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書き終えたフウチは、ぎこちなく笑った。
それはきっと——誤魔化すために。
笑顔で取り
可愛く見えるだけで——ちっとも可愛くない笑顔だ。
「とりあえずフウチ。僕に謝罪をしてもらおうか」
僕は言った。謝罪を要求した。
もちろん、門限のことが嘘だったから——ではない。そんなことぶっちゃけどうでもいい。むしろ僕にとって、嬉しい言葉ばかりを並べてくれたから逆に感謝しても良いくらいだ。
じゃあ僕が、なにに対して謝罪を要求したのか——それは、とても僕が言えたことじゃあないけれど、しかし自分のことを棚に上げようとも、僕はフウチに訂正させたかったのだ。
『……う。ごめんなさい』
なにに謝っているのかわからないくせに、フウチはそう書いた。僕に背を向けたまま、
「僕がなにに対して謝罪を求めているか——わかっていないだろ?」
『……門限? じゃないの?』
「違うよ。そんな可愛い嘘でお
『……じ、じゃあ、なに……?』
「僕が謝って欲しいのは、さっき、『弱虫の私なんか』——って書いたところだ」
弱虫は別に構わない。僕だって人に言えるほど、強いわけじゃあない。だけど。
「だけど——『私なんか』は余計だ。自分で自分を『なんか』、なんて言うなよ。僕に失礼だろ」
自分のことを棚に上げまくっている。
僕だって、ほんの数時間前には僕ごときとか、所詮僕とか——そう言っていたのだから。だがまあ、僕の場合は、誰かに発表したわけじゃあない。言い訳にしかならないだろうけれど、内心で独り言を言ったに過ぎない。
だけど、フウチは僕に向かって書いたのだ。
私なんか——と。
「それは僕にも。無鳥にも。矢面にも。しぃるにも。ジーヤさんにも。
言いながら僕は静かにベッドから立ち上がった。そのままフウチの前に移動し、下を向くフウチの顔を覗き込み——続ける。
「だから、自分を卑下すんな」
そう言った僕は、本当に軽く——こつん、と。
フウチの頭にゲンコツを落とした。
自分のことを棚に上げている感は否めないし、一体どの口がそんな偉そうなことを言っているんだ、という思いも禁じ得ない。が、ある意味、開き直りのようなものだ。どの口? 僕のこの口だ文句あるか? って開き直りだ。
『……ありがとう』
下から覗き込むアングルでフウチを見たのは初めてで、すごくすごくすごく可愛い。だけど、ここでニヤニヤしている場合ではない。
僕には言いたいことがたくさんあるのだ。
それをひとつずつ。順番に言っていこうではないか。
「筆談部は、なくさない。でもそれはフウチのためじゃない。僕のためだ」
『詩色くん……の?』
「そう。僕のため。フウチが筆談部を宝物だと言ってくれたことは嬉しいよ。でもあの部活は、僕にとっても宝物なんだよ」
『……そっか。良かった』
「フウチが僕たちを宝物だと言ってくれたことは、本当に嬉しい。ありがとう。でもなフウチ。フウチが筆談部を宝物だと思ってくれているように、僕にとっても筆談部は宝物だ——全部が宝物だ」
全部。そう、全部だ。
筆談ジャンケンをしたり、漢字しりとりをしたり、ホラームービーを観たり。
文化祭の話し合いをしたり。
みんなで、お店をやったり。
それら全部が——僕の宝物だ。
「僕にとって、筆談部のみんなは宝物だ。そこにはもちろん、フウチも居る」
『……うん』
「フウチは僕に、たくさんの楽しいを教えてくれた。ぼっちの僕に、友達を教えてくれた」
『…………うん』
「だからはっきり言うぞ。部長として僕は、筆談部からフウチの退部を認めない」
『……………………』
「まだ筆談部として活動をし尽くしていない。まだフウチが考案した『犯人当てゲーム』をやっていない」
『………………うん』
「筆談部は今のみんなで筆談部だ。無鳥。矢面。僕。そしてフウチが居て、筆談部だ」
『でも…………私は……』
「フウチが居なきゃ筆談部じゃない」
『……でも……でも……』
「僕はフウチが筆談部に居なきゃ嫌だ」
『そう言われても……、じゃあどうすれば良いの——っ! 私は、私は、もうすぐここには居れないのにっ!!』
「なんでそんなに諦めてんだよ!」
『しょうがないじゃん! これが私なんだもん……仕方ないんだよ……』
「仕方ないなんてことはない。仕方ないって言ってしまう時点で、フウチはただ諦めているんだ。諦めることで楽になろうとするな」
『だって……だってっ!』
「そんなに苦しいなら頼れよ。一人でどうにもできなくて弱さを認めているなら僕たちを頼れよ。宝物と言ったなら、しんどい時こそ宝物に頼れよ。まだ思い出にするには早すぎるだろ。僕たちを——僕を思い出にするな」
頼って欲しいのだ——僕は。
大好きな女の子に。大好きなフウチに。
頼られたかった。それはわがままなのかもしれない。自己中心的な思考なのかもしれない。
だけど頼られたかった。それ以外の本音が見つからない。
僕は、しゃがんでいた体勢からそっと腰をあげ、フウチの肩を押した。
フウチを後ろに倒し、そのまま四つん這いの格好で
「僕はフウチに、どうしても聞きたいことがある」
『……なに』
「どこに居たい?」
この言葉には、色んな意味を含んだつもりだ。筆談部の一員で居たいのか。日本に居たいのか。学校に通いたいのか。僕と同じクラスで居たいのか。僕のお隣の席に居たいのか。それらを一言に集約して伝えたのだ——どこに居たい?
この質問をした瞬間、フウチの両眼から涙が溢れた。
おそらく、ずっと。自分の本音を押し殺していたのだろう。叶わないと決めつけ、本音を言うことをしなかったのだろう。諦めていたのだろう。心に封印して今の今まで過ごしてきたのだろう。僕の
どちらにせよ、フウチは涙を流しながら、
「————、——————」
と。唇の動きだけで、言った。
そして、そのままそっと目を閉じた。
まるでキスを待ち望んでいるかのように。
この体勢で(四つん這いでフウチに覆い被さっている体勢で)、そんな顔を作られては、僕の鉄の自制心も
「……スケベめ」
そう言って笑ってやると、
ははは——と。からかうように笑いながら僕は、親指でフウチの涙を
「任せろ」
言いながら、ジーヤさんを見習って
「イエス・マイロード」
言った瞬間、フウチは笑った。
その笑顔は、さっきまでの誤魔化しではなく、心から。本当の笑顔で、笑った。
僕が大好きな——愛しくて可愛い笑顔だ。
『ありがとう』
タブレットに書き終えると同時に、ベッドから傅く僕に飛びついてきた。
ダイブしてきたフウチを僕はしっかりと受け止め、そのまま抱きしめる。小さな頭部を自分の肩に顔を押しつけるように、僕はフウチを抱きしめた。
ここでおどおどしたら、男じゃねえだろう——と。そんな風に思いながら、さっきの言葉を思い返しつつ、僕はフウチの頭を撫でる。
フウチが言った言葉は、声は聞こえなかったけれど、でも——
ダイレクトコミュニケーション、フロム、マインド、トゥ、マインド——僕だけが受け取ったのかもしれないが、たとえ一方通行だとしても、以心伝心だ。
助けて——と。
ヒーロー、と。
僕の
この二者択一しかあるまい。
欲張りな僕は、両方とも言ってしまったがな。
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