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『ばか』


「ごめんなさい……」


『ばかばかばかばかばかばかばかばか』


「本当にごめんなさい」


『ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばか』


「すいませんごめんなさい本当に申し訳ありません……」


『ぷんすかっ!』


 家に戻ると、リビングにてぷんすかするフウチに、すぐに大量のばかって書かれまくったので、すげえ謝っている僕だ。


 なお、筆談なのは、久しぶりに声を出した結果、喉を痛めたらしい。まあ、数年ぶりの発声がおよそ発狂だったから、仕方ないだろう。


「そ、そうだフウチ! のど飴あるぜ!?」


『ぷんすかっ!』


「ほら、あーんしてやるから」


『ぷんすかっ! ぱく。ぷんすかっ!』


 あ、食うんだ。のど飴。あーんすれば食ってくれるんだ。


「そのな……、お父さんを悪く言って本当にごめん!」


 リビングにて、土下座だ。目を見てしっかりと言ってから、僕は土下座である。僕の土下座をスマホムービーを回して、さも当然の権利のように録画している妹が存在しているけれど、今は土下座を優先する。


『……それは、怒ってないもん』


「え……? そうなの?」


『うん……だって詩色くんの声、すごい棒読みだったし……声のトーンで無理してるな、って。バレバレだったもん』


「大根役者っぷりが声だけでバレたのか……」


 それはそれで、なんか悲しい。僕はなんの才能もないのだろうか……、って落ち込みそうになる。


 でも、じゃあ。


「じゃあフウチはなにに怒っているんだ?」


 いや。怒る理由なら結構あるのだが。まず僕が一人で雪水氏との決戦に向かったこと。一緒に行ってお願いする——って流れでフウチには話していたんだけれど、それなのに僕一人で行ったことにも怒っているだろうし、内緒にしている活動日誌のことに関しても、読んだと言ったら怒られるだろうし……。


 怒られる要素が多すぎて、わからないぜ。


『パパに言われっぱなしで詩色くん。言い返さないんだもん。詩色くんが言われっぱなしで、私が悔しくなっちゃって……』


「…………僕のために怒ってくれてるのか」


 なんだよ。僕は幸せ者じゃねえか。僕のためだけに怒ってくれたのか。


 本当に幸せ者じゃねえか。僕。


『ち、違うもん! 黙って言い返さないなんて、情けないって思ったからだし、私が怒っているのは、その……もー! 嫌い!』


「え………………」


 ええ……。その言葉は、死ねって言われるよりも傷つく。落ち込みを隠せない。


 ずーん…………。


 僕が土下座のフォームのまま、額をリビングの床に押しつけて落ち込んでいると、フウチは僕の耳元で、小さく。小さく小さく。


 取り戻したばかりの声で、


「……ほん、と……は……き」


 と。言った。かすれかすれの声だったけれど、確かにフウチの声。吐息が耳にかかってくすぐったいけれど、可愛い可愛い、声だった。


「え? なにそれ?」


 顔を上げて言うと、筆談に戻っていたようで、タブレット端末には、


『たし算』


 そんな文字が。はて? たし算?


「なにと? どの言葉とたし算?」


『エックス』


 エックスって……。僕は何通りの言葉を試せば、答えにたどり着くんだよ……。


 その答えにたどり着く前に、僕の寿命尽きちゃうんじゃないのか?


 まあ、いいか。僕の寿命だからどうでも良いとは言えないけれど、それよりも今はまず。


「なあ、フウチ。僕さ、実はフウチが……」


 好きだ、って言おうとした。


 が、寸前で止まった。なぜなら、ここで告白したら、僕の告白シーンはさっきからずっとムービーを回し続けているしぃるのスマホにばっちり録画されてしまい、それを永遠にいじられる未来が見えたからだ。


 あとここへ来て、見事にチキンメンタルが発動した。好きって言葉にするの恥ずかしい!


 そして僕らしい言い訳を瞬時に思いついてしまい、自分を納得させようとしている。その言い訳とは——僕がフウチに告白しようと思ったのは、言ってしまえば活動日誌を読んでしまったことが大きく、そして告白しなければならない、と。まるで使命のように感じていたけれど、いや待て待て。


 そもそも僕が活動日誌を読んで、それを読まなかったことにした理由は、ズルいと思ったから。


 ズルい。ではでは、僕の気持ちをこっそり盗み聞きしたフウチもズルくない? ズルいよね?


 僕だけじゃないよな? ズルさで言えば、フウチも同罪だよな?


