あまりにも美し過ぎた世界

「勇者はまだ

見つからんかっ……」


「も、申し訳ありません、魔王様」


こればかりは

側近を責められるものではない。


あの狡猾な勇者のことだから、

そう簡単には見つからないだろう、

とは思っていた。


姿を隠し、コソコソ逃げ回り、

足跡を残さぬように立ち回る。


それは想定内のことではあったが……


しかし、あまりにも時間が無い



すでに勇者は、

この世界において

重要な存在である森林を、

相当数の割合で焼き払っている


さらに問題なのは、

大規模火災によって発生した粉塵、

二酸化炭素などの量


大地に届く太陽光は弱まり、

大気も汚染されてしまうだろう



川や湖にも毒を流すなどして

水質汚染を推し進めている


このままでは

水が飲めなくなるかもしれない


このまま勇者が見つかるまで

奴の好きにさせてしまえば、

この世界は早々に滅ぶ



――やはり勇者も気づいていたのだ……


この異世界の最大の弱点に


――この世界は美しい


青く澄んだ空と海、

川も湖も、すべての水が

穢れなく透き通っている


森や山々の緑も

すべてが美しい


――だが、美し過ぎるのだ


それ故に、汚染など

いわゆる環境破壊などの耐性がまったく無い


人間で例えるならば、


クリーン過ぎる環境で生まれ育った者は

様々な菌やウィルスに対する

抵抗力がまったく無く

生命力も弱く、死に易いのと同じく


この世界は汚染にあまりにも弱い



少なくとも、我々が元居た

人間世界においては、


ファンタジー系の生物は

そもそも人間が大自然を畏怖して

生み出されたという背景があった


それがどんな種族であろうとも

大自然とのつながり無しでは成立しない


この世界に住むすべての者達は

まさしくそれに当てはまる


いい例なのが、

人間世界でよく空想される

公害怪獣やヘドロ怪獣に相当する生物が

この異世界には存在しない


つまり、この世界は


――美し過ぎた故に

あまりに脆く儚いのだ


-


しかし、奴はどうやって

人間世界の物質を

こちらの世界に持ち込んだのだ……


数多の異世界を滅ぼし、

神々でさえも禁忌の能力とした

転移系能力がある


この世界に残る伝承として

そう聞いたことがあるが


それを使ったというのか?


いや、その能力は

世界を一瞬で滅ぼすことも出来ると言う


この世界の滅びを願う

あの勇者であれば


その能力を手にしたのならば

こんな回りくどいことはせずに


すぐにでもこの世界を滅ぼすだろう


では、まだ

その能力を手に入れていない、

もしくは使いこなせていない

ということなのか?



……いずれにせよ、ここから先は

私が勇者を見つけて殺すのが早いか、

勇者がこの世界を滅ぼすのが早いか


その勝負になるということか……



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