前前世の記憶

「どうだろう?

協力する気になってもらえたかな?」


勇者の前に立っているのは

一人の魔族の男。


暗い顔で俯いている。


「君が協力してくれると言うのなら、

君の奥さんと子供、家族みんな、

その命を奪うようなことはしないと、

そう約束しよう」


ここは勇者が占拠した

魔王軍配下の田舎町ヘルサテライト。


ここにある病院が

今は勇者の拠点だ。


ここには勇者の他に

三人のスタッフがいる。


いずれも各分野で比類の無い

マッドサイエンティストばかり。


道を極めたが、

魔王を批判した為

追放されたネクロマンサー。


禁忌の練成に手を出して

世間から迫害された錬金術師。


患者の許可無く

勝手に人体改造を繰り返す

正真正銘のマッドドクター。


違った意味で

みな強者つわもの揃い。


『合成生命術』などの

新しい能力を手に入れた勇者は、

彼等三人を集めて、

共同研究と称した

様々な良からぬ実験を行っていた。


この町の魔族達はその

実験の材料とされているのだ。



「どうせ約束なんて、

守りはしないのだろう?」


先程の話を聞いていた錬金術師は

呆れた顔でそう言った。


本人も大概ロクでもないのだが、

それはこの際

置いておくようだ。


「この世界にある

すべての生命を滅ぼす

それが俺の目的だからな


その日が来るまでなら、

約束は守るさ」


「お前はそれでも本当に勇者なのか?


いやそれ以前に、

そもそも、お前は本当に人間なのか?」


それは人間性の欠片も無い勇者に向かって

放たれた皮肉であったが、


違った意味で

勇者の本質を突くことになる。


「それは、

案外いい質問なのかもしれない


確かに前世は、人間の形をして

二十年近い時を過ごした……


だがその前となると分からない……


記憶が無い、というよりは


もしかしたら

存在していなかったのかもしれない……


無であったような気もするし、

闇に居たような気もする……


または人間達の

悪意であったのかもしれない」


「少なくとも、今の俺には

複数の人格があるのではないかな


状況などによって、

性格や言葉遣い、

一人称も異なるし


今は『俺』だが、

『僕』『私』『自分』も存在している、

という具合にな」


『俺』は外道ではあるが、

物腰だけは柔らかい人格らしい。


-


勇者の発言に、

協同研究者である三者は興奮し、

それぞれの自論を

白熱しながら展開する。


「そんなことが有り得るのか?

仮に、無や闇であったものが

受肉をして人間になるなどと」


「人間達の悪意が一つにまとまって

魂へと変質したのなら、

さすれば受肉もまた可能になるはず」


「前前世が何であったか?


それが今現在の勇者に

大きな影響を与えている


前世よりも前前世がだ


もしそれが本当であるならば

実に興味深いことだよ、これは」


「なるほど、


俺が居た前世の人間世界は、

物質至上主義の文明であったが、


この世界は精神至上主義でもある


お前達の方が

こういう話は合っているということか」



魔王軍が来るであろうことを

予測していた勇者達は、


その行軍のルートに

研究成果を配置して、

実戦の実験場としていた。


勇者が得た『毒』能力の応用、

合成生命としてつくられた蚊、

そして砂漠エリアの合成改造魔獣。



それと同時に勇者は

Lv.上げの経験値を稼いでもいた。


合成改造魔獣を

『ビーストマスター』能力で

使役していたことで、

勇者の経験値としてカウントされる、

それが今回の主目的でもあった。


「やはりLv.は

魔王軍の連中を相手にした方が

格段に上がるものらしいな」


こうして、勇者が

禁忌である転移系能力の解放に

後一歩まで迫ったことによって、


この世界の滅びが、

本格的にはじまろうとしていた……。



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