『私が、なに?』


「フウチが……」


 いや。いずれ言うよ。いつか絶対言う。


 妹がスマホ構えていなければ、今言っても良いんだけれど、残念だなあ。スマホ構えているんだもんなー、僕のマイシスター。


「フウチが……可愛いと思っていたんだ」


 誤魔化しが下手だ。僕はだいたいのことが下手だ。得意なことは、自分への言い訳とお好み焼きをひっくり返すことくらい。そんな僕にしては、よく言えたんじゃないだろうか。


 可愛いって。よく言えたよ。


 それだけでも自画自賛だよ。


『……ばーか』


 僕が自画自賛した台詞は、しかしフウチはお気に召さなかったようで、でも照れてる表情を見せながらそう書いた。可愛いなあ、本当に。


 さてと。土下座を続けるのも情けないだろうし、僕は立ち上がる。よくよく考えてみると、僕は土下座の姿勢で告白しようとしていたのか、と。我ながら戦慄を禁じ得ないが、立ち上がり、そのままフウチを見つめてしまう。やっぱり、目を奪われてしまう。


 このままでは雰囲気に流されて、妹から一生いじられる権利を得て告白してしまいそうだったけれど、そんな僕にフウチは、


『ちょっとしゃがんで?』


 と。書いた。それに従い中腰になると、僕の耳元でフウチは、また小さく呟く。


 詩色くん——と。


 初めて呼ばれた。フウチの声で、初めて名前を呼ばれた。


 それが思いのほか嬉しくて。心が震えて。感動して。またしても泣いてしまいそうになったけれど、でもぐっと涙腺を締め付け、僕は続きの言葉に耳を傾ける。


「ありがと」


 ちゅ——と。最後に耳たぶにキスされた。


「どういたしまして」


 いつもなら、ぽへー、って言いながらぽへー、ってなるところだが、僕は意識を強く持ち、平然を装い返した。


 耳たぶにキスをしたフウチは、逃げるように階段に走り、どうやら向かった先は僕の部屋。恥ずかしくなって逃げ込んだようだ。


 やれやれ。


 甘えたがりで。赤面症で。照れ屋で。可愛くて。年上で。


 お姉さんなのにも関わらず、年下みたいな性格だし、恥ずかしがり屋なのに構ってちゃんだし。


 でも、そんなフウチが僕は大好きなのだ。


 この気持ちは、必ず伝える。今でなくとも。


「ほら、お兄ちゃんがもたもたしてるから、フウチ先輩逃げちゃったでしょ! 早く追って!」


 たくっ。妹は妹らしくないし。相変わらず。


 だけど、その通りだな。僕の部屋に引きこもられでもしたら、大変だもんな。


「よし。追いかけるか」


 着いて来んなよ——と。しぃるに釘を刺し、僕はフウチを追いかける。


 妹の言う通りにしたみたいで、少し恥ずかしいけれど、僕は大好きなフウチを追って、部屋に向かうため階段をのぼる。


 ゆっくり。ゆっくりゆっくりと。


 一段一段。踏み締めるように。


 ゆっくりだっていい。僕のペースで良いんだ。


 僕はハッピーエンドを目指したけれど、だけれど僕が掴んだのは、ハッピーはハッピーでも決して、エンドではなかったのだから。


「ふは」


 楽しみを堪えきれず、笑ってしまうぜ。


 どうやら僕の青春は、まだまだ始まったばかりらしい。


 最高のハッピースタートから——ここからまた。


 新たな気持ちで——僕の青春を始めよう。


 葉沼詩色の青春を晴後フウチにささげよう。


 そんなことを思いながら、僕は自室の扉を開いた——ガチャ、と。


 扉を開けると、すぐ前にフウチが立っていた。タブレット端末を胸の前で両手で持ち、最高にときめく言葉を書き、立っていた。目を瞑り。アゴを少し上げて。


 頬を真っ赤にして——僕を待ってくれていた。


 唇を少しだけ、可愛く尖らせて。


『キスして』


 だから僕は、言った。パパラッチの侵入を許さないように扉を閉めて。リクエストにお応えする前に、きちんと伝えよう——言葉にしよう。


 ずっとずっと秘めていた言葉をやっと声に出し、素直に伝える。ビビリらしく声を震わせながら。でも、しっかりと言い切った。


「僕、フウチのことが、好きだよ。キスしたいくらい、本当に。どうしようもないくらい、僕は——フウチが大好きだ」










 可愛ければ筆談でもいい? 終わり。

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