそう呟いて帰宅した。


 ⭐︎


 帰宅すると妹がお風呂から出てきたところだった。

 濡れた髪をタオルで挟みながら、

「あれ……もうバイト終わったの?」


「えっ……?」

 僕は舞の発言に絶句した。

 すでに二十二時を回っている。高校生がバイトできない時間帯だ。なのに妹は「もう終わったの?」と告げてきた。


 ケンカの直後。妹の欲しいものを買うために兄が稼ぎに行ったという発想自体が驚愕だ。

 僕は辟易しながらも、そんな様子はおくびにも出さずに聞いてみる。

「ちょっといいかな舞?」


「はっ? 何名前で呼んでんの? キモいんですけど」

 親の仇でも前にしたような声音と視線。

 ああ、これはもうダメかもしれない。

 そうか。やっぱり僕にはもう家族と呼べる存在なんて――。


「僕は妹のことをたった一人の家族だと。舞にとって僕は何?」

「そんなの決まってるでしょ?」

 

 ゴクリ。生唾を飲みこむ音が玄関に響く。

「ただのATMだっての」

「そっか……」


 舞の激白を聞いて頭を垂れる。

 悲しくて辛いはずなのに、なぜか口の端がつり上がっていた。

 これでもう面倒を見なくていいんだと思ったら気が楽になったからだ。


 今まで僕と一緒に暮らしてくれてありがとう。

 そう内心で呟いたあと、僕は視線を上げる。

 頭の中にはたくさんのやることリストが浮かんでいた。

 

 僕のことをいじめていたクラスメイトにケジメをつけること。

 僕のことを裏切った幼馴染に胸に秘めていた気持ちをぶつけること。

 見て見ぬ振りをしていた教師に現実を叩きつけること。

 両親を殺した犯人を見つけ出し、贖罪させること。

 親戚に奪われた財産を取り返すこと。

 そのお金で新生活を始めること。

 事業を始めて稼ぐこと。

 この家を出て妹に生活することの大変さを理解してもらうこと。


 さて、これからは忙しくなるぞ。

